November 09, 2013

空海は囲碁を禁じたか?  -M氏との論争-

古代囲碁の世界001
 いつのことだっかか、多分数年前のこと、囲碁教育研究会後の懇親会の席上、ワイワイガヤガヤの中で、どうしてだか、突然「空海(弘法大師)の囲碁観」がM氏との間で論争になった。

M氏の論点: 「空海は囲碁を禁じていた。何かの本で読んだから間違いない」

翔年の論点: 「空海は途方もなく大きな人物だ。囲碁の良さを瞬時に理解したろうから、そんなことを言うわけがない。何かの間違いだろう。確かだというなら、誰の書いた何という本か教えて欲しい。」(翔年は孔子が囲碁の効用を認めている記述が論語にあるし、空海が渡った唐の時代、琴棋書画として囲碁は上流階級に広く認められていた事実から、状況としてそんなはずはないとの大局観を持っていた。今も持っている)

 たわいのない論争かも知れませんが、みなさんはどう思いますか?


 大抵の囲碁好きは囲碁仲間が増えると嬉しい。翔年はわが国のみならず、世界中に囲碁が広まることを願っているので、空海が囲碁を禁じたとなると、その理由がどうしても知りたくなる。それで願わくばM氏のいっていることが間違いであって欲しいとも思っている。

 翔年が読んだ空海関係の本は司馬遼太郎著「空海の風景(上・下)」、松岡正剛著「空海の夢」、夢枕獏著「空海曼荼羅」、宮坂宥勝監修「空海コレクション1」のたった5冊。これらの本には空海の囲碁観が書かれていなかったことだけは確かなことです。

 ただ、囲碁を禁じると言った人が空海とあっては、著作を探索するだけでも大変。松岡正剛氏に言わせると「カリスマ宗教家空海」は、また「言語哲学者」、「カリグラファー(書)」、「ディベロッパー(開山、遊山慕仙)」、「アートディレクター(曼荼羅)」でもある巨人だから全体像を把握するのは難しく、M氏との論争は酒席でチャリンと一戦交えただけでその後進展はありませんでした。 


弘法大師の碁観(古代囲碁の世界344ページ、クリックして拡大すれば読めます) 
古代囲碁の世界002
 ところが、先日偶然、南森町の囲碁梁山泊でM氏にであった。彼は渡部義道著「古代囲碁の世界」を示して「ここに書いてある」と誇らしげに言うではないか。これは確かめる他ないと、昨日梁山泊から借りてきて確かめたところ確かに「弘法大師の碁観」が書かれているではないですか。

 でも問題の箇所をよく読むとちょっと変です。転記します。赤字の箇所にご注目下さい。
「同じころ、盛況な碁界に水をさすかのように、弘法大師は門弟達に囲碁・双六などを停止せよという遺言を残して亡くなった。その趣旨『帝王編年史』(巻十三)に収録されている。」

疑問点1:
 空海の遺言は25か条の「御遺告」として門外不出ながら残されているはずなのに、渡部氏はなぜ原典の引用ではなく、その趣旨を書いた「帝王編年史」の記述を引用しているのだろう? 

疑問の一つは解消:
 渡部氏は門外不出の御遺告を見られないので、やむを得ず帝王編年史の記述から空海の遺言を推定したものと思われる。
 ただし、「帝王編年記」(編年史ではありません)は僧永祐撰と伝えられている27巻の資料ではあるが、翔年は本当に空海の遺言を書き写したものなのかどうか、なお疑問の余地は残っていると(この時点では)見ていました。


第二の疑問もほぼ解消:
 翔年は原本主義です。なんとか「御遺告」を読みたいと思い、いろいろさがしました。幸い、ネットにコピー禁止の現代語訳がアップされていたので逐条を精読したところ、第17条に空海の囲碁観を述べた箇所がありました。
「(僧尼令で碁や琴は禁止されていないが禁止する理由は)もし、まだ十分修行を積んでいない僧や少年たちにこうした遊びが黙認されるならば、必ずのちの世に罪過となるであろう。」
 ここに至って翔年は、空海はまだ十分な判断力のない修行中の僧達はこのような遊びに近づくなと言っていると解しました。それは18条にある「東寺の僧坊に女性を入れてはならない」という遺告と同じ趣旨です。曰く「女性は天下万民のもとであり、氏族をひろめ一門を継ぐものである。しかし、仏弟子の場合は、女性に親しみ近づけば諸悪の根源となり云々」とあります。
囲碁も女性も魅力がありすぎるので、淫する心配があるということなのでしょうか。それならよく分かります。(笑)
 
 空海が囲碁を禁じたのは、仏弟子に対してのみで、一般人には禁じていないと理解して、翔年はようやくほっとしたのでした。(笑)

まだ残る疑問:
 空海の「御遺告」なるものの原本もしくはコピーがどうしても見たい。今の所、どなたかのアップされた現代語訳しか翔年は見ていません。疑うわけではありませんが、原本と付き合わせる作業ができていませんから、空海が言った遺言であるという最終的な確認がまだできていません。

 どなたか、この辺の事情のをご存知の方、ご教示下されば幸いです。

11/11追記
「僧尼令」のことを書き忘れていました。
唐の令をもとにしたといわれるわが国の「大宝令」の僧尼令にこうあるという。
「凡ソ僧尼……博戯(双六・樗簿の類)ヲナス者ハ、百日苦役ス。碁琴は制ノ限リニ非ズ」

11/15追記
コピー禁止の御遺告ですので、25条の項目のみ記載します。
1 真言宗成立の由来
2 実慧大徳をわたくしの入滅後の弟子達の依りどころとなる師・長者ななすべし
3 弘福寺は真雅法師に託す
4 珍皇寺を後の弟子門徒の間で修行によって清らかに保つべし
5 東寺を教王護国寺と名づけるべし
6 東寺潅頂院は真言宗徒の長者である大阿闍利(アジャリ)が事務を監督し取り締まるべし
7 食堂の仏前に、大阿闍利ならびに24人の僧の童子たちを召集して、金剛界の五悔をくりかえし唱えさせる
8 わたしが入滅した後の弟子門徒たちは、大安寺を本寺とすべし
9 真言の道場を住処としてそれぞれの師について門徒となろうと願うものは、必ずまずよろしく情操をもととすべし
10 東寺に長者を立てるべし
11 諸々の弟子たち、ならびに後々の末の世の弟子になろうとする者は、東寺の長者を敬うべし
12 末代の弟子たちに三論・法相の学問を兼学させるべし
13 東寺の供僧24人を決める
14 24人の定額僧を、宮中の正月の後7日勅願の修法を修行僧に召し用いるべし
15 宮中の御願である正月の後7日の修法の修行僧たちが、それぞれの所得の一部分を分って高野寺の修理や雑用にあてるべし
16 真言宗の年分度者を試験して得度すべし
17 後々の末世の弟子たちが、祖師の恩に報いるべくつとめるべし
18 東寺の僧房に女性をいれてはならない
19 僧房の内で酒をのんではならない
20 神護寺を真言宗の門徒長者大阿闍利に施入させる
21 たやすく伝法潅頂阿闍利の職位、ならびに両部の大法を授けてはならない
22 金剛峰寺を東寺に加えて、真言宗の大阿闍利がかねて務める
23 室生山堅慧法師が建立した道場で、朔日ごとに避蛇の法を三カ日夜にわたって修する
24 東寺の座主大阿闍利が、如意宝珠を護持すべし
25 もし末世に凶悪な婆羅門・尊び崇められない者などがあって蜜華園を破壊しようとするならば、これに対して修法すべし
                      承知2年3月15日  入唐求法沙門空海

 この6日後、3月21日午前4時に永遠の禅定に入られたと伝えられている。





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