May 06, 2009

昭和16年生まれ −わが世代− (昭和17年=1歳)

1942年(昭和17)1歳(生めよ増やせよの時代、健康優良児表彰があった)

 戦争は勝ち戦から負け戦の様相を呈しはじめましたが、わが世代はまだ1歳、何も知らずに、母の胸に抱かれて安心して眠っていました。


「昭和17年の出来事」
1月 ・日本軍マニラ、ラバウル占領 ・為替ドル基準廃止、円建てへ ・食塩の配給制
2月 ・シンガポール占領 ・食糧管理法公布
4月 ・米軍機16機が東京、名古屋、神戸を初空襲
5月 ・ミッドウエイ海戦(四空母を失う、戦局の転機?)
8月 ・米軍がガダルカナル島に上陸
   ・ドイツ軍、スターリングラード突入   
11月 ・優良多子家庭表彰 ・北原白秋没(1885-1942)
12月 ・ニューギニア島で8000人が玉砕

「社会の動き」
新聞統制により、一県一紙。
大本営は『皇軍は各地に転戦、連戦連勝』を強調。
欲しがりません勝つまでは』と精神主義に訴える。
敵性語廃止で日本ポリドールは大東亜に変更。
米映画禁止。

「後年、母から聞いた話」
 妊娠すると子どもに栄養をとられるので、歯がガタガタになった。これはカルシュームが十分摂取できてなかったからだろう。祖父は「小魚」を骨ごと食べよと母に勧めたという。カルシュームをとることが「栄養をとる」という意味だった。
 長じてから、翔年も「小魚をまるごと食べよ」とよく言われたのは、この「カルシューム信仰」があったからだろう。お陰で骨っぽい男に育った。



次回の「昭和16年生まれ −わが世代−」は「昭和18年の出来事」です。




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