March 11, 2006

人生の終楽章に詠う −辞世−

 人生の終楽章を迎えて人は何を語り、何を伝えたいのか?
 最近、翔年は「人生のセームスケール」に納められている人々の辞世を探しだしてきては、「自称墓守のたまさん」に報告し、「人セム」に辞世を書き加えてもらっている。探し出すネタ元は中西進著「辞世のことば」、赤瀬川原平監修「辞世のことば」、秋庭道博著「サムライたちの遺した言葉」、荒俣宏監修「知識人99人の死に方」、大岡信著「永訣かくのごとくに候」、荻生待也編著「辞世千人千首」などの著作物と、ネット上の人物伝などです。

 論語に「鳥の將(マサ)に死なんとするとき、其の鳴くや哀し、人の將に死なんとするとき、其の言や善し」(泰伯第八)とあるように、辞世はどれをとっても人の心を打つ。

辞世千人一首


 翔年は今までに、千首以上を見てきたので、その中なかから幾つかの辞世を読者のお目に掛けたいという思いが強まってきた。より鑑賞が深まることを期待して、勝手な分類をし、さらに、作者についての短いコメント、死因と享年を書き加えて、お目にかけることに致しましょう。


1 壮士型(武士の典型)

かへらじとかねておもへばあづさ弓なき数にいる名をぞとどむる   楠木正行
→ 南北朝時代の武将、正成の長子、戦死、享年22歳

かかる時さこそ命のをしからめかねてなき身と思ひしらずば   太田道灌
→ 武将、歌人、横死、享年55歳

散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ     細川ガラシャ
→ 明智光秀の娘、切支丹信者、横死、享年38歳

あら楽し思ひは晴るる身は捨つるうき世の月にかかる雲なし    大石良雄
→ ご存知四十七士の頭目、自刃、享年45歳

もろともに峰の嵐のはげしくて木の葉とともに散るわが身かな   前原一誠
→ 長洲藩士、萩の乱の首謀者、刑死、享年43歳

2 真情吐露型(母の心、子の心)

残し置くそのみどり子の心こそ思ひやられて悲しかりけり   荒木村重の妻
→ 夫は伊丹城主、夫の罪に連座し、京六条河原で斬刑に処さる。享年未詳。

孝典ももう食えませんお母様情け身にしむ母の蔭膳     川路孝典
→ 陸軍伍長ニューギニアで戦死、享年25歳

母上よ消しゴム買ふよ二銭給へと貧をしのぎしあの日懐かし   石川誠三
→ 海軍金剛隊中尉、人間魚雷「回天」で戦死、享年21歳

わが生命につらなるいのちありと念(オモ)へばいよいよまさりて悲しさ極む  穴沢利夫
→ 陸軍少尉、沖縄周辺洋上で戦死、享年22歳

3 余裕型&求道型

つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを    有原の業平
→ 日本のプレイボーイ、歌人、病没、享年56歳

おもしろきこともなき世をおもしろく住みなすものは心なりけり   高杉晋作
→ 長洲藩士、騎兵隊の創設者、病没、享年29歳

4 しゃれのめし型(これ、大好き!)
極楽は十万億土とはるかなりとても行かれぬわらじ一足     一休宗純
→ 禅僧、後小松天皇の皇子とも伝えられいる、逸話多数あり、病没、享年88歳

宗鑑は何処へと人の問ふならばちと用ありてあの世へといへ    山崎宗鑑
→ 連歌師、俳人、享年89歳

ご威光で三千世界手に入らば極楽浄土我にたまはれ      曽呂利新左エ門
→ 豊臣秀吉の御伽衆、未詳。

此世をばどりゃおいとまにせん香の烟(ケムリ)とともに灰左様なら    十返舎一九
→ 黄表紙、洒落本の作者、病没、享年67歳

5 文芸作品型

曼珠沙華葉を纏ふなく朽ちはてぬ咲くとはいのち曝しきること 斎藤史
→ 歌人、父は二・二六事件に連座した将軍、病没、享年93歳

ねがひおきし花の下にてをはりけりはちすの上もたがはざるらん   藤原俊成
→ 廷臣、歌人、病没、享年91歳

6 遺言型

我死なば焼くな埋むな野に捨てて痩せたる犬の腹を肥やせよ   檀林皇后(嵯峨天皇の后)
→ 平安貴族にして唯物史観とは驚き、病没、享年65歳

7 慨嘆型&未練嫋嫋型

士(オノコ)やも空しくあるべき萬代(ヨロズヨ)に語りづぐべき名は立てずして   山上憶良
→ 万葉歌人、享年74歳か?

露の命消えなましかばかくばかりふる白雪をながめましやは    後白河院
→ 第77代の天皇、病没?、御年65歳

つゆとおちつゆときへにしわがみかななにわの事もゆめの又ゆめ   豊臣秀吉
→ 関白太政大臣、病没、享年63歳

をみなにて又も来む世も生まれまし花もなつかし月もなつかし    山川登美子
→ 歌人、鉄幹の恋人、病没、享年31歳


 いかがでしたでしょうか?
 
 日本人には辞世がありますが、それに代わるものとして、西洋には墓碑銘があります。子孫や後世に何かを伝えたいという強い想いが、墓石に言葉を刻ませるのでしょうね。 
 例えばローマ人が作ったと伝えられる墓碑銘には『余は汝がいずれなるであろうところのものにして、かつては、汝が今かくあるところのものなりき』(Sum quod eris, fui quod sis.)とあるそうですし、画家マルセル・デュシャンの墓には「さりながら死ぬのはいつも他人」と書いてあるそうです。おもしろい。いずれ、墓碑銘も調べて、たまさんに褒めてもらおうと思っている。

 もし、読者の中で、外国の墓碑銘の面白いのをご存知の方がいらっしゃいましたら、是非教えていただきたい。数が集まりますれば、「墓碑銘ツアー」などと洒落ましょうぞ。


この記事へのトラックバックURL