December 04, 2016

続・ 「サピエンス全史(上)、(下)」 -実に刺激的で面白い本!-

サピエンス全史002

 先月25日のエントリーの続きです。
下巻を今日読了。今年翔年が読んだ本の中で最高の書籍と確信しました。


 タイトルは   「サピエンス全史(上、下)」  "Sapiens"  

サブタイトルは 「文明の構造と人類の幸福」 "A brief History of Humankind"  

作者は    ユバル・ノア・ハラリ     Yuval Noah Harari

翻訳者は   柴田裕之 河出書房新社
(2016/9/30初版発行、1,900円×2)



 下巻は、第3部 人類の統一 の12章からです。


 

第12章 宗教と超人的秩序 
 → 神々の台頭。今日、宗教は差別や意見の相違、不統一の根源とされることが多い。ただ、歴史的に見るとおおかたの宗教は社会の安定にある種の寄与をしてきたことは認めるべきでしょう。神を信じておれば不安が取り除かれるのだから。
 筆者は数ある宗教の中で仏教には他宗にない「物事をただあるがままに理解すれば、もはや苦しみはなくなる」と説く「心の鍛錬」に言及しているのはさすがと思いました。

第13章 歴史の必然と謎めいた選択
 → 歴史は進化と同じで、個々の生き物の幸福に無頓着だし、それに個々の人間もあまりにも無知で弱いので、歴史の流れに影響を与えて自分に有利になるようにすることはできなかった。


第4部 科学革命

第14章 無知の発見と近代科学の成立
 → 科学には無知を認める意思がある。そのため従来の伝統知識(宗教家などの権威によるもの)のどれよりも、ダイナミックで柔軟で探求的で、進歩がはじまった。知は力になった。科学を援助する人々が増えた。

第15章 科学と帝国の融合
 → 科学技術と帝国主義と資本主義が過去500年の歴史を動かすエンジンとなった。金儲けを追及する実業家がいなかったら、コロンブスはアメリカに到達しなかっただろうし、ジェイムス・クックはオーストリアにたどり着かなかっただろう。

第16章 拡大するパイという資本主義のマジック
 → 進歩という考え方は、もし我々が自分の無知を認めて研究に投資すれば、物事が改善しうるという見解の上に成り立っている。やがてこの考えが経済にも取り入れられた。
 進歩を信じる人々は、地理上の発見やテクノロジー上の発明、組織面での発展によって、生産や交易、富の総量を増やすことができると確信した。
 アダム・スミスは経済を「双方のためになる状況」として考えるように説いた。富と道徳は矛盾しないどころか、全員の利益のために経済成長の歯車を回すのは起業家だということになった。
 資本は強欲なところがある。しかし資本主義が気に入らなくても、我々は資本主義なしでは生きて行けない。(共産主義は比較にならないほど劣るから)

第17章 産業の推進力
 → 利益を生産に再投資すると経済は成長する。 食べる量を減らせば経済は縮小するが、人々はそうする代わりに食べ過ぎ、その挙句、減量用の製品を買い、ジムに通って二重三重に成長に貢献する。資本主義と消費主義は表裏一体。
 また、著者は狭いケージの養鶏場のめんどり、狭い柵の中の乳牛や養豚場のメス豚にも眼を向ける。それらの動物は原材料を取り込む口と商品を生み出す出口を持つ産業機械としての存在でしかないと…。 だが、哺乳類は複雑な感覚構造と感情構造を持っている。彼らは身体的苦痛を感じるだけでなく、感情的苦痛も被りうるという指摘も忘れない。これは人類の幸福を考察するのに繋がる。

第18章 国家と市場がもたらした世界平和
 → 国が管理する裁判所や警察はおそらく、世界中の安全水準を引き上げた。(現在、アマゾンの奥地で暮らす軍隊も警察も監獄ももたない先住民の部族では、男性の四分の一から半数が、財産や女性や名誉をめぐる暴力的な諍いによって、早晩命をおとしている)
 核兵器の出現で戦争は集団自殺に等しいものになり、武力による世界征服は不可能になった。戦争の代償が急騰し、得られる利益は減少した。
 戦争は採算が合わなくなり、平和からはこれまでにない利益があがることが明らかになった。日本を見よ!
 各々の国家は領域内の平和を強化するから、実質的に世界平和を推進することになる。これは楽観論。
 悲観論者はさまざまな偶然が重なれば我々は危険な方へ進みかねないという。私たちは天国と地獄の両方の入り口に立っているのかも知れません。

第19章 文明は人間を幸福にしたのか
 → 幸福度を何で測る? お金? 家族? 遺伝的特質? 徳?
 この問題の解明に著者の慧眼は仏教に眼をつけた。著者は仏教はおそらく人間の奉じる他のどんな信条と比べても、幸福の問題を重要視していると考えている。科学界で仏教哲学とその瞑想の実践の双方に関心が高まっている所以でもある。

第20章 超ホモ・サピエンス
 → ホモ・サピエンスは自然選択の法則を打ち破りはじめており、知的設計の法則をその後釜にしようとしている。
 すなわち、それは「生物工学」「サイボーグ工学」(有機的器官と非有機的器官を組み合わせた生き物)、「非有機的生命工学」だ。
 別の生命体が誕生する。現時点では、これらの可能性のうち、ほんの一部しか実現していない。
 倫理、政治、イデオロギーの問題が多発するだろう。法律家はプライバシーとアイデンティティの問題を考え直さねばならず、、政府は医療と平等の問題の再考をせまられ、スポーツや教育界はフェアプレイと成績を再定義する必要があるし、年金基金と労働市場は60歳がかっての30歳に相当しうる世界に適合するように再調整せざるを得なくなる。
 誰もが生物工学やサイボーグ、非有機的生命の難問に対処しなくてはならなくなってくる。神の地位についたホモ・サピエンスはかってなかったほど強力だが、その力を何に使えばいいのか?


著者は言う。
  
自分が何を望んでいるのかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?



 本書は読書の醍醐味を存分に味合わせてくれました。素晴らしい良書です。ですが、読者にこの本の全貌を自分の言葉で語ろうとすると、非力な翔年は5回ぐらい精読し、なにがしの参考図書を数冊読んで、半年ぐらい熟慮してからでないと、とても書けない大きな深い内容があると感じました。そして良書を愚劣な要約にすることは避けたいと思いました。

 やむを得ず、目次を並べてその項目の中のほんの数行をピックアップして、内容の一部ををお伝えすることにしました。著作権で許される引用の範囲を大きく逸脱していますことを、著者にもBlog読者にもお詫びいたします。

 地球上の生き物の頂点に立って、創造主に匹敵する力をもった私たちは、自分たちの文明の歴史をしっかり認識し、何がもっとも人類に幸福をもたらすかを真剣に考えるべき時期に来ているようです。難しいことですが、浅薄な議論にしてはならないと思っています。







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