November 02, 2004

馬上枕上厠上

馬上枕上厠上(バジョウチンジョウシジョウ)とは考え事をするのに最も適した場所をさす言葉である。

馬上は車上とか車中とかに読替えたら、現代にも十分通用すると思う。車中では人間観察派と読書派と居眠派があると思われるが、翔年はどちらかと言うと読書派である。読書派といってもドンドン先へ先へと読破するタイプではなく、読む時は著者と対話しており、鉛筆で下線をひたり、◎とか×とか?などの記号を書き込んだりしている時も多い。そんなところを知り合いに見つかって、「お勉強ですか?」とか「随分熱心に読書してますね」なんて言われて困ったこともある。特にあんまり立派な本を読んでいないときは慌てますね。

枕上は頭が枕の上だから、たいていの人が寝る前のしばらくの間、一日の反省をしたり、明日の予定を考えたりしているのではないだろうか。最近の翔年は目覚めてから起きだすまでの十数分をあれこれ思いを巡らす時間として大切にしている。

厠上は厠(カワヤ)=河屋(元は河の上に板を渡して用を足した)の中にいることだけれど、最近の人には意味が通じない。早く言えばトイレで坐ったり、しゃがんだりの時だ。ウンと踏ん張る人は別にして、普通の人には心静かに考え事をするのに最も相応しい場所だと言われる。第一、邪魔がはいらない唯一の場所でもありますから。

厠の日めくり
さて、その厠の利用法のことだけど、翔年は長らくの間、家族への教育的配慮から、福沢諭吉の十カ条の人生訓を前の壁に貼っていたのだが、いつだったか、夫婦喧嘩の余波で女房が引っ剥がしてしまった。以来その手の張り紙はなかったのだが、今年は娘が英語の単語の勉強ができる日めくりにカレンダーを吊るしている。翔年はこれが大変気に入っている。


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[エッセイ]マインドマップを補完するアイデアツリー【二軸ぶろぐ(はてな編)】at February 19, 2009 16:02