January 23, 2009

何でもランキングの社会 −何だか変だよ

 今日もまた「ランキングアンケートへのご協力お願い」のくだらないメールがきた。どれくらい下らないかと言うと
・好きな和菓子 → (どっちだっていい)
・頑張って欲しい相撲力士 → (同上)
・WBCで活躍を期待する選手 → (同上)
・印象に残るアメリカ大統領 → (関心はあるが、1位、2位を争う事ではない)
などについての質問に、回答をするとお礼がもらえるのだそうだ。そして後日、ランキング結果が送られてくるとのこと。

 この会社は今までにも
・2008年一番印象に残っているニュースランキング
・思い出に残る作曲家遠藤実さんの作品ランキング
・シニアが選ぶ流行語2008年度版
など、何でもかんでも、ランキングをつくっては消費需要を掘り起こしたり、ネットに人を集めたりして、広告料を稼いでいる。(それが仕事の大部分を占めているらしい)

 こんな商売が成り立つのは、消費者にランキング好きが大勢いるからだろう。逆に売る側にも、売れた商品をすすめるのが最もまちがいない方法と安易に考えている人たち(マニュアル人間)が大勢いるのだろう。消費者も生産者も、今の人は自分の頭で考える事をあんまりしなくなったのだろうか。翔年は他人の意見や好みはそれはそれ、自分とは違うんだという考え方の人の方が好きだ。

 年末にホットカーペットを買いに行った時もそうでした。量販店の店員はこちらの希望を聞くのもそこそこに、「今年はこれが一番売れています。次はこれです」と売れ筋商品を次々に紹介した。聞いてもいないのに。「一番売れているのを買わないのは損ですよ」といわんばかりに。

 本屋に行っても、「売れている本のランキング」の大げさな表示がなされている。翔年は本屋で「どんな本が売れていますか?」と聞いたことは一度もないし、「よく売れているから是非読みたい」なんて思ったこともない。当たり前のことですが、興味の中心は、どんな本があるか、誰がどんな本を書いたかであります。ランキングは余計なお世話です。

 情報化時代だからといって、コンピュータ時代だからといって、安易なランキングをつける商売が、これほど流行るのは何故だろうか? 

 教育界も同じようなことをやっている。偏差値に振り回されたり、府県別に学力テストを発表したら弊害があるとかないとか。翔年はこの議論にも違和感がある。数字を大きい順に並べてなんだ、かんだというだけではあんまり意味がないのではないか。

教育では
・何を教えるか →(これは時々話題になる)
・どのように教えるか →(あんまり話題にならない)
・その結果生徒は将来に向かってどんな動機付けをされたか →(だれも問題にしない)
が大切なのであって、単語を10個覚えていた方がが8個より素晴らしいとか、平均点が1点多いか少ないかというようなことではないはずです。

 
 好きなものを食べ、関心のある本を読み、自分が気に入った製品を買うという、ごく当たり前のいきいきした生活を邪魔するのが、安易なランキングだと思えて仕方がありません。

 教育で言えば、生徒は自分の関心ある分野のことを、如何に系統的な知識として獲得するか、将来その分野で自己実現を図れるか、その知識の習得が自分にとって楽しいものかどうかが大事だと思う。このようなことが最重要課題だと先生方や親や社会の指導者に認識されていなければならない。