August 21, 2016

スイスイ論語(4) -過ちて改めざる、是を過ちと謂う-

クリックして拡大すれば読めます。(読売夕刊 8/6)
スイスイ論語4

 アメリカ滞在中の8月6日の読売夕刊に安岡定子さんの「スイスイ論語」が掲載されました。(アップが遅れましたことをお詫びします)

子曰く、過ちて改めざる、是を過ちと謂う。

 諸橋鐵次先生の解説です。

孔子言う、人には、何人と雖も過ちのない者はないが、それを過ちと気付いて改めて行く事に依って、結局過ちなき姿に戻るのである。然るに過ちを犯しながら、その犯した過ちを改めないでおれば、それが真の過ちになるのであるから、これを過ちというのである。

 
 過ちに関連するこんな孔子の言葉があります。

子曰く、人の過ちは、各(オノオノ)其の党に於いてす。過ちを観ては斯(ココ)に仁をしる。

 諸橋先生の解説
 孔子言う、人の過失は、大体その人の性情に近いか或いは性情に類する方面にあらわれて来るものである。情け深い人は、情けのあり過ぎる点において過失を犯し、人情の薄い人は、人情のうすい点において過失を犯す。従って、人に過失を観察すると、その人の徳性の如何を知ることができる。
 この章は、人を観る方法を論じたものであろうし、又過失によって直ちにその人を捨て去ることを戒めた教えであろう。

→ 一般に世の中では「情け深い人」は善人で好まれるが、孔子は「情け深い人は情けのあり過ぎる点において過ちを犯す」とい言っています。また過ちの質をよく見よと。人間通でかつリアリストの孔子ですね。


党=仲間、同類のこと
仁を知る=仁とはその人の徳性というほどの意


本棚の論語本たち
本棚の論語
 論語は奥の深い書物です。生半可な読み方では不十分な理解にとどまってしまう恐れがあります。翔年が感銘を受け今も大事にしているを本を書きとどめておきます。

諸橋鐵次著 「論語の講義」大修館書店刊 
→ 論語の本の中で一番信頼を於いています。名著と思います。

吉川幸次郎監修 「論語 上、中、下」 朝日文庫刊 
→ 学術的に広範囲に論語の解釈が網羅されています。疑問が湧いたらこの本を見るにかぎります。

金谷治訳注 「論語」 岩波文庫刊 
→ 一冊によくまとめられているので、持ち歩きに便利です。




伊与田先生浄書の「仮名論語」
仮名論語

伊与田寛 浄書 「仮名論語」 成人教学研修所発行 
→ 翔年が初めて論語にふれた書です。四條畷市の成人教学研修所所長であった伊与田先生にこの本で学びました。先生が心をこめて浄書された書です。解説はありません。すべての漢字に仮名がふってあるので素読に適してます。

安岡正篤著 「論語の活学」 プレジデント社刊
→ 著者は安岡定子さんの祖父にあたり、「師友会」を設立し、政財界のリーダーの啓発・教化に努められた先生で、論語の活用を説かれています。

山本七平著 「論語の読み方」 祥伝社刊
→ 著者独特の論語の解釈が随所にでてくる。読み物として面白い。

井上靖著 「孔子」 新潮社刊
→ 孔子の弟子から見た孔子像を描いた小説です。たいへん親しみやすく読みやすい。

下村胡人著 「論語物語」 講談社学術文庫
→ 論語の心を著者が物語として描いたものです。


 

「スイスイ論語」の次回は9月3日の読売夕刊に掲載予定です。おたのしみに。
 




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