September 10, 2006

鼻毛と遺毛

 夏目漱石に私淑していた内田百里箸い作家は、風変わりなものを収集し、自慢していたと前坂俊之著「ニッポン奇人伝」にある。
 百里脇盖い弊格のために終生、漱石の前では固くなって、本音をしゃべれなかった。その代わり、漱石の謦咳に接した記念として、漱石の鼻毛をひそかに収集し、自慢していたそうだ。
 「漱石の鼻毛は、長いものや短いものなど計十本あり、このうち二本は金毛。漱石は『吾輩は猫である』の苦沙彌先生のように、鼻毛を抜き、原稿用紙に一本一本ていねいに植えつけるクセがあった」らしい。

 研究によれば、『道草』の原稿で、書きつぶした草稿が机の横に15,6センチたまったものを、百里亙けてもらった。この草稿の中に、鼻毛が植え付けられたものがあり、大事に保管していたというのが真相らしい。

 著者は「文豪の鼻毛を、大切に保管していたものは百琉奮阿覆い里任呂覆ろうか。」と書いているが、翔年は「そんなことはない」と自信をもって言うことができる。「変なものの収集家はどこにでも居る」と。

 世の中に「遺髪」というものがあるが、翔年の知る男は女優の「遺毛」の収集家だった。
 翔年が大学一年の春休み、京都一の「Mホテル」の客室ボーイのアルバイトをしていた時のこと。そこに「ちゃちさん」という愛称で呼ばれていた背の低いボーイ長がいた。このちゃちさんをヘッドにメイド二人と4人でチームを組んで、翔年は新館の7階のスイートを含むフロアの一部を担当した。主な仕事はメークベッド、客室と廊下の掃除、窓ガラス磨き、それから部屋で食事をとる客へのサービスなど、そう難しい仕事ではなかった。

 そのうち、裏側から人間を見ていると、なかなか面白いことが翔年にも少しずつ分かってきた。例えば、たくさんのプロ野球の球団から誘いのかかっている地方出身の大学選手が泊まった翌日に、球団との契約のニュースが新聞にのったり、勝新太郎が「他一名」でよく予約していたこと、有名なアメリカの映画監督がスイートに長期滞在しており、そこを訪れる有名人をあれこれと仲間のメイドが教えてくれたりしたことなど、今なら、かなりの暴露記事や推測記事が書ける環境にいた。

 さて、話が本題からそれてしまった。「遺毛」の話に戻そう。
 新聞の犯罪報道で「下着には犯人のものと思われる体毛が付着していた」という表現をよく見かける。「体毛」って一体身体のどの部分の毛なのだろう? 胸毛か、腋毛か、それとも? などと考えあぐねる必要はありません。こんな場合の「体毛」とは「陰毛」のことに決まっているのです。

 翔年が仕事にもなれ、仲間との気心も知れてきたある日のこと、ちゃちさんは大事な収集毛をこっそりと見せてくれた。一番びっくりしたのは、その中にマリリンモンローの遺毛があったことだった。たしか前年、ジョー・ディマジオと宿泊したときの記念だという話だった。彼によれば、頭の髪は金髪でも下のは栗毛ということもあり、マリリンモンローのように、どこもかしこも金髪は貴種だという。
 有名無名の遺毛が丹念に整理されているのを見せられて、翔年は人間の不可解さの一端を知ったのでした。


この記事へのトラックバックURL

この記事へのコメント
のびぃ太 さま

そうそう、昔、そんな噂話を聞いたことがあります。シンザンの頃でしたでしょうか。
小生はのびぃ太さまのコメントをいただいただけで、大マン足でございます。ハイ。
Posted by ユリウス at September 11, 2006 23:37
その昔、トリスバーノの片隅で聞いた伝説は矢張り、伝説ではなく、事実なんですね。
モンローをお守り袋に入れて、馬券を買えば、絶対マン馬券だと、話してたものです。
Posted by のびぃ太 at September 11, 2006 19:50