December 27, 2005

唱歌とは

25日のエントリー、「冬の星座」で翔年は堀内敬三訳詞・ヘイス作曲/文部省唱歌と書きました。この「唱歌」という言葉は英語のsingingを訳したものらしい(songは歌曲?)のですが、どうも「学校で教えられる歌」という匂いがします。そしてこの文部省という役所が教える内容に口を出すようになると、変な改悪がなされるので、国民は注意しなくてはなりません。特に音楽教育関係者はこんな歴史があることを忘れないでいていただきたい。
以下は「日本唱歌集」と「ワンコイン悦楽堂」を参考にして書きます。

堀内敬三・井上武士編「日本唱歌集」、竹信悦夫著「ワンコイン悦楽堂」
日本唱歌集悦楽堂


誰でも知っている「ちょうちょう」という歌にはこんな見苦しい歴史があります。

1 少年が習った唱歌

ちょうちょう ちょうちょう
なの葉にとまれ 
なの葉にあいたら
桜にとまれ

桜の花の 
花から 花へ
とまれよ 遊べ 
遊べよ とまれ

↑ のどかな春の日に、蝶々がひらひらと飛んでいる、それを遊んでいると見ているのがいいですね

2 元歌(尾張地方のわらべうた、原曲はスペイン民謡らしい)

蝶々 とまれ
菜の葉に とまれ
菜の葉が いやなら
この葉に とまれ

↑ 「いやなら」とはあまりにも表現があからさまで洗練されていないきらいがありますが、わらべうただからいたしかたありません。
 ところが、これが明治期に文部省が「小学唱歌集」として編集したらこのようになりました。

3 小学唱歌集(改悪した箇所のみ)

桜の花の
さかゆる御世(ミヨ)に
とまれよ 遊べ
遊べよ とまれ

↑ 御世とは天皇の世でしょうから、かわいい「ちょうちょう」の歌が、なんと天皇家の賛歌にされてしまっているのです。歌う気にもなりません。これが1の少年の習った唱歌になったのは戦後の昭和22年、「超国家主義的なものを排除する」という意図のもとで再度歌詞が変更されました。

 今現在の我国に、こういうことをしかねない勢力が現存することを忘れてはならないとおもいます。憲法改正論議や歴史認識においては、できるだけ普遍的な価値(自由、平等、義務等)を重視する考えを基底に持ちたいものです。



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この記事へのコメント
ファルファッラ さま

こちらも直球を投げすぎました。スミマセン。

ところで、我が高槻市に中村桂子さんの「生命誌研究館」があります。そこには「パピヨンのレストラン」という、蝶々のためのユニークな食草園があります。蝶の食い物はそこで得た知識ぐらいですが、そのレストランには「桜」はなかったと記憶しておりますから、ファルファッラさまのおっしゃる通りなんだろうと思います。

でも蝶は自分の好みで食材を選ぶより、子供(幼虫)のために選んでいるふしがあるのが凄い、人間以上ですね。

例えばジャコウアゲハ、いい匂いのする蝶々です。土手などに自生するウマノスズクサは「アリストロキア酸」という毒性をもつそうですが、これが親蝶の産卵刺激物質なのだとか。ということは、親蝶はウマノスズクサを食べた幼虫が自らを有毒にして、外敵から身を守れるように配慮しているというから驚きです。
Posted by ユリウス at February 19, 2006 22:36
ユリウス様
私の表現は不穏当でした。反省してお詫びいたします。
私の言いたかったのは、3行目です。
蝶をよく観察していると、蜜を吸うために訪れる花とそうではない花があります。
桜の花蜜を好む蝶はみあたりません。もちろん、桜の花の周辺を飛ぶことはありますし、たまたま止まることもあるでしょう。
菜の葉が好きな蝶に桜にもとまれ、というのは、蝶の選好性からいえば、少し不自然で、この取り合わせは、人の文化の問題ですね、というつもりでした。
大変失礼いたしました。
Posted by ファルファッラ at February 18, 2006 11:17
ファルファッラ さま

>よく観察しているのは政村さんのほうです。
何を根拠にそのようにおっしゃるのか分かりません。
「いきいき塾」の庭には大きなしだれ桜があります。小生は花の真っ盛りに、蝶がその桜の木の上を飛んでいる姿を幾度も観察しております。

「コメントはそっくりユリウスさんにお返しすべきですよ。」と政村さんへ提言されているのは、争いをけしかけているように見えます。当事者でない人間がシャシャリでて、 根拠もないのに、こういう物言いをするのを、「煽る」といいます。
スミマセン、蝶にも好みがあるように、小生は大嫌いです。

Posted by ユリウス at February 12, 2006 23:18
政村さんに対するユリウスさんのコメントはそっくりユリウスさんにお返しすべきですよ。よく観察しているのは政村さんのほうです。
蝶にも好みがあります。桜の花はあまり蝶を惹きつけません。
蝶と桜の関係は日本人の伝統的ステレオタイプな美意識に求めるべき問題だと思いますよ。政村さん。
Posted by ファルファッラ at February 12, 2006 17:28
政村秀實 さま

そうですか。
もっと目を大きくあけて、よく自然を観察されることをおすすめします。


Posted by ユリウス at January 17, 2006 19:39
蝶が桜の花のあたりを
とんでいるのを見かけたこと
がないのですが・・・?
Posted by 政村秀實 at January 17, 2006 10:24
kompf さま

おっしゃるとおり、表現の自由は普遍的な大きな価値であると思います。
若い方々が憲法改正論議や国際貢献の議論に参加してほしいと願っています。

何時もあなたのBlogの新エントリーを楽しみにしております。

Posted by ユリウス at December 28, 2005 21:43
ユリウスさま、TB有難うございます。

私は最初の歌詞しか知りませんでした。
歌詞というものは、変わらないものだと思ってしまいがちですが、時代によって為政者の都合の良いものに変えられることがあるのだと思うと、恐いです。
また、歌詞は変わらなくても、その時代の雰囲気によって解釈が変えられてしまうものもありますよね。

今、少しずつ息苦しいものを感じながらも、まだ私たちには表現できる自由があります。
これを手放すことがあってはならないと思います。
Posted by Kompf at December 28, 2005 15:05
白鳥 さま

コメントありがとうございます。

やっぱりそうでしたか。
唱歌というより童謡ですから、懐古趣味の歌集なら、3になるのでしょうね。(1は占領政策の中でうまれた歌詞ですから)
まわりからいい人といわれる人が、歌詞をこのように変えることによって、いつの間にか戦争協力者になったり、平和主義者になったりします。
そうしているうちに、私たちはそういう「時代の空気にひきずられていく」ことが、一番恐いことと思っています。


Posted by ユリウス at December 28, 2005 10:27
ちょうちょうの歌詞がふたつあるのは、そういうわけだったのですね。
現在でも本・CDによって二種類出回ってます。
私は翔年さんと同じ歌詞で記憶していましたが、
最近では小学校で習わないのかな〜。
何で聞き覚えたのか、子どもたちはもうひとつの方を歌っていました。
変わったのか・・・と思っていましたが
逆だったのですね。
Posted by 白鳥 at December 28, 2005 07:02