October 12, 2008

三浦元社長が自殺

 たった今入った共同通信のニュースによるとロス疑惑の三浦元社長が自殺した模様。
 「1981年のロサンゼルス銃撃事件で、今年2月に米自治領サイパンで逮捕、拘置され、ロサンゼルスに移送されたばかりだった三浦和義・元会社社長(61)=日本では無罪確定=が10日午後10時(日本時間11日午後2時)ごろ自殺した。関係者が明らかにした。収容先のロス市警本部の留置場独房でTシャツを使って首つりを図り、搬送先の病院で死亡が確認された。」

 これで裁判は行われる事なく、真実も明らかになることもなく幕引きとなる。
 
 翔年は思う。米国の司法はわが国の司法よりも厳しい。三浦被告は逮捕が不当だと訴えていたが、それがうまく行かないことはハッキリしていた。三浦被告は「一事不再理」の原則が頼りだったのだろうが、容疑のうち殺人については無効、殺人の共謀は有効とする決定をロスの郡地裁が下している。

 無罪でのうのうと社長をやっている訳には行かないと観念したのかも知れない。

 「天網恢恢疎にして漏らさず。」米国の司法の勝利であろう。


 翔年は米国の司法に比べて、わが国の司法は歪んでいると思っている。二、三例をあげよう。

 例えば、基本的人権の一つである一票の価値について、最高裁判所は1対4でもまだ違法としないのだからあきれ果てる。あまりにもご都合主義だ。米国では有権者数に応じて正しく一票の価値を適用するようになっている。
 また、憲法解釈も時の政府の言いなりで、9条解釈などは目もあてられない。三権分立の意識が薄すぎる。





この記事へのトラックバックURL

この記事へのコメント
桂木俊介(Isoda)様

いつもBlogを読んでくださり、ありがとうございます。

>外国人が絡んでくると先ず日本の制度を理解させるまでに時間がかかります・・・
なるほど。
法の根本精神である、三権分立、万民が法の下に平等であること、法を犯せばキチンと罰則が適用されること、などが、わが国独特の「まあまあ主義」や「なあなあ主義」に蹂躙されているように感じます。
戦争責任を裁かない、法によって権限を与えられている行政官が、法をないがしろにして勝手な事(選挙運動、裏金つくり,行政指導など)をしても、これまで罰してこなかったことなどは大いに不満です。

日本のあるべき姿を描くために、また、外国との違いなど教えていただければうれしいです。
Posted by ユリウス at October 20, 2008 10:45
翔年 さま

ご無沙汰しております、いつも楽しく拝見しています。

マスコミを騒がし、挙句の果てに自宅近くのコンビニで万引きで捕まるような当事者が、どのような人生を歩むかには殆ど興味はありません。

只その事件から、日本の法体系が如何に遅れていることが良く判りました。ご指摘の通りですね、私も今裁判所での仕事を手伝っていますが、外国人が絡んでくると先ず日本の制度を理解させるまでに時間がかかります・・・

それはどこの国にでもあることですが、日本ではちょっと面倒すぎるきらいがありますよね、元来欧州から取り入れた法律なのにいつの間にか独特の進化をしたからでしょうか? それが日本らしさなんでしょうね・・キット

月末からベトナム・ハノイへ約2週間ほど出かけてきます、日本との違いを探す旅はまだまだ続きます。 (笑)       桂木俊介
Posted by 桂木俊介(Isoda) at October 20, 2008 00:18
昨日は幼子の栗拾いを思い浮かぶ秋晴れでした.
生き甲斐は自然に満載すると信じる万人からは贅沢病の結末は不思議な現象ほかはありません.元社長に寄り添う方にも贅沢病にしたっていたのではないだろうか.悪いことは誰でも分かることをやり尽くすのは不幸ですね.
癌等の病魔におかされ自殺された方を責めることはできませんが、元社長は何の病魔に”教われた”のでしょうか?自学習は理解不足と思います.
死によって病魔から救われる人界ですが、地獄には死はないから”怖い”と思うのが普通でしょう.正直性が残らなかったのは親も無念でありましょう.
Posted by 奈良のO at October 16, 2008 21:04