October 26, 2009

碁の替歌 −コウの先生、他

 碁はいうにおよばず、遊びならなんでもござれの「游の達人」が大勢あつまる「碁吉会」というすばらしい会を主宰なさっている高野圭介氏から、年末の「ボウクリ会」(忘年会とクリスマスを兼ねた催し)の出し物として、替歌を出して欲しいと要請があった。替歌を作って、皆さんに歌ってもらうのは大好きなので請け負った。

 まず、野ばら社の「日本の歌(第4集、昭和40-53年)」をぱらぱらっとめくって、翔年がよく知っている歌で、だれでも歌いやすそうなものを探しました。森昌子が歌った1972年のヒット曲「せんせい」でいこうと決めました。(このとき既に、高野先生が脳裏にありました)歌詞の一番を2回口ずさんで、碁のイメージを頭に描いたら、替歌の歌詞がするする出てきました。慌てて紙に書き留めて、語句をちょこちょこっといじったら、あらら、半日でできちゃいました。できちゃった歌をご覧下さい。


「碁の(コウの)せんせい」    

(元歌)  阿久 悠作詞 遠藤 實作曲  唄 森昌子
淡い初恋 消えた日は
雨がしとしと降っていた
傘にかくれて 桟橋で
ひとり見つめて 泣いていた
幼い私が 胸こがし
慕いつづけた ひとの名は
先生 先生 それは先生


薄い黒石 死んだ日は
白がチクチク攻めてきた
手入れを忘れて 死んだ黒
石を見つめて 泣いていた
拙い私が 胸こがし
慕いつづけた ひとの名は
先生 先生 碁の先生

2 
力の限りに 考えて
連絡はかるも 無駄なこと
恐い白石 悪い石
放り込み打たれて 死んでいた
何とも言えない 悲しみに
胸をいためた ひとの名は
先生 先生 コウの先生

(くりかえし)
碁を打つことの しあわせを
そっと教えた ひとの名は
先生 先生 高野先生

※囲碁を知らない人のために
コウは囲碁用語。高野氏はコウ争いに強いのは勿論、碁がめっぽう強いステキな先生。


 過去の楽しい「ボウクリ会」の様子こちらにあります。


 ボウクリ会の後は正月の遊びの歌留多、百人一首の替歌とまいりましょうか。

(2 春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山   持統天皇)
序盤過ぎて中盤来にけらし白妙の風呂敷ひろげるアマの天狗山  アマの天狗

(5 奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき 猿丸太夫)
深奥の手筋かきわけ聞く石の声聞く時ぞ心うれしき 猿真似太夫

(7 天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも   阿倍仲麻呂)
アマの碁の振り変わりみれば悲しなる二、三十目も足らぬ局かも アマの仲好

(10 これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬもあふ坂の関   蝉丸)
あちこちとつけては跳ねて切りまくり死ぬも死なぬもザル碁の局 細川捌輔
三連星打つも打たぬも広げては知るも知らぬも大風呂敷の碁   竹宮太夫


(14 陸奥のしのぶもぢずり誰ゆえに乱れそめにしわれならなくに 川原左大臣)
隅奥のしのぶもぢずりそれよりも乱れそめにし今日の右隅   乱れ星朝臣  

(17 ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれないに水くくるとは  在原業平朝臣)
昔より助言も聞かず大甘碁地をくれないのコミが出ぬとは    無茶門殷

(20 わびぬればいまはた同じ難波なるみをつくしてもあはむとぞ思ふ  元良天皇)
わびぬれば今また同じ形なり技尽くしても生きむとぞ思ふ   悪形天皇
わびぬれば6目半の大ゴミぞ何が何でも出さむとぞ思う   小寄席名人
 

(23 月見れば千々にものこそ悲しけれわが身ひとつの秋にあらねど  大江千里)
那智黒に千々に蛤乱れけり我が身一つの臥所にあらねど  囲碁愛奴

(48 風をいたみ岩打つ波のおのれのみくだけて物を思ふころかな 源 重之)
切りをいたみ防戦の戦始まりぬ獲られて物を思うころかな  無力の朝臣   

(60 大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天橋立  小式武内侍)
大斜がけいく野の道の遠ければまだ勝ちも見ず無理な石立て  力自慢法師

(70 さびしさに宿を立ちいでてながむればいづこもおなじ秋の夕ぐれ  良暹法師)
悔しさに席を立ちいでて盤みればいづこもおなじ屍るいるい  悪力法師 
苦しさに盤を立ち出でて眺むれば煙草の煙目にぞしみいる    弱虫太夫


(77 瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ   崇徳院)
切をいたみ目つくりせかるる中盤の捌きの末は生きんとぞ思う   捌きの輔

(99 人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑ物思ふ身は   後鳥羽院)
死ぬは嫌殺すはあじきなし接待碁商談願ふ物思ふ身は   接待関白


※多すぎる囲碁用語の解説は無粋なので省略しました。碁をご存じない方、ごめんなさい。



この記事へのコメント
河井正夫さま

碁吉会のHPはこのエントリーの一行目「碁吉会」にリンクが貼ってあります。
また、あなたのコメントの二つ前は高野圭介さんのコメントです。投稿者の「高野圭介」をクリックすれば氏のHPに飛べます。

氏への直接メールは、HPの1ページ目に「朱筆へのメールはこちらへ」と明示されています。それをお使いになることをお勧めします。


Posted by ユリウス at September 06, 2010 21:34
韓国のシニア戦に参加したく、申し込み方法など色々教えてもらいたいのですが、碁吉会または高野圭介様の連絡先を教えていただけませんか?
宜しく御願いします。
Posted by 河井 正夫 at September 06, 2010 14:44
高野圭介さま

愉快なコメント、ありがとうございます。
碁吉会のHPの過去の楽しい「ボウクリ会」レポートに、エントリーの中から直接リンクを貼らせていただきました。
これでこのBlogの読者も、碁吉会の楽しさを味わっていただけるものと信じます。
今後ともよろしくお願いします。
Posted by ユリウス at November 02, 2009 08:10
我が輩はひとである。名前はもう有る。
人呼んで、コウノ。今まで余り変わったことはない。
時折、難儀したことがあった。
数学の時間の時、眠気がとろとろ忍び寄っていると、「甲の時点から乙の・・・」がコウノ自転と聞こえたりして・・・
カルタ取りをしていると、「これやこのいくもかえるも・・・」が「こりゃ高野・・・」と聞こえたりしたものだ。
今回まさか「コウの人」に転身するとは思いも寄らなかった。
ちなみに碁吉会の年末行事「ボウクリ会」という会がある。
「Bou Xri Party」とも書くが、忘年会とクリスマスを合併した会である。コウノ製の造語で、今では相当認知されてきている。
言葉遊びと碁を楽しむ高尚な?ひとときを楽しむもので、碁の替え歌を歌ったり、俳句と川柳、雑俳と何でも来いの句会もある。

2005年12月23日、ボウクリのレポートからその様子を碁紹介しよう。

       碁句道会(俳川句会)

特選第一席  ほとけ顔碁石を持てばエンマ顔  土佐保子

替え歌の部
松本 護 「碁がたき」 ふるさと
松本 護 「碁吉の宿」 北の宿
井上泰子「一年中の歌」(三部合唱) アメリカ唱歌

高野圭介
Posted by 高野圭介 at November 02, 2009 05:40
碁の読み,有段者は読みが深い.将棋も同じ.
しかし,読みが相手に読まれると負けます.相当長い読みなんですけど.
ところでこの女子大殺人事件には読みがあるように思います.単純な殺人事件ならばすぐに犯人は捕まるか逃走ですが、そうでなく、犯人はとても不思議な鍵を持ち帰っています.マンション構造をよく知った.
これはかなりのインテリ殺人と思うのです.犯人と警察が対戦相手です.
20日晩に友人宅で宿泊.21日昼ごろ友人が起きたら仏はいなかった.それから、その1時間過ぎ頃、ATMで犯人らしきものが現金引き出し(2万円).ただし、この事件は現金狙いでないことは警察ほかでも把握しているようです.これは演技ような.J火は22日の午後.以上から随分時間を経て現金引き出し犯人は放火するなんて、おかしい.放火するまでは誰も入られたくないのだ.警察は犯人を特定しているが捕えないのは、なぜか.罪の重さを調べていると.「接待」とは何か考えてみますと,仏のアルバイト先の接待ですか?いやいや接待にはいろんな接待があるようです.
Posted by 奈良のO at October 31, 2009 22:26
奈良のO様

一般に麻雀やゴルフはよく接待に使われますが、囲碁はそのようなことはあまりありません。しかし、何事も例外はあるみたいで、接待碁も存在します。
女子大生殺しのことはよく存じません。

Posted by ユリウス at October 29, 2009 23:37
替歌全くの素人でごめんなさい.
ただ、この歌は気になりました.
「死ぬは嫌殺すはあじきなし接待碁商談願ふ物思ふ身は」
そうですか,接待が気になります.お膳立てですか,アリバイ作りもありますね.
最近CHI女子大殺人の犯人が誰か,分かります.小生の友人には推理をメールしました.お若い人が犯人でしょう.マンション構造もよく知った.
歌とは,だいぶ飛んでいますが,接待が気になります. 

政権の推理は当たって欲しくないです.
Posted by 奈良のO at October 28, 2009 22:12