March 02, 2009

大天才の賭博好き -モーツァルトとドストエフスキー

 モーツァルトが1791年12月5日に35歳の短い生涯を閉じた時、多額の負債を残した。そのため、妻のコンスタンツェは、負債の放棄と同時に、手元に残っていた夫の作品の所有権も放棄しなければならなかった。彼女は、夫の為に地位相応の葬式を出すことさえ出来なかった。かくして、モーツァルトは共同墓地に埋葬された。

モーツァルト Photo by wiqipedia
モーツァルト

 何故、モーツァルトはこんなにも経済的に困窮していたのだろう? 従来のモーツァルトの伝記ではその元凶として妻のコンスタンツェの名が挙げられている。やりくり下手の浪費家だったと聞かされた読者(翔年も)は、「モーツァルトの奥さんも悪妻だったのか、気の毒に」とは思ったが、昔のことだし、他人の奥さんのことなので、それ以上の詮索はしなかった。
 ところが、最近、モーツァルトの負債額は約75,000マルクもあったので、「妻の浪費でこんなにも負債が生じるものか?」不思議に思った音楽史家のウーヴェ・クレーマーは、残された手紙や記録から、モーツァルトの経済状況を洗ってみたという。
 その結果、モーツァルトが得ていた作曲家、ピアノの名手、音楽教師として得ていた報酬は低いどころか、法外ともいえるほど高かったことが判明した。
 一方、奥さんの方は寡婦時代も、後に再婚してからも、ちゃんと家計を切り盛りしていることも明らかになった。


 そうなると従来の伝記作家の言っていることは戯になる。モーツァルトの謝金の申し込みの手紙は束になるほど残っていますし、それは後になるほど慌しさを増していることが分かっているのですから、ますます変です。

例えば、彼はフリーメイソン会友のプフベルクにさんにこんな具合に金を無心している。

「お借りした8ドゥカーテンもまだお返しできない状態でなんとも厚かましいのですが、来週には必ずお返し申し上げますので、もう100グルテンご用立ていただけないでしょうか」
その数日後の手紙。
「わたしを信用できる男と思ってくださっていると信じて、厚かましいのを承知でお願い申し上げます。……1,000グルテンないし2,000グルテンを一年もしくは二年の期限で、しかるべき利息をつけてお貸し願えれば本当にたすかるのですが」

そして、その10日後(1789年7月17日)にまた。
「今回お願いした金額がどうしても無理なら、いくらでも結構ですから、すぐにご用立ていただけるだけの金額をお貸し願いたいのです。本当にすぐに入用なものですから」

→ 賢明な読者は、博打に負けて借金とりに追いかけられているモーツァルトを、今は憐れまれていることでしょう。

その後も借金の申し込みは続いています。
「400グルテン貸していただければ、最大の窮地から抜け出せるのですが」とか何とかかんとか言っています。

→ 1790年5月17日付けの手紙には、「真の友人が見つからないので、高利貸から金を借りざるをえません」とも書いています。

→ モーツァルトには申し訳ないが、真実を愛する翔年は、もう一つの証言も書かざるをえません。

 楽長デトゥシュは「モーツァルトはトランプ賭博やビリヤード(当時は高額な金額が掛けられることがあった)に血道をあげる賭博狂」と述べています。



もう一人の天才、ドストエフスキーの場合はこうでした。

40歳の時、妻をロシアに残して、彼はその時、夢中になっていた彼女(アポリナーリヤ・スースロワ)とドイツの各地を旅行した。そしてこの旅先で、もう一つの情熱のとりことなったのです。それは女ではなく、賭博でした。「できるだけ短時間にできるだけ多くの金を得たいと望むことが汚らしいことだとは思えない」と彼は書いている。一攫千金を夢見たのは、誰にも依存しない自由な身分で創作をしたいからでした。しかし、現実は甘くない。当初の目的を果せないどころか、彼は賭博にのめりこみ、とうとう賭博中毒者になってしまったのでした。

 最初はツキがあるように見えた。一晩に一万フランを当てた。しかし、その晩のうちにこれを全部失った。次の晩には三千フラン儲かった。これを元手にドイツとパリで賭博を続け、遂にすってんてんになったのです。妻が緊急に送金してくれた金も賭博につぎ込んでしまい、自分の時計とアポリナーリヤの指輪を質に入れて、やっとのことで旅費を捻出して、無一文になってペテルブルグの妻の下へ帰った。

ドストエフスキー Photo by wiqipedia
ドストエフスキー
 その後、妻を亡くした。42歳になった時、彼は賭け事に勝つための「確実なシステム」を発見したと考えていた。そして作品の版権を売ったり、作品をかたに借金の前借をして、彼女のいるドイツへ向かった。だが「確実なシステム」は何の役にもたたなかった。彼は何度も妻に金を無心する手紙を書いている。

「ぼくは狂人じみたことをしようとしている。これはまったく狂気の沙汰だ! それに何より不道徳でバカげている。でも、これがたった一度のチャンスなんだ。……これっきりだ、もうやめるよ!」

その4日後。
「この手紙を受け取り次第すぐに20ライヒスターラー送ってくれ。できれば、その日のうちに。一秒も無駄にしないでくれ。お願いだから。(中略)残ったお金は、全部持って帰るから……」

その3日後。
「ぼくの大切なアーニャ(アンナの愛称)、許してくれ。ぼくをろくでなしと呼ばないでくれ。ぼくは罪を犯してしまった。きみが送ってくれた金をすべてなくしてしまった。(中略)急いで、いますぐ、旅費を送ってくれ。それが、きみの手元に残った最後の金であっても……」
→ しかし、彼はそれでも懲りなかった。翔年はアーニャがかわいそうで、これ以上書き続ける事はできません。
アーニャの日記には「イエス様、私たちはいつになったら、この泥沼から這い上がれるのでしょう」と書かれている。



 賭博を永久にやめると彼が固く決心し、実際にやめるまでに、このときからなお二年ほどかかっています。

※ 上の二つのエピソードは主にゲルハルト・プラウゼ著「天才たちの私生活」を参考にしました。


 天才に比べるべくもありませんが、世にギャンブル好きは多い。翔年も例にもれない。ただ、小者なので、ゼロサムゲームでは成功する確率が低いと考えて、「宝くじ」や「公営ギャンブル(競馬など)」はやらない。投機をやるなら、サブプロム問題があろうとなかろうと、ゼロサムではない株式市場が、まだましと信じています。(経済の拡大を期待して)
 でも、読者の中には天才に近い金銭感覚の持ち主がいらっしゃらないとは限りませんので、ここにゼロサムゲームがつまらないという、その理由を記して、このエントリーを終えたい。


ギャンブルゲーム(ゼロサム)の期待値(※控除率)
※例えば、公営の宝くじは控除率が53,6%だから、10,000円掛けると、5,360円はドブヘすてているのと同じことになります。それがパチンコだと300円ですみます)

1 宝くじ       期待値(平均)46.4%   控除率  53.6% 
2 公営ギャンブル          75%         25%
3 トトカルチョ(米国)      約93%         7%
4 ルーレット(米国)        約95%          5%
5 25¢スロットマシン        約95%         5%
6 パチンコ             約97%         3%



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この記事へのコメント
奈良のOさま

賭博は何故か人を引きつけます。
射幸心は誰にでもあるらしい。
そう考えないと、ギャンブル産業がこれだけ発展することは説明できません。
小生は「溺れなければよし」としています。
Posted by ユリウス at March 18, 2009 23:17
ユリウス様へ
モーツワルトが没する直前は貧しかったことを高校生の頃知りましたが,まさか博打とは思っておりませんでした.天才に”金より尊いものが無かったこと”には残念です.一方,カントは没する80歳まで生涯が終わるに従い価値ある論文を残しています.お二人とも天才ですが,天才早死の背後には早死にする馬鹿げた要因もあるんですね.世界大恐慌1929年の際,空売りで設けた投資家が自殺(私の人生は失敗だったの遺言).天才だけではありません.身近にボート好きの仕事仲間の1人は34歳突然死,競馬好きのかつての上司は50歳,幼なじみの親父はサイコロ博打の負債で42歳で自殺,他には芸能人多くの博打負けの自殺は数多い.小職は当然ながら天才で無いにしても,天才カントの生き方をまねたい.はたして博打で勝ち続けられても”勝って安心,嬉しい”の感情だけで一体何がのこるのだろうか,止めない限り何が残ったかが分からない.勝っているときは誰も止めようとはしませんが.
Posted by 奈良のO at March 18, 2009 20:50