October 29, 2010

アインシュタインの見た日本 −賞賛の言葉がいっぱい

 先日、囲碁教育研究会の席で正岡徹先生(医者、正岡子規の末裔)から、相対性理論のアインシュタイン博士は囲碁が初段だったというお話を伺った。氏はドイツから送られた関連資料を持っておられたから、その当時の初段なら相当の実力があったのは事実だと思われる。

 何故、アインシュタイン博士は囲碁を学んだのであろうか? 翔年は博士が類のない日本びいきであったからではないかと思っている。


アインシュタイン
アインシュタイン3
 「もし私が、日本という国を自分自身の目でみることのできるこのチャンスを逃がしたならば、後悔してもしきれないというほかありません」
 1週間前の航海上で、ノーベル物理学賞受賞の知らせを受け取ったばかりの博士は、こう言って1922年に来日した。
そして、こんなにもたくさんの日本礼賛の言葉を残してくれています。

1 近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。

2 日本人のすばらしさは、きちんとした躾や心のやさしさにある。

3 日本人は、これまで知り合ったどの国の人よりも、うわべだけでなく、すべての物事に対して物静かで、控え目で、知的で、芸術好きで、思いやりがあって非常に感じがよい人たちです。

4 この地球という星の上に今もなお、こんな優美な芸術的伝統を持ち、あのような素朴さと心の美しさをそなえている国民が存在している。

5 この国に特有な感情のやさしさや、ヨーロッパ人よりもずっと優っていると思われる、同情心の強さ。


この写真は1951年、72歳の誕生日のもの。こういう一面もあったという。
アインシュタイン2

6 日本の風光は美しい。日本の自然を洗っている光はことのほか美しい。

7 日本では、自然と人間は、一体化しているように見えます。

8 家屋建築が自然の風光と調和して一種の彫刻のようです。

9 日本は絵の国、詩の国であり、謙遜の美徳は、滞在中最も感銘をうけ忘れがたいものとなりました。

10 日本人以外にこれほど純粋な心を持つ人はどこにもいない。この国を愛し、尊敬すべきである。

11 この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた尊い家柄でなくてはならぬ。

12 それにはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。我々に日本と言う尊い国をつくっておいてくれたことを。


 
 科学や技術だけでなく、歴史や芸術や人間に対する深い洞察力をもったアインシュタイン博士に、ここまで褒めて貰った国民は世界にありません。

 我々日本人は照れくさがることはない。恥ずかしがることもない。無くしかけている美点は修復しつつできるだけ残すように努力したらよい。遺産はまだたっぷり残っている。
 我々の進むべき大道は、単なる科学技術や産業経済の発展ではなく、博士が賞賛してくれた今も残る日本人の心をできるだけ美しく残し、できればこれを世界に広めることなのではないでしょうか。


 博士は学問そのものをいかに追求しても、そこから倫理は生まれてこないことを知って、人間として立派さを称えることを常に忘れなかった人でもあった。

マリー・キューリー夫人の死を悼んだ言葉:
「時代にとっても、彼女の指導的な人格から出る道徳的な性質は、純粋な知識上の業績よりもおそらくはるかに大きな意味をもっていると思う」



参考サイト「人生のセームスケール」のアインシュタインの項http://art-random.main.jp/samescale/076-1-1.html#a-einstein(翔年はここにも投稿しています)

参考資料
波多野毅著著「日本賛辞の至言」
朝日新聞社編「追悼録 下」
湯川秀樹著「現代科学と人間」

追記(10/31)
 日本への賛辞ではありませんが、アインシュタインの教育の本質を突いたこの言葉も忘れることができません。
「教育とは、学校で習ったすべてのことを忘れてしまった後に、自分の中に残るものをいう。そして、その力を社会が直面する諸問題の解決に役立たせるべく、自ら考え行動できる人間をつくること、それが教育の目的といえよう。」

Education is what remains after one has forgotten everything he learned in school. The aim must be the training of independently acting and thinking individuals who see in the service of the community their highest life problem.


この記事へのコメント
奈良・東京のOさま

こちらこそ。
読者からのコメントは書き手にとっては大きな喜び、「やる気の素」です。(笑)

囲碁・将棋も、戦争も歴史も人生も、潮目が変わるターニングポイントが確かにありますね。
その時は意識できなくても、後になったらよく理解できます。

Posted by ユリウス at November 04, 2010 13:11
翔年さま

いつも興味あるブログありがとうございます.
ちょっと違いましたか,小生の過信ですね.ただ,1951年と1949年の1つのキ−ワ−ドが入れ替われば,読者の小生はコメントしなかったかもしれません.囲碁や将棋の対局で最後の方でたった1手が異なれば,流れが変化するのと同じような気もします.1922年に可逆云々は申しておりませんが,A博士の不可逆な思いを小生は残しておきたいと思います.では,またよろしくお願い致します. 奈良・東京のO
Posted by 奈良・東京のO at November 04, 2010 08:09
奈良・東京のOさま

ちょっと違うように感じました。
小生は単純に昔に戻そうとは思っていません。時代に合うように考えながら、精神の美点を残したいと考えています。ですから、必ずしも線形的に昔にもどす必要は感じません。

例えば、日本人になじみの深いこんな「黄金律」を実行できる民族は、世界中から尊敬されると考えます。
孔子:己の欲せざるところを人にほどこすことなかれ。
釈尊:他人にとってもそれぞれの自己がいとしいのである。それゆえに、自分のために他人を害してはならない。
キリスト:何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にそのとおりにせよ。
イスラム教にこのような教えはあるのでしょうか?(どなたか教えてください)

同じように、こんな徳目も日本人のだれもが実行できたら、世界の尊敬の対象になるでしょうね。
「正直」、「感謝」、「外柔・内剛」など。「忠君」などは不可逆で結構と思います。

あれだけ賞賛されたら、湯川博士でなくても、(日本人のダメなところをよく知る)日本人なら「複雑な心境」になりますね。(笑)

Posted by ユリウス at November 02, 2010 10:40
翔年 さま

翔年のおっしゃることは正しく”線形美”と小生も同感致します.我が国の
気質がそれで可逆反応が可能と考え,腐りかけたものがそのまま不可逆にならないように願います.老いたA博士にある学者が「先生の式に定数または線形項がつきますね」と言ったところ,A博士は「そうかもしれない」と答えました.線形項は安定を示す様々な公式があり,たとえばフックの法則(バネ)や土木建築,層流などがあり,非線形項は不可逆に繋がる破壊の手前にあると考えています.
前回の訂正;1949年プリントン大学の客員教授であった湯川博士にA博士が訪れ,複雑な心境であったとの事でした.戦後に来日したかは不明です.
訂正させて頂きます.
Posted by 奈良・東京のO at November 02, 2010 09:22
奈良・東京のO様

江戸時代に日本人が教育に取り組み、識字率を高め、如何に生きるべきかを武士階級から商人や庶民にまで広めたことは、素晴らしい成果をあげました。倫理観に溢れた人たちが国中に増えましたからね。
おっしゃるように、戦後はいささかこの美質が揺らいでいるのは事実です。

政治の中心部が腐りかけている危機感はありますが、わが国の精神的堕落を食い止めるのには、まだ何とか間に合うのではないでしょうか?
この目的に会うように、我々も何かできることを一つでもを始めなければいけないように思っております。


 


Posted by ユリウス at October 31, 2010 22:20
高尚な人(天才)のレベルに到底合わせることはできませんが,今の我が国では他国旗に火をつけ燃えつくすのを見とどけて満足する人はいないと思います.反面,日本人は平和ぼけしているとの批判はありますが,ブログに書かれておられる賞賛をありがたく受け止めたいと思います.しかしながら,戦後1951年の来日ではA博士は複雑な心境であったと思います.広島にはE=mcの2乗が刻まれてあり,以前よりベロを出した写真は謎です.いろんな説があるようです.若い頃,「人は神には近づけない」と解していました.今もそのように思っています.
Posted by 奈良・東京のO at October 31, 2010 08:46