December 24, 2011

落ち葉の始末 −今、昔

 先日、塾の大掃除をしていた時のことです。庭の落ち葉の始末をしていて、今と昔では落ち葉かきの楽しさが随分違うなという感を抱きました。


落ち葉かきの前後の様子、 まだ木には枯葉が散り残っています。12月21日時点。 
落ち葉落ち葉清掃後


 庭の落葉樹の落ち葉は毎日少しずつハラハラと落ちて、ほっておくと木々の周りに凄い量がたまります。上の写真は小さな低木落葉樹の蝋梅ですが、それでも木の周辺は葉っぱで埋まっていました。(大木のモミジなどはもっと凄い量でしたのに写真を撮るのを忘れました。)

初冬の落ち葉焚きの情景、「焚き火だ!焚き火だ!」と子供たちがどこからともなく集まってくる風景がが目に浮かびます。
焚くほどは風がくれたる落ち葉哉   一茶

木の葉たくけぶりの上の落ち葉かな  暁台


落ち葉の山

 落ち葉をかき集めるとこんなになります。これを一度に家庭ゴミとして出せば、市からお叱りを受けます。当然です。それを避ける方法は二つ、お金を出して、ゴミをトラックに積んで引き取って貰うか、コンポストにいれるか、写真みたいに積み上げておいて、自然に朽ちるのを待って堆肥にするかです。いずれにしても、お金を用意するか、処理の場所を確保して時間をかけるかしなければゴミは敷地からなくなりません。


 昔は違いました。落ち葉だけでなく不要になった竹であんだ駕籠や木製の壊れた家具などは個人のゴミ焼き場で処理し、有機灰にして田んぼや畑に返しました。大量のゴミの場合は冬の田んぼに小山のように積み上げて、すべて燃やして灰にして、ハイお終いでした。落ち葉を燃やす時、母が必ずサツマイモを用意し焼き芋にして、大人も子供もおいしくいただいた懐かしい想い出があります。落ち葉焚き焼き芋がセットになった記憶です。街で育った方は石焼芋でしょうが、田舎育ちの翔年は藁や落ち葉で焼いた焼き芋です。田んぼで大焚き火をした後などは、灰の余熱で焼き芋を焼きましたよ。

甘藷(イモ)焼けてゐる藁の火の美しく   高浜虚子

「藁の火の美しく」は実際にそのとおり、キレイなやや黒ずんだ赤の藁灰でしたね。
焼き芋=「栗よりうまい十三里」と言われる。その訳は九里(クリ)+四里(ヨリ)=十三里


 今は野焼きが禁じられています。実をいうと、いきいき塾のある田舎で、落ち葉や枯れ木を燃やしてもほとんど誰の迷惑にもなりません。ただし、不要になった塩化ビニールやその類の化学物質を燃やさなければ…。問題はこれをキチンと守れない人たちがいることが大問題なのです。
 有機農業を生業にしているH氏は化学物質の害を嫌というほど知っていますので、農薬を使わず低収穫に甘んじて農業を続けています。そういう農業を応援している翔年も化学物質が燃えるとダイオキシンなど猛毒が発生することは知っているので、そんなことはしません。でも市条例で規制されているので仕方ありません。掃除の後で焚き火をしたり、焼き芋を焼いたりした、昔のような楽しい団欒は望むべくもありません。


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