October 15, 2004

日本語は孤立語 ???

翔年は今まで日本語はユーラシア大陸のウラル・アルタイ語族だという説をどこかで読んでそう信じこんでいた。尊敬する大野晋先生は南インドのドラビダ語の一つタミル語に約400の単語の対応を見つけて、日本語の祖語(大本の言語)はタミル語じゃないかという説を立てておられるのは知っていたが、大勢を覆すには至っていないと認識していた。

ところが西尾幹二著「国民の歴史」の中に全くあたらしい(翔年が知らなかったに過ぎないのかもしれませんが)日本語は祖語を持たない孤立語であるという説が書いてあった。素直な気持で読んでみると、この説には今までの説にない納得できるものを感じた。

まず、現代言語学の達成した成果によると、日本語はユーラシア大陸のどの語族にも属さないことが明かになっているという。
ドイツ語や北欧語の祖語はゲルマン語であるというように素人でも分る言語の系譜を作ってみると、インド・ヨーロッパ語族、チベット・ビルマ語族などが明かになる。
一方、系統関係が定かにできない言語がある。列挙してみると朝鮮語、アイヌ語、ギリアーク語その他の「古シベリヤ語」、それに日本語であるという。
ところで、この系統不明の孤立言語が集っている地域は比較的限られている。北太平洋沿岸部からシベリヤ北東部、オーストラリア、ニューギニア高地部、南北アメリカ大陸(ことに北アメリカ北西海岸とアマゾン地域)がそれ。

そこでこれらの事実からすばらしい結論が推論された。
ヨーロッパやユーラシアの中心部で5千年ないし6千年前に急速に勢力を拡張した新興言語が「祖語」にあたる言語である。それに対して、系統関係のはっきりしない言語は新興言語の勢力の及ばない隔離された地域にぽつんと孤立化して生き残った言語なのであろうと。こう考えると日本語は大きな新興言語が形成されるより前の古い言語ということになる。日本語の祖語を地球上でいくら探しても見つからない所以だ。

翔年は日本列島が言語におけるガラパゴス諸島なんだと妙に納得しました。


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この記事へのコメント
ユリウスさん、

あーよかった! なんとなく、熱くなりそうな感じがしたので、ちゃちゃを入れさしていただいたんですけど、一件落着でうれしいです。

Shigeru
Posted by Shigeru Takehara at October 24, 2004 13:12
ジャングル 様

こちらこそ、恐縮です。
専門の方がお読みになれば「何を勝手なことをほざいているのだ」とおっしゃられるのは自覚しております。なので、専門性を持った方からいただくご教示やご意見は何時も参考にさせていただいています。気になさらないで下さい。

>西尾幹二氏の論の立て方に疑問を持っており・・・
これはよく分ります。専門家でなくても、反論したいと思う方は大勢いらっしゃると思います。

>先日のブログ騒動でその感を深くしておりましたので・・・
ブログ騒動は存じませんが、ネットでの議論は顔が見えない分、熱くなりやすいみたいですね。小生もその質なので何度も経験しています。

これからも、お気づきの点はビシバシとよろしくお願いします。
Posted by ユリウス at October 22, 2004 19:12
度々すみません、ジャングルです。
推論で失礼な物言いをしてしまいました。申し訳ありません。

元々自分の得意分野における西尾幹二氏の論の立て方に疑問を持っており、且つ先日のブログ騒動でその感を深くしておりましたので、憤懣の残るまま書き込んでしまいました。

西尾氏の評価はともかく、ご不快な気分にさせてしまったこと、反省しております。本当にすみませんでした。

>「奢ることを戒めつつも、もっと壮大な気持になろうではないか」

おっしゃるとおりだと思います。自戒を込めて、噛み締めさせていただきます。
Posted by ジャングル at October 22, 2004 17:45
ユリウスさん、

>「一冊の本を鵜呑み」と推論なさっています

あー、確かにそうですね。ユリウスさんは、鵜呑みしたのではなく、作者の仮説に、共鳴し、納得できるところがあったと、いうことを書いてらっしゃいますね。

Shigeru
Posted by shigeru takehara at October 18, 2004 01:31
ジャングル 様

参考になるたくさんのサイトをご教示くださりありがとうございました。ご紹介の各サイトに行ってきました。
日文研の
「仮説がたくさんあっても定説がまだありません。日本語が混合言語だという仮説と日本語がアルタイ系だという仮説が一番見込があると思います。」
が、従来説を要約していると思いました。(脱線しますが、日文研の山折哲雄所長は常々尊敬しています。)

西尾幹二氏の歴史観におっしゃる点が含まれているのはご指摘のとおりと思いますが、小生は別の観点を持ってみています。定説がないからこそ、西尾氏が採用されている松本克己氏の「日本語系統論の見直し」は価値があると。仮説の立て方と説明の鮮やかさはもっと評価していいのではないでしょうか。

かって、山本七平という歴史・文明を幅広く論じることができる光った知性の持主がいましたが、アカデミズムからはほとんど無視されました。聖書の理解に間違いがある指摘のみ出されました。
作家の丸谷才一氏は源氏物語の「巻」についての仮説を立てておられますが、日本文学研究者はまともに相手にはしない。知の巨人、立花隆氏の一連の著作についても科学的な誤りを指摘する人が後を断ちません。(立花氏は文系です。)梅原猛氏の山部赤人論も同じような運命です。世界的視野に立った論をなした岡倉天心も似たような扱いを受けました。

総じて批判する人たちは小さい間違いや矛盾する事柄を数え上げて批判しています。間違いを正すのはいいのですが、間違いを正した後、批判者は仮説の当否を堂々と論じて欲しいと思っています。
翔年は「奢ることを戒めつつも、もっと壮大な気持になろうではないか」と言いたいのです。

最期になりましたが、「1冊の本を鵜呑み」という言葉にはこの川柳で・・・。

弱点へふとした言葉つきささり     三洞子


Shigeru Takehara 様
>ジャングルさんのご意見は正しいから・・・
全てが正しいとは限らないのです。
「一冊の本を鵜呑み」と推論なさっています。(根拠のデータは知りません)

Posted by ユリウス at October 17, 2004 23:04
お久しぶりです。ユリウスさん。

「もう一歩踏み込んでみては」これするって、難しいですよね。でも、ジャングルさんのご意見は正しいから、くすくす笑っちゃいました。済みません。

Shigeru
Posted by Shigeru Takehara at October 16, 2004 12:50
度々失礼します。ジャングルです。よけいなこととは承知していますが。
西尾幹二『国民の歴史』(扶桑社)は、概略の把握にはよいかも知れませんが、個別のテーマを専門的に見れば問題が多い本です。殊に日本という国家や民族の独自性についてはかなり固執して執筆されており、その点は読者が考慮すべきです。

↓平成13年ですが日本語系統論に関する日文研の見解
http://www.nichibun.ac.jp/research/kyodo_bac/nihongo13.html
↓翻訳会社の見解
http://www.sunflare.com/izumi/Pavement/Pav_WorldLng.htm

↓日本語に興味がおありなら入門書をこちらで紹介しています
(東京外語大)http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/kazama/books.html
(上智大)http://www.info.sophia.ac.jp/fs/fukusen/gengo/gensusu.htm

せっかくWEBを楽しめる環境にあるのですから、一冊の本を鵜呑みにするのではなく、もう一歩踏み込んでみてはいかがでしょう。
Posted by ジャングル at October 16, 2004 10:28