June 15, 2007

昔批判された言葉

 井上ひさしの「固守と変容」という随筆に「批判された言葉」としてこんな単語が上げられていて、大変面白い。

 時は昭和8年、社会主義思想が治安維持法によって弾圧され、下火になっていったころ。「そして、デモクラシーやソシアリズムといった新しい思想や商業主義や見世物全盛で荒れた日本をもう一度締めなおそうという時期に、『国語が乱れている、けしからん』という大合唱がおこった」のだそうです。

 ところが、当時いけないという言葉、これは絶対やめるべきだという言葉を見ると笑えます。

 まず、「超大作」がいけない。庶民の娯楽の映画の宣伝にしきりに使われ、それをまねて、三越や松阪屋等百貨店が「超特価」といいだした。そこで、「超」という字をそういうふうに使ってはいかんと識者が批判したそうです。勿論「超満員」もダメ。
 
 現在は、野口悠紀夫先生のベストセラー「超整理術」で「超」がリバイバル、何でもかんでも「超」をつけるのが大流行、翔年はこのような風潮に「超ムカツク」。

 多分、英語のsuperの訳を安易に日本語に移しただけの言葉なんでしょう。普通に使えばムカツク事もありません。


 いけない言葉の二番目は「インチキ」、「これはもともと、テキ屋の隠語ですから、それを市民が使うのはけしからんという批判が圧倒的に多」かったそうです。

 面白いのは「デモクラシー」、大正の中ごろからの流行語ですがダメ、「タクシー」も流行語だったから、タクシーに乗れずにいつも歩いている人たちは「テクノクラシー」、そこから派生して「バスクラシー」とか「ソノヒグラシー」といのもあったが、むろん、こういう言葉遊びもダメだったという。

 「きっとそうでしょう」の「きっと」もいけないといわれたら、理由がわかる人はきっと少ない。翔年は知りませんでした。
 もともと「きっと」は「必ず」という意味を含んでいるので「きっとそうじゃないかな」というふうに疑問を含んだ使い方はいかんというわけ。当時ベストセラーの菊池寛の小説にこの表現がでてくると、名指しで批判されたというからえらい事です。

 「パパ」、「ママ」、「デモ」、「アイドル」、「エネルギー」、「インフレ」、「オフィス」等、当時のいかん言葉を数え上げたらきりがありません。


 こういうことを知ると、流行語というものが時代とともに、揺れ動きながら変わっていくのがよくわかる。批判はしても誰も流行は止められない。
 せめて美しい日本語、ゆかしい表現の日本語が出来るだけ多く生き残ることを願うのみ。


 


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