October 29, 2007

無神論者のリスト

 19日にアップしたドーキンスの「神は妄想である」がきっかけとなって、世界平和の活動は無神論者にしかできないと確信するに至りました。特に一神教のユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、地球上に紛争を起こすことはできても、争いを終結させる理念がもともとないのだから、紛争解決を彼らに期待するのが間違っているとハッキリ結論づけました。この問題意識がずっとあったからだろうか、ネット上の「The Bright(ブライト運動)」に行き着きました。

 ブライト運動はいずれ詳しく述べたい考えていますが、まずは、歴史上の無神論者のリストをその関連で見つけたので、これを整理することから始めたい。


無神論者のリスト(Famous Dead Nontheists)」 はプリントアウトしたら31ページ(A4版)にもなる膨大な有名人の生年順のリストで、その人物が無神論者と信じられる根拠が英語で書いてある。ここでは翔年が知っている人物のみ抜き取ってミニリストを作りたいと思う。(根拠の書いてない人物もあります。ご存知の方はご教示くださればありがたい。あわせて、間違いがあればご指摘くださるようお願いします)

1 孔子、(confucious)、中国の哲学者(551-479BC)
→ 論語に「子、怪・力・乱・神を語らず。(述而第七)」とある。子は怪しげな宗教について述べなかったのは本当だ。論語のどこにもない。

2 プロタゴラス,(Protagoras), ギリシャの哲学者 (紀元前 481?-411 )
「神については、わたしはいるともいないとも言うことはできない」

3 デモクリトス,(Democritus), ギリシャの哲学者 (紀元前 460?-357 )
→ 唯物論の祖

4 エピクロス,(Epicurus), ギリシャの哲学者 (紀元前 341-270 )
→ 唯物論者にして快楽主義者

5 キケロ,(Marcus Tullius Cicero), ローマの政治家, 雄弁家, 哲学者 (紀元前 106-43 )
→ 無神論者である証拠が見つかりません。「ローマ人の物語」を読んでも、ローマの名言集にあるキケロの言葉を見ても、無神論者かどうか分かりません。どなたか教えていただければ幸いです。

6 セネカ,(Lucius Annaeus Seneca),ローマのストア派哲学者, 作家, 政治家 (4-65)
"Religion is regarded by the common peaple as true, by the wise as false, and by rulers as usefull."(宗教は普通の人にとっては真実とみなされるが、賢者にとっては間違いと、統治者にとっては有益とみなされている)


7 クリストファー・マーロー,(Christopher Marlowe), 英国の劇作家、詩人 (1564-1593)
"I count religion but a childish toy and hold there is no sin but ignoance."(
宗教は子供っぽいおもちゃのようなもの、無垢であって罪がない)

8 トーマス・ホッブス,(Thomas Hobbes) 英国の哲学者 (1588-1679).
9 アフラ・ベーン, (Aphra Behn),劇作家 (1640-1689)
→ 確か、この人、漱石の小説にでてきたと記憶している。

10 フランシス・ラ・ロシュフコー,(Francois La Rouchefoucauld), フランスの作家 (1650?-?)
→ ニーチェに影響を与えた。

11 ボルテール(Voltaire).フランスの作家、劇作家
"If we believe absurdities, we shall commit atrocities."(もし、我々がばかげたことを信じるなら、われわれはきっと暴力に与することになる。)

12 ベンジャミン・フランクリン,(Benjamin Franklin), 米国の政治家, 科学者, 作家, 印刷屋 (1706-1790)
"The way to see by faith is to shut the eye of reason."(信じて見るということは理由を見る眼を閉ざすことだ。)

13 フリードリヒ大王, (Frederick the Great),プロシア王 (1712-1786)
14 マルキ・ド・サド, (Marquis de Sade),フランスの放蕩者 (1740-1814)
"The idea of God is the sole Wrong for which I cannot forgive mankind."(神の概念は人類が犯した許されないたった一つの間違いだ)

15 ジェレミー・ベンサム,(Jeremy Bentham), 英国の改革家, 作家, 哲学者 (1748-1832)

16 ヨハン・ウルフガング・フォン・ゲーテ,(Johann Wolfgang von Goethe), ドイツの作家 (1749-1832)
→ Stoutly anti-Christian,but not atheist.(強い反キリスト教ではあるが、無神論者ではない。)

17 ピエール・シモン・ド・ラプラス,(Pierre Simon de Laplace), フランスの数学家、天文学者 (1749-1827)
18 ナポレオン・ボナパルト,(Napoleon Bonaparte), フランスの皇帝 (1769-1821)
"Religion is excellent stuff for keeping common people quiet."(宗教は並みの人間を黙らせておくには結構なしろものだ)
"All rerigions have been made by men."(全ての宗教は人間によって作られている)

19 ジョージ・G・バイロン卿,(Lord George Gordon Byron), 英国の詩人 (1788-1824)
20 アーサー・ショーペンハウエル,(Arthur Schopenhauer), ドイツの哲学者 (1788-1860)
"there was, Schopenhauer believed, no Absolute, no Reason, no God, no Spirit at work in the world: nothing but brute instinctive will to live."(ショウペンハウエルはこの世には動物的な生きる力以外のもの、絶対者も、道理も、神も、精神も、この世にはそんなものはないことを信じていた)

21 ペリー・B・シェリー,(Percy Bysshe Shelley), 英国の詩人 (1792-1822)
→ If Got has spoken, why is the world not convinced.(もし、神に口があるなら、どうして世間の人々は確信を持てないのか)

22 ルドウイック・アンドレアス ・フォイエルバッハ,(Ludwig Andreas von Feuerbach), ドイツの哲学者 (1804-1872)
23 ジョン・S・ミル,(John Stuart Mill), 英国の哲学者、経済学者 (1806-1873)
→ 厳密には無神論者でないかもしれないが、自由思想家であった。

24 チャールス・R・ダーウイン,(Chales Robert Darwin), 英国の自然学者 (1809-1882)
→ 40歳を過ぎてから、彼は自分の言葉でキリスト教は全然信じられないと語り始めた。"For myself," he wrote, "I do not believe in any revelation."(私にとっては、どんな啓示も信じることはありません)

25 アブラハム・リンカーン,(Abraham Lincoln), 米国の大統領 (1809-1865)
"The Bible is not my book nor Christianity my professon. I could never assent to long, complicated statement of Christian dogma."(聖書は私の本ではないし、キリスト教は私の職業じゃない。私は長ったらしい、複雑なキリスト教の教義に決して同意はしません)

26 エドガー・アラン・ポー,(Edgar Allan Poe), 米国の作家 (1809-1849)
"No man who ever lived knows any more about the hereafter ... than you and I; and all religion ... is simply evolved out of chicanery, fear, greed, imagination and poetry."(君や僕の後で生きて今より先のことを知っている人はいない。すべての宗教はごまかし、恐れ、想像、詩が起源である)

27 ミカイル・バクーニン,(Mikhail Bakunin), ロシアの無政府主義指導者、作家 (1814-1876)
→ バクーニンにとって宗教とは人間性を貧困化する象徴であり、また、人間の自己決定の可能性を閉ざしておくための兵器のようなものである。

28 カール・マルクス,(Karl Marx), ドイツの政治哲学者、経済学者 (1818-1883).
→ マルクスは宗教は虐げられた人間のため息とみなしていた。



 (こんな調子で最終的に100人以上のリストが出来上がります。この続きは1週間後にアップします。)



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この記事へのコメント
通りすがりのブライト様

シッカリしたご意見を書いていただき、感謝します。
また、小生のいいたいことを代弁もしていただき、ありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。
Posted by ユリウス at May 20, 2010 20:50
民宿さんは「(合理的論理のみで動く人間には『人助け』という見る人から見れば『独善的』とも思える行動をしにくい)」と書かれていて、ひとつのテクニックとして宗教が役立つのではないかと考えておられます。しかしそれをテクニックとして用いるには損失の方があまりに大きい。魔女裁判・十字軍・ナチス(キリスト教徒)によるユダヤ人殺害・911・北アイルランド紛争・パレスチナ紛争・カースト差別・・・。理性によって紛争が解決されたことはありますが、宗教によって紛争が解決したというのは聞いたことがないのです。

もし将来、パレスチナ問題が平和的に解決する日が来るのだとしたら、宗教的に解決するなんてことはありえないでしょう。それは信仰ではなく理性が勝利するときです。

その意味で私は「世界平和の『実現』は無神論者にしかできない」と思います。
(ユリウスさんのおっしゃりたかったのもそういうことではないでしょうか)

ただし、無神論者であれば世界平和を実現できるとは思いません。
無神論者であることは世界平和を実現するための必要条件であって、十分条件ではないからです。
Posted by 通りすがりのブライト at May 20, 2010 00:45
わたしも無神論者です。

「世界平和の活動は無神論者にしかできない」とは思いませんが、
ユリウスさんの言わんとするところには賛同いたします。

それが無神論者の平和活動より成果を上げるかどうかはともかくとして、
だれにでも「活動」することだけはできますし、歴史上、人類平和の前進に貢献した偉人の中には神を信じていた人がいました。平和に貢献する活動をした有神論者として、ソクラテス、トルストイ、マーティン=ルーサー=キングなどを知っています。(佐藤栄作はその数に入れません)

しかし、そういった先人たち(民宿さんのあげたガンジーやマザーテレサもふくめ)が行った平和活動は、神とは無関係に成り立ちます。かれらは何が人を不幸にし、何が平和のためになるのか理解した上で(歴史的な限界はありましたが)、不幸の原因に対し立ち向かったのです。

不幸である原因を「前世で悪い行いをしたからだ」と言ったり、「悪魔に取り憑かれているから」といったり、「信仰が足りないからだ」と言ったり、「神からの試練(あるいは罰)である」といったりしていては、不幸を根本的に改善することができないでしょう。

なぜ黒人は差別されるのか、なぜインド人はイギリスに搾取されるのか、飢餓で死んでゆく人をどうしたら救えるのか、これらの答えを神に求めず、現実の社会を見つめることが出来たからこそ、キングは、ガンジーは、マザーテレサは平和に貢献することが出来たのです。具体的に人々を救ったのは信仰ではなく人間の理性です。
Posted by 通りすがりのブライト at May 20, 2010 00:44
この「民宿」って人とブロガーの一連の話を見るに、ブロガーの話のスジはむちゃくちゃだな。ブロガーは馬鹿にされてるのに、多分気づいてない^^;
Posted by 通りすがり at January 18, 2010 23:37
了解です。よく分かりました。
つまりあなた個人の思想は宗教とは相容れない、相容れないものは排除すべき、というように、あなたのお返事を解釈しました(これは宣言であり念押し質問では有りませんのでご心配なく)。

私が知りたいのはなぜ「無神論者『しか』出来ない」とおっしゃられたのかという事なのですが、「神の名によって、人殺しを正当化したり、文化を破壊したりする集団」は現代にあっては少数派といってもなお、そのことへの反論もなしに同じ回答を繰り返すのであれば、私の望みも到底かないそうにありませんね。

重ねて質問への回答をお願いしますが、私の言う事が繰り返しの「くどい質問」で、その原因が全て私にあるとお考えでしたら、返事は止めていただいて結構です。あなたの主張をできるだけ正確に理解しようとする事をあきらめます。
Posted by 民宿 at July 08, 2009 20:06
民宿 さま

くどい質問をされて、それに答えたら「それは常識でしょう」と言われては、どうしようもありません。
「現代の政治に宗教が関与してはならないといいたかったのですか?」という類の、念押し質問に答えることは止めて、私の考えを繰り返し書きます。

小生は、神の名によって、人殺しを正当化したり、文化を破壊したりする集団は大嫌いです。
なぜなら、人間は自ら学び、分からないことは分からないこととして認識した上で、自らの思考を鍛え、行動につなげていくべきという考えを根底に持つからです。
ですから、神にすがり、神の名によって行為をする宗教家と決して相容れません。

これからも、必要な時に、必要なことをもの申していくつもりです。

Posted by ユリウス at July 07, 2009 11:15
それは常識でしょう。
政治の世界から宗教を廃する、つまり政教分離は宗教の行動面の性格を否定しているわけでは有りません。
宗教とはある主観的な価値観であり、多様な価値観をもつ社会集団(たとえば現代国家)に特定の宗教の価値観を適用することは他の信者の価値観を侵害することにつながりかねないとの懸念から政教分離は行なわれているのです。

つまりあなたは
「現代の政治には宗教が関与してはならない」
といいたかったのですか?
それなら私も同意しますが、慈善行為(あなたが言う所の個人救済です)を行い、自らの信じる価値観に沿った行動をしている多くの宗教家達を貶めるような言論には賛同しかねます。
Posted by 民宿 at July 07, 2009 09:42
民宿 さま

世界平和のための活動は政治運動です。
「政治」は現世のことのみ扱います。従って必然的に、最大多数の最大幸福を目指さざるをえません。(個人救済ではありません)

それに反し、「宗教」は現世のことだけでなく、死後のことを取り扱います。死後の約束もします。信じた人は救われます。個人救済です。

それ故に、永い歴史の教訓から、政治と宗教の分離が必要と言う知恵が生まれたのです。
政治と宗教の未分化の世界では争いが起って当然ではないでしょうか?
Posted by ユリウス at July 04, 2009 23:11
次に過去の話をすれば、確かに世界史における全世界的な主対立軸は常に宗教対立、宗派対立でした。しかしそれは、狭い世界では統一性のない人類に秩序を与え(イデオロギーによって人々を統一させ)、平和を作っていた宗教が、大きく異なる世界観とであった時に起こった驚きと混乱であると見るべきでしょう。そしてこの異質なものと接触した驚きと混乱は自己を客観的に見つめることを強い、言動に合理性と論理性を与えたのではないでしょうか。
これらの歴史の捉え方が単に私の我流であったとしても、どんな歴史観でも宗教が不必要とは言わないでしょう。

また、現代の宗教対立はこの歴史的な流れの名残と見るのが妥当ではないでしょうか。さらに言えば、まだ完全に全世界的な統一力を持たない人類がそれぞれのローカルな団体を統一している宗教を失い、狭い社会集団の中ですら混乱が生じることのほうが、この名残が少々続くより恐れるべき事だと私は思います。

以上が私の意見ですが、あなたの意見の中の
>世界平和の活動は無神論者にしかできない
という言葉の真意を察しかねています。後学のために少々解説していただければ幸いです。
Posted by 民宿 at July 04, 2009 21:09
ああつまり、一神教というイデオロギーは常に他を排除する指針を持つと。

まず
>小生は「類例のない物事について、知りもしないくせに語る者の言うことを、根拠がないにもかかわらず正しいと信じること」はしません
これはあなた個人の主義の問題でしょうからここでは蛇足でしょう。
それはいいとして

一神教は他の宗教を拒絶するという事ですが、それも瑣末な「宗派」の一教義にすぎません。
たとえばイスラム原理主義は世界のイスラム教徒のほんの一握りであり、そのほかの宗派はきちんと他の宗派や宗教と共存しています(クルアーンに『アラーの他に神はなし』と書かれているとはいえ戦争を肯定しているわけではありません)(さらに言えば過激派は歴史的に言っても傍流です)

と、以上は現在の話であり、宗教そのものは悪ではないのです。

続いてもう少し書かせていただきます
Posted by 民宿 at July 04, 2009 21:09
民宿さま

枝葉末節の議論はさておき、根本的なことのみ、お答えします。

まず、小生は「類例のない物事について、知りもしないくせに語る者の言うことを、根拠がないにもかかわらず正しいと信じること」はしません。

次に、自分の信じる宗教(一神教)以外の他宗は全て邪宗とする教えは、どんな立派ことが聖典に書かれていようとも、他の一神教からみたら邪宗にすぎません。このような宗教(一神教)が二つ以上存在すれば、地球上に争いは絶対に無くならないと考えます。(例、パレスチナ問題)

Posted by ユリウス at June 30, 2009 00:14
これはおかしい。
何をもって「世界平和の活動」とするのか、その定義からがまず曖昧。

そもそもキリスト教やイスラム教のロジックも元になって近代科学や哲学が生まれたというのは周知の事実です。
(哲学を例に取ればギリシア哲学→イブンバットゥータ、イブンルシュドらムスリムの学者→トマスアクィナスらキリスト神学者→デカルトやヘーゲルらキリスト教徒 というバトンパスがあってこその学問です)

それに実際「行動的」であった平和的行動家には、宗教家や信者が多いものです(合理的論理のみで動く人間には『人助け』という見る人から見れば『独善的』とも思える行動をしにくい)
ガンジー、アンリデュナン、マザーテレサ
政治指導者ではシャルルゴバ、佐藤栄作など。
これらの人たちの名前を見てもまだ、無神論者しか平和を実現しようとしないとお考えでしょうか?
Posted by 民宿 at June 29, 2009 23:33
さかぐち 由 ひろゆき 様

「子の病疾す。子路請祷(セイトウ)す。(中略)子曰く、丘の祷ること久し。」
でしたね。※正しい字が表現できないため、「祷」を使用しました)
ご教示、ありがとうございました。

幸次郎先生の解説から少し。(読者にはこちらを知っていただきたい。)
「鬼神を敬して之を遠ざく。」=尊敬はするけれど、距離をおいた存在として扱う?

「未だ人に事(ツコ)うること能(アタ)わず、焉(イズクンゾ)んぞ能(ヨ)く鬼に事えん。」=人間に対する奉仕さえまだ充分にできないのに、どうして鬼神への奉仕が可能であろうか?
→鬼神への奉仕を考えるよりも前に、人間への奉仕をもっと大切なこととして考えよ。 
Posted by ユリウス at November 01, 2007 13:27
ユリウスさま
由です、「論語に「子、怪・力・乱・神を語らず。(述而第七)」私のためにリスト一番に挙げて頂いた気がして、感動しました。勝手な思いこみ、平にご容赦。
子は神を意識されて居た?、「人間が自主性を持って正しい行動をすれば、神はお助けになるであろう」と解釈された吉川幸次郎先生の説に少し安心しています。ユリウスさんのおっしゃる「一神教」とは全く異質であることは分かっています。それにしても、子疾病 子路請禱  子のためには、流石に子路、流石の子路も祈りたくなる所、子の結論も素晴らしいです。
Posted by さかぐち 由 ひろゆき at November 01, 2007 12:16
さかぐち 由 ひろゆき さま

お久しぶりです。おっしゃるように、宗教(特に一神教)は問題があると誰もが感じ始めているように思います。ドーキンスの意見に勇気づけられて、世界の知性が結集し始めています。同じ思いの我々も結集しましょう。
そういう人たちが集まって行う運動を応援していきたいと思っています。

世界の動向をネットで調べて、そのうちBlogに書きましょう。

さかぐちさん、無神論者のリストの一番が孔子なのもいいでしょう。2500年も前に、神を信じず、人の道を説く人がいたのですから、本当に驚きです。
Posted by ユリウス at October 31, 2007 23:33
ユリウスさま
由です、ご無沙汰しています。毎回楽しみにしています。
「神は妄想である」私も賛成です。あらゆる争いの根源は神、宗教であると、ずっと今まで言い出したかったので、このBLOGですっきりしました。ただ、数々の賢者が古代からそう思い考えながら、世界中に蔓延している不可思議さ。そして、私如き愚か者は、やはり神か仏か何かに頼りたい気も捨てきれない情けなさ、私の思う神さまとは?少し悩みます。
Posted by さかぐち 由 ひろゆき  at October 31, 2007 17:40