2004年11月12日

続・続・創造性を育む

 若い世代の理科離れの問題意識から、独創性や創造性を育むため学校教育を改革しているという新聞記事に関して、翔年は学校教育が記憶力に偏りすぎていることを憂えてきました。
11月8日、9日のエントリーに対して、Oさんからつぎのような素晴らしいご意見のメールをいただきました。
理科は現場でどう感じるかで、基本的に教科書はいらないと思うのです。植物や小さな虫から、突然出てきたイタチやイノシシなど自然を体験することから、好奇心があるかどうかと思うのです。』
 Oさんのご意見に賛成です。理科をおっしゃるように観察や体験重視で好奇心を刺激しながら教えることができる力量をもった先生が多くいて欲しいと思います。この方式だと理科嫌いはなくなるかも。

 今日は記憶のことではなく、思考力、創造性の涵養について言わせてもらいます。翔年は思考ゲームの囲碁が大好きなので、囲碁の学び方と学校の勉強の仕方を比べて論じたいと思います。囲碁をご存じない方は将棋など類似のゲームとかスポーツとか作曲とか絵など創造性の高い遊びをアナロジー的に考えてください。

A 学校教育の特長
 1 目指すところは知識の獲得、暗記重視、せいぜい思考力は類題解き程度
 2 先生は手取足取り教え込む、教える量が多い、サボる生徒を監視、評価はつまるところ記憶力テスト
 3 生徒は学び覚えるが、学習は苦痛、試験勉強は更に苦痛
 4 生徒の特長は物知りで類題解きが上手になる

B 囲碁教室の特長
 1 目指すところは技量の向上、記憶より思考力創造力重視
 2 先生は教えすぎない、生徒の力を引きだす碁が嫌いにならぬよう最大限配慮、評価は実践対局を先生が観察(記憶力テストはない
 3 生徒は学び覚えそれを実践で試す、学習は面白くて楽しい。試験勉強不要
 4 生徒の特長は挑戦的で向上心旺盛になる

 比較してみるとこのようになるのですが、皆さんはどのようにお考えですか?
翔年の周りには囲碁を子供たちや主婦や定年後の高齢者等に教えておられる方が大勢いらっしゃいますが、みなさんが異口同音におっしゃるのが、碁が好きになるように、嫌いにならないように最大限の配慮をしていると。その上、みなさんボランティア活動に心が燃えていらっしゃいます。
学校の先生は生徒が勉強が好きになるような配慮、学校の生活が楽しくなるような配慮を第一に考えていただいているのでしょうか? 翔年は成果を追い求めすぎているように感じてなりません。

 いうまでもないことですが、人間は皆伸びようとする欲望を持っています。ですから、「伸びる喜び」を感じるし、「知る喜び」と「考え出す喜び」とを感じるのです。学校教育は知る喜びまでで、考え出す喜びを味わうことをなおざりにしていると思います。

 最期に教育の原点は生徒に火をつけることです。そのためには先生自身が燃えていなければならないことは申すまでもありません。


この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/mtmt0414/9197809
この記事へのトラックバック
さて、「もの言う翔年」というブログの記事に、「囲碁」と「学校教育」の比較があった。 こういう話になると、ほとんどすべてが「学校教育」の否定に直結してしまうのが、「お勉強」も好きだった私としては残念。記事にまとめられた「学校教育」と「囲碁教室」の特徴比較は以
囲碁と「お勉強」【囲碁雑考 RETURNS】at 2004年11月12日 13:12