February 22, 2006

どのように(How) と なぜ(Why)

 今朝の日経、「私の履歴書」でプロゴルファー、ジャック・ニクラウスがこう言っている。
ジャック・ニクラウス


良いゴルフコーチの条件とは何だろう。私なら、こう定義する。すなわち、生徒に「どのようにすべきか(How)ではなく、「なぜそうなるのか(Why)」を教えられること。逆に、悪いコーチにありがちなのは自分のスイングを押し付けることだ。』

 こういういい言葉がスポーツマンから聞けるのはうれしい。ニクラウスの言っていることは何もゴルフに限らない。スポーツにしろ、学問にしろ、前進する真の力となるのはHowではなくて、Whyだと思う。だから、子供たちの勉強と人生の専門コーチである先生からこういう言葉いっぱい聞きたいと思う。不思議だと目の輝きが増し、自発的に工夫をし、自分で自分を前進させる力を身につけた生徒が、Whyを教えてくれる先生からたくさん生み出されることを期待している。

 世の中、会社でもどこでも、マニュアルによる教育が盛んなようだが、これらはほとんどがHowを教え込んでいるにすぎない。事細かにマニュアルに書き込んでそれを一生懸命覚えたとしても、ちょっと変化ケースに出会うともう対応ができない。そして、反省して、失敗の原因はマニュアルが悪かった、不完全だったということになって、またまた、その特殊ケースの一つがマニュアルに書き加えられるバカバカしさ。

 最近の我国は、民間のサービス部門だけでなく、JRの安全教育でも、政府の組織でも、軍隊の組織でも、この弊害の事例に満ち満ちている。嘆かわしいこった。

 「赤ちゃんはどうしたらできるか?」を教えることはたやすいが、「赤ちゃんは何故できるか?」を教えるのは大変なことはよく分かっている。
 難しいのは承知の上で、「ゴムを使えば安心だ」と方法を安易に教えるより、「何故感染するのか?」、「何故、世界中に蔓延しているのか?」、「何故恐ろしいのか?」をエイズ(HIV)教育で教える方が正しいと信じる。


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この記事へのコメント
高野圭介 さま

よく似たことを感じるものですね。
小生、碁で飛躍がないのはHowはやりますが、高野先生のようなWhyへの回帰がないからなんでしょうネ。石の方向感覚が悪く、身上の粘りだけでは、先の楽しみがないと反省しています。

山下さんが本日、4連勝で棋聖位を奪取しました。4局とも並べて、厚みの考え方を学びたいと思っています。


Posted by ユリウス at February 23, 2006 22:05
翔年さま 

私も朝刊で、この発言に接したとき、おお、同感!でした。

 私にとって、常に碁のことが私を占めているので、たちまち碁に直結してしまう。
 碁を打った後、反省することしきりなのだが、結果の現象の前に、どう考えて、読みふけったか。つまり、変化に対して、問題の本質の捉え方がどうだったのだろうか?と、自分に問う。

 その朝、ニクラウスの言う why は本質論のことかと、直感していたのです。
 
 そう言いながら、この定石がどう?手抜きはどう?と、how どうやればいい?と、追求している。それが、いつの間にか、「ここは、こう考えないとダメなんだ!」と、why に回帰しているのに気づく。

 その朝は、そんなことを思いながら、読んでいました。

  高野圭介
Posted by 高野圭介 at February 23, 2006 13:52