June 20, 2007

マルチな天才 −平賀源内

 図書館で借りてきた「井上ひさしコレクション ことばの巻」に、著者は平賀源内のことを「源内はむしろ江戸コトバによるコトバ遊びの創始者として最大級の評価を受けるべきではないかと思われる」と書いている。

ことばの巻

 本によると、「風車式蚊取器」を考案した際、その商品名に「マアストカアトル」となずけたところ、これが評判になったというのです。
 コトバ遊びはこれにとどまらず、例をあげれば
猫(チュートル)、
鰻(サイテヤーク)、
蛍(シリヒカール)、
おはぎ(グルリアン)、
大福(アンクルーム)
なども、源内の発案だそうだ。グルリアンというのは子供の頃、母から聞いたような気がします。

 最近の商品にもこの手のアイデアを使っているものが結構あるが、発想の大本は江戸時代のモダンボーイ平賀源内に発していたとはしりませんでした。

平賀源内(1728-79)  写真は「人セム」のここから借用
平賀源内

 平賀源内は奇人振りばかりが強調されていますが、わが国が誇る大天才ではないかと翔年は思っています。
 その天才ぶりの一端として、本邦初めてという事項のみ、抜書きしましょう。あまりの多種多彩なマルチ人間ぶりに、驚嘆しない人はいないのではないでしょうか?

1 オランダ渡りに似た陶器を焼く
2 羅紗を織る
3 サトウキビの栽培
4 太白糖(白砂糖)の精製
5 磁針器の製作
6 朝鮮人参の栽培(師の本草学者田村藍水と共同)
7 物産会を実施(万国博のはしり。これも藍水と共同)
8 芒硝を使う(ボウショウ、硫酸ナトリウム。ガラス製造に使用する)
9 スランガステインの発見(アンモナイト=菊石のことで、腫れ物の膿を吸い出すのに用いるものらしい)
10 黄明礬(ミョウバン)の発見
11 コバルトの発見
12 本邦初めての物産分類書「物類品隲(ブツルイヒンシツ)」の出版
13 江戸戯作・軽文学の創始と確立(異論のある方もいるが、翔年は信じる)
13 平線儀(水準器)の製作
14 石綿の発見と火浣布(香敷)の製造
15 畑稲代(焼き土)農法の考案
16 寒熱昇降機(寒暖計)の製作
17 江戸言葉による最初の浄瑠璃(神霊矢口渡)の上演
18 日本油絵の始祖
19 「うぬぼれ鏡」の考案(ガラス板に水銀を塗った懐中鏡で、これは大いに売れたらしい)
20 金唐革の考案(紙を渋もみして形を打ち、彩色の上、金銀の箔をおいて、胴乱や文庫を作る。これも大した売れ行き)
21 「源内櫛」の考案(伽羅木に銀で縁どりし、大型の歯は象牙、小型のものには銀の歯をつけたもので、これまた恐ろしいほどの売れ方で、新吉原の太夫には、一人で五個も六個も持っているのがいたという)
22 エレキテルの復元(これは学校で理科の時間にならいました。もっと、もっと源内の発見を教えるべきでしょう)


 さて、この平賀源内、相当自由奔放、当時のモダンボーイであったらしい。封建制の時代にあって、嫡男としての勤めをぽいと放り出している。(妹に婿を迎えて家督相続させた)そればかりか、高松藩に「禄仕拝辞願」を出している。これは「仕事はしまへん。給料はいりまへん」ということだろう。彼は浪人になりたかったんだ。「放屁論後編」にこんなことが書いてあるという。

「浪人の心易さは一箪のぶつかけ、一瓢の小半酒(コナカラ)、恒に産ない代わりには、主人といふ賛(ムダ)もなく、知行といふ飯粒が足の裏にひつ付かず、行きたい所を駆けめぐり、否(イヤ)な所は茶にしてしまふ。せめて一生、我が体を自由にするがまうけなり」と。

 この男、歌も読んでいるからニクイ。

春も立ちまた夏も立ち秋も立ち冬も立つ間になえるむだまら   平賀源内


 こんな愛すべき男なのに、社会には受け入れられず、最後は獄死している。詳しくは「人生のセームスケール」の平賀源内をご参照ください。