Yさんから「日本語は天才である」という本を薦められた。柳瀬尚紀という英文学者にして翻訳家が、日本語について縦横に語った随筆でした。J・ジョイスの「フィネガンス・ウェイク」やR・ダールの「チョコレート工場の秘密」の翻訳者といったら、あるいはご存知の方もあるかも。翔年は名前を知っている程度で、今回この本で初めてお目にかかりました。
感心したことが二つあります。
一つは超絶技巧を駆使して日本語をあやつれる人であるということ。弟子入りしたいと思いました。
もう一つは日本語に対する鋭い感性に感銘しました。ちょっと長いけれど、引用します。
作者がR・ダールの「チョコレート工場の秘密」と「ガラスの大エレベーター」を翻訳出版したとき、9歳の少女から来た愛読者カードにこうありました。
『ロアルド・ダールさんがかいた本はじつにすばらしいです。はじめて、自分のいちばんすきな本がみつかりました。
でも、しらない漢字がでてきてよみにくいです。もうすこしふりがなをふってください。わたしは、あなたのおかげで本にめぐりあえました。』
著者は「じつに」ということばに頬をゆるめる。9歳の少女にしてはやや大人っぽい。少しばかり背伸びしているのを感じてこう続けます。
『しかし、「とっても」とか「すごく」とか、そういうくだけた言葉でなく、もっときちんとした言葉を使いたかったのですね。かしこまるというほどではないけれど、敬語を使おうとしている。丁寧に書こうとしている。それがほほえましい。』
そして著者は「あなた」に至って、もっと頬をゆるめる。
『9歳の少女が大人に「あなた」と言うのはおかしい。間違いです。でも丁寧語として使っているのはわかる。(中略)間違った使い方ですけれど、快いわけです。』
著者は9歳の少女の愛読者カードから、少女の気持ちを見事に読み取っている。そしてこう結ぶ。
「うつむいて読みながら、気持ちは背伸びする。精神は上を向く。それが本を読むことだと思います。だから、本を読むと、使う言葉も背伸びしたものになる、一段上の言葉を使うようになる。。そうして言葉が成長するわけです。」
とってもいい本でした。Yさん、ありがとう。