October 22, 2008

考古学界の怠慢? −万葉木簡に思う

 21日の読売新聞によると、20日、万葉集の和歌が記された最古の木簡が報道陣に公開された。

万葉木簡
 木簡は長さ9.1Cm、幅5.5Cm、厚さ6mm。
 クギのようなものを使い、万葉仮名で左側から和歌を刻んだ線がくっきりと残っているというから大変興味深い資料だ。

 「留之良奈●麻久(るしらなにまく)」「阿佐奈伎尓伎也(あさなきにきや)」と、7文字ずつ2列にわたって刻まれているのが確認されている。(この写真では残念ながら読めませんね)しかし、これだけのヒントがあれば、万葉集の当該歌を探すのは、専門家にとっては訳はない。


朝なぎに 来寄る白波 見まく欲り 我はすれども 風こそ寄せね  万葉集7
(訳)朝なぎに寄せる白波を見たいと思うが、風が吹いてくれない

asahi.netより
万葉木簡2

 今回、木簡の文字が読めて、それが万葉集の歌だという発見は大変結構な喜ばしい事ことである。しかし、続く以下の記事を読んで、翔年は「アレッ」と思った。

『同研究所などは当初、右の行から読み、万葉集の歌の句とは気づかなかった。』
 何がアレッかと言うと、この木簡は5年前に出土して奈良県橿原市の奈良文化財研究所に保管されていたもので、研究者は日本語は右から縦書きであるものと決めてしまって、木簡が左からの縦書きで書かれていることに気づかなかったのだという。

 素人が失礼を承知を言えば、何と迂闊な学者先生方だろうと思う。誰でも思い込みによるミスはある。しかし、出土した大事な資料の意味を読み解く態度がなってない。資料(データ)を徹底的に洗う作業を厭わない自然科学系の人間からみれば信じられないことだ。
 1300年前のわが国は文字を持っていなかった。時代はようやく大陸から漢字文化が入ってきて、漢字を用いて日本語を表わす工夫がいろいろとされていた文字文化の黎明期であったはず。右からの縦書き様式が当時定まっていたとは素人でも考えないのではないか。

 考古学会は以前、発掘当事者が壷の破片を埋めておいては、それを次々に発見しては「大発見」、「大発見」と騒いでいたことがある。発掘された資料を科学的に分析していれば、もっと早く嘘が分かったはず。そういう基本的な態度の欠如が原因で、学会としての大失態を招いたのではなかったか。部外者からみると実証的科学精神に欠けた研究者が大勢いらっしゃるように見える。

 失礼ついでにもう一つ言わせて貰う。わが国には古墳がたくさんある。大半は宮内庁が管理していて、学術研究といえども調査をすることを許さない。それに対して、歴史の真実を求めるもっともっと強い調査要求が考古学会や歴史学会から出てしかるべきと思うのは、翔年の独りよがりの甘い考えであろうか? 

 「墓をあばく」というマイナスイメージの言葉があるけれど、そうではなく、歴史の真実を明らかにする学術研究の為に、太古の墳墓を調査することに、何のためらいがあろう? そういう声が国民の間に澎湃と起るように働きかけるべきではないのだろうか。

 現代科学技術は、墓の全てを掘り起こさなくても、資料を破壊しなくても、ファイバースコープを始めとする高度な探査技術がある。にもかかわらず、これを積極的に利用しようともしないのは何故? 



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この記事へのコメント
M様
始めまして!

>日本は天皇の国である。そこに先代天皇の墓を覗くことを官が拒否する。高名な学者は官より職を得ている。ここに尽きると思います。

学者には「真の学者」と「御用学者」の二種類があると思います。もし、あなたのご想像のとおりでしたら、わが国の考古学者や歴史学者は全て「御用学者」と言うことになります。そうなら、学問の進歩は期待できません。

小生は、考古学者の中にも、命がけで「それでも地球は回っている」と主張したガリレオや聖書に真っ向から反する見解、「進化論」のダーウィンや「神は死せり」のニーチェや戦前に「天皇機関説」を唱えた美濃部達吉先生などと同じように、真実を明らかにしたり、己の信ずる事を発表っするのを躊躇しない「真の学者」先生がおられると信じています。
国民の考え方(世論)が、そういう人たちの勇気ある行動を促すのではないでしょうか?

Posted by ユリウス at February 12, 2009 22:23
現代科学技術は、墓の全てを掘り起こさなくても、資料を破壊しなくても、ファイバースコープを始めとする高度な探査技術がある。にもかかわらず、これを積極的に利用しようともしないのは何故? 

このことは以前から関心がありました。ピラミットなどの考古学などを見てみますと不思議に思っていましたが。私なりの解釈では
日本は天皇の国である。そこに先代天皇の墓を覗くことを官が拒否する。高名な学者は官より職を得ている。ここに尽きると思います。古事記から日本書紀につながることにも学者さんは触りたくないようです。などと思っています。
Posted by M at February 12, 2009 20:49