January 10, 2014

城の崎にて -カニフルコース-

蟹のフルコース食べ放題の日帰りバス旅行で天橋立と城崎温泉へ行った。
城崎温泉冬

昼食はこんな「カニフルコース」でした。

1 本タラバガニ足
2 ズワイガニ足
3 カニ刺し
4 カニにぎり寿司
5 カニ天麩羅
6 焼きカニ
7 カニ味噌
8 カニ鍋
9 カニ茶碗蒸し
10 カニ飯
11 カニそば
12 カニグラタン
13 カニ汁
14 カニ煎餅 



 その上に、行き先が天橋立と大好きな城崎温泉だったので申し分なし。 城崎はいつ行っても俗化していないのが一番のよさと思う。

 温泉街を歩くと、去年が志賀直哉の来訪100周年だったらしくて、来訪100周年を記念するポスターが目についた。帰りのバスの中の所在無さに、ふと志賀直哉の「城の崎にて」を再読してみたくなった。



(ここからはカニとは全然無関係です)
 手元のiPhoneで「青空文庫」を探してみたが「城の崎にて」が見つからない。多分、まだ著作権がきれていないのだろう。それで電子書籍を買うことにした。短編だから100円ぐらいだろうと見当をつけていたら、見事にハズレ。

 音楽だとバラで一曲でも買えるのに、本はまだそこまで進化していないらしい。角川文庫をそのまま電子書籍にしたようで、短編15編がつまっていて500円。近年電子書籍、電子書籍となかなか煩いが、何のことはない、今の状態はどれもこれも紙の本をそのまま電子化しただけ。それなのに値段があまり安くなっていないのが気に入らない。

iPhoneの例
IMG_0699
 もっと気に入らないことと言えば、電子書籍は発行社ごとに異なるリーダーソフトをユーザーがダウンロードして持たなければならないこと
 無料ソフトとはいえその煩わしさったらありません。翔年の場合、電子書籍を読むのに、「i文庫」、「青空文庫」、「iBooks」、「kindle」、「kobo(楽天)」、「ActiBook」、「bookLive」の7つのソフトが必要になります。そしてそれぞれのソフトの書棚にその社で買った本だけが並びます。これほどユーザー無視のソフトです。

 更に新聞を読むのにこれも無料ではありますが、スタンドソフトを用意しなければなりません。
 ソフト一本でほとんどの本が読めるように早く統一されることを望みます。それが出来なくても、一本にまとめるソフトを誰かつくってくれませんか。




 すみません。話が大きく脱線しました。元に戻します。


 20歳代で読んだ志賀直哉の「城の崎にて」をバスの中で再読して、何故作家が城崎に逗留していたのか、完全に記憶がとんでいたのが分ったときには驚きました。書籍の(注)によれば、大正2年8月15日に著者は山の手線の電車に後ろから衝突されて大怪我をして、その予後の養生のために城崎温泉にきていたのでした。

 作家が実際に交通事故で大怪我をしたという前提があって、今日は物語がスーと頭に入ってきました。

 交通事故で九死に一生を得た主人公が、蜂の死骸を見つけたことからはじまり、ある時には通りがかりに、ネズミが人間に串刺しにされ、傷つけられ、更に川に投げ込まれ、石を投げつけられて、それでも必死に生きようと川の中を泳いで逃げる姿を見たり、またその後、偶然とはいえ自分が誤って蜥蜴を殺してしまったりする。

 自分が大怪我をして、幸運にも生き残ったことがきっかけとなり、小動物の生きる姿といろいろな死にざまが重なって、主人公はこんなことを感じる。
「生きていることと死んでしまっていることと、それは両極端ではなかった。それほどに差はないような気がした。」
 
 ここのところまで来て、若い時に自分が感じた読後感と、今の感じはちょっと違うなと感じました。どうやらそれは翔年が老人になって確実に死に近い地点にいるからではないかと思います。「それは両極端ではなかった」といわれれば、確かにそのような感じがするのです。それなら我々は永遠に生きる者であるかのように前を向いて歩いていればいいのです。


(参考)
電子ブックに納まっていた志賀直哉の短編
・ 母の死と新しい母
・ 精兵衛と瓢箪 ※
・ 正義派
・ 小僧の神様 ※
・ 城の崎にて ※
・ 好人物の夫婦 
・ 雨蛙
・ 焚火
・ 真鶴
・ 山科の記憶
・ 痴情 
・ 瑣事
・ 壕端の住まい
・ 転生
・ プラトニックラブ 
※ 既読の短編(他にもあるかも知れないが記憶がなし)



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この記事へのコメント
奈良・東京のO様

偶然にトカゲを殺してしまう経緯は、まことにあっけない行為です。でもありうることと思いました。筆力でしょうね。
あなたが不思議とおしゃるので、こんなことを思い出しました。
僕の友達で、学生時代、デモに参加した帰り、丸山公園を散策していて、運悪く転びました。その時たまたま抱えていた本の角で腹を強く打ったそうです。自ら歩いて病院に行きましたが、内臓破裂だったそうで、その日のうちに亡くなりました。信じられないような偶発事故でした。

「その歳でやれることをやればいい」、いい言葉ですね。

充実した一日がしあわせな眠りをもたらすように、充実した一生が幸福な死をもたらしますように!




Posted by ユリウス at January 11, 2014 01:58
翔年様
 若者向きと思いますが、吉田拓郎のフォークも同じことを詩っています。
「私は今日まで生きてきました。そして明日もこうして生きていきます。」
 中身はどうあれ若者も初老も同じような気がします、。
 ただ「偶然とはいえ自分が誤って蜥蜴を殺してしまったりする。」がとても
不思議な行為と思います。うそのような、すばやいトカゲをどのように?ネズミは生け捕りしてからの串刺しにしても。偶然性が生死にかかわることは
よくわかります。ならば歳は普通もともと偶然性にあり、生死は考えるものではなく、その歳でできることをやればいいと思っています。
Posted by 奈良・東京のO at January 10, 2014 20:58