March 11, 2007

新子川柳

 時実新子さんがお亡くなりになった。世間では川柳作家ということになっているが、翔年は普通の川柳作家とは異質な、何か本質的なものを詠っていると感じさせる作風が好きだ。彼女の歌は川柳の枠を越えていることは確かだけど、川柳というレッテルでちょっと軽んじられていたのではないだろうか?

有夫恋


 川柳に大変造詣が深い田辺聖子さんが、こんなエールを新子さんに送っておられる。わが意を得た思いがしている。

 「いったい、この国では、(中略)まじめなもの、深刻なもの、実直醇厚なものばかりが尊重されて、軽みやおかしみ、楽しさ、ユーモアなどは軽視される気味がある。日本文学の伝統には、「あはれ」と「をかし」があるとはよくいわれることだけど、「をかし」の伝統は明治からプッツンと切れてしまった。「をかし」こそ、文化沃土から開くべき花であるのに、なぜか日本人は、面白いもの、楽しいもの、軽やかなものを、悲劇より一段下に見るクセがついている。しかし「をかし」を愛さない文化は片手落ちというものではなかろうか。」

 お聖さんの言葉に勇気づけられて、ひと時、彼女の川柳を味わって、新子さんのご冥福を祈ることにいたしましょう。


(1)女心
倖(シアワ)せを言われ言い訳せずにおき

心読む眼でまっすぐみつめられ

死ぬほどの思いも逢えばあっけなし

心という厄介なもの眠らせず

紐をかけられた心は独楽(コマ)になる


→ いずれの句も、女心を詠ってすばらしい。俳句でもこの水準はなかなかおまへん。


(2)激情
或る決意 動物園の檻の前

感情列車暴走無人駅無策

あたし答えましたその眼に答えました

人の世に許されざるは美しき

→ アクセルはあっても、ブレーキペダルはない女の感情システム? それを詠った? 
 このシステムに詳しい吉行淳之介は『女は怖いというだけでは済まない」と言いきって、「滅茶滅茶に怖いはなし」というエッセイをものしている。


(3)軽みのあるユーモア
何だ何だと大きな月が昇りくる

まだ咲いている夾竹桃のバカ

飛行機の昇る角度は恋に似る
飛行機の降りる角度は愛に似る


れんげ菜の花この世の旅もあと少し

→ こういう表現は「新子ブシ」とでも言うべきもの、翔年は大好きです。

ご冥福をお祈りします。(合掌)

時実新子さんの詳しい情報は「人セム」でどうぞご覧ください。

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この記事へのコメント
Kompf さま

コメント、ありがとうございます。
東京新聞でご活躍だったとは知りませんでした。
そういえば、新子さんは近代的というか都会的なセンスあふれる方だから、地方紙には似合わないかも・・・。

関西の地方紙(痴呆氏)の川柳もいいですけど。

「あきまへん」「どもなりまへん」「わややがな」   荒木勉
だれやらがなんとかしはってあれやがな    森本美由紀

お暇ができたら、是非、関西にも遊びにきてください。
待ってます。
Posted by ユリウス at March 13, 2007 09:45
お亡くなりになったと知り、驚きました。
時実さんの作品はほんの少ししか知りませんが、東京新聞の「川柳サロン」欄で、投稿された句にユーモアと優しさのある時実さんの一言が書き添えられていて、毎回楽しみでした。

記事内で紹介されている川柳もどれも印象的です。
句集を手に取ってみようと思います。
Posted by kompf at March 13, 2007 07:39