June 15, 2007

ジャック・二クラウスから学ぶ

 ゴルフの世界から引退してビジネスにせいを出していると聞いていたジャック・ニクラウスが「文芸春秋」に「ゴルフと第二の人生」について書いている。彼については、2006/02/22のエントリー『どのように(How) と なぜ(Why)』に書いたことがあるが、彼の語る言葉は明確でわかりやすく、教えられることは多い。それにユーモアもある。講演会でもあれば是非聞きたい人物の一人だ。

二クラウス
 面白い箇所、興味をもった箇所を抜き出しておきます。

1 現在の腕前はハンディ3から4といったところだ。なんといっても月一ペースなのだから、このぐらいがせいぜいなのは皆さんにもお分かりいただけるだろう(笑)。
 ゴルフの代わりに今、私が熱中していることはビジネスだ。大抵の場合、人はビジネスから退くとゴルフをするが、私の場合は順番が逆になってしまった。

2 (前略)しかし、パットの感覚だけが変わってしまった。理由は今でもよくわからないのだが、全盛期には望み通りに決めていたはずの15フィート(約4.5メートル)くらいのパットが全く入らなくなってしまったのだ。
→ これが引退を決心した一番の理由らしい。

3 メジャー大会でひどいスコアを出しながら、「まだまだ現役だ」と振舞うのは私の好みではなかった。
→ 控えめな表現ながら心に響く。耳の痛い向きもいるでしょう。

4 私はちょど30年前の1977年、USGA(全米ゴルフ協会)に「飛びすぎるボールを規制せよ」と問題提起を行った。(中略)プロの試合が「第一打がドライバー、第二打がウェッジというその繰り返しばかりになりつつあるのは、決して楽しいことではないと思うのだが。
→ 飛びすぎるボールのせいで、どんな戦略性のあるコースでも、戦略性が乏しくなってしまう。それは著しくゴルフの興味を削いでしまうことを早くから見通していたのだと思う。彼ほどの言にして、耳を傾け、賛同する人はほとんどいなかった。

5 すべての人には引き際というものがある。ここだ、と思ったときには、決して「グッド・バイ」ということを恐れてはならないと思う。
→ 今、わが国でこういうことを言える人は少ない。最近は「生涯現役」がもてはやされてますから。

6 いかにして自分自身で自分に何かを教えるか、学び取っていくか−。それがグラウト(コーチ)から学んだ一番大きなことだったように思う。(中略)
 しかし、今の若い選手はいつもコーチと一緒にいて、そうした自立の精神に欠けているように見える。
→ これはアメリカのゴルフ界だけのことではない。わが国の社会にも、この風潮は蔓延している。過保護、過干渉、世話の焼き過ぎ、教えすぎ、詰め込み教育、細部までのマニュアル化等々。

7 このブランドを、私という「個人」から「チーム」のものに、そして私の人生を超えてもっと長く存続するものにするのが今の目標になっている。それを実現するためには、「個人」ではなく、「チーム」の一部にならなければならない。私は今、大きな「チーム・ニクラウス」の一員として動いているのだ。
→ 感服します。個人競技のゴルフから、団体戦のビジネスへ、彼は完全に自分をコントロールしているように見えます。


8 これから現役を引退する人や、引退して間もない人にとって、これまでの40年間は毎日のようにオフィスに通う生活だったはずだ。だが、定年後はもはやそうする必要はない。これからは自らをかき立て、興奮させ、面白がらせる「何か」を見つけなければならない。それは何であってもいい。家族と何かに取り組むのもいい。可能性は無限に広がっているのだ。
→ 二クラウスよ! ありがとう。


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