December 07, 2005

陛下には何故「下」がついているの?

 天皇制を法律として論じようとする時、「天皇」とか「昭和天皇」という風に表現し、「天皇陛下」はあまり使われない。なんとなく尊称の気配があるから避けているのでしょう。

 さて、その「天皇陛下」とか「皇太子殿下」とかいう尊称には何故「下」がついているのでしょうか? 

 一般に「下」は「下々の者」とか「下っ端」とか「下層階級」、「下等動物」と言うように用いられ、「上」は「お上」とか「殿上人」とか「雲の上の人」とか「上層」と言った用いられ方をする。そう考えると、尊称ならばこそ、「上」をつけるべきではないのか?

 かねてから「陛下」の「下」には疑問を感じていましたが、その回答を大岡信著「日本語相談」で見つけた。そのサワリの部分を翔年流にまとめました。

「日本語相談」、相談員は大岡信、丸谷才一、大野晋、井上ひさしの各氏
日本語相談


1 上と下の位置関係を示す。
  階下、眼下、地下、皮下、零下、下層、下方、下流、水面下、臣下、膝下

2 ある位置から下の位置へ、人、物、事柄が下降することを表す。  低下、落下、沈下、投下、却下、下命、下落、流下、西下

3 位置や価値が低いことを示す。
  下級、下等、下位、下士、下僕、手下、以下

 こういう風に並べてみると、翔年は「下」に3の意味を感じて「陛下」という尊称に違和感を持ったのだということがよく分かります。実際、「下働き」とか「手下」とか「下僕」とかは身分の上下を感じさせるので、あまりよろしくない印象を与えますね。いや、言われている人のことではなくて、そういう言葉を使う人のことです。

 1〜3のグループに分けて、たくさんの言葉を列挙しましたが、もう一つ、第4のグループがあります。

4 ある勢力や権威の及ぶ範囲内にある人々や土地のこと、或はその状態を表す。  県下、城下、門下、机下、貴下、足下、占領下、支配下、影響下
 机下は机の下からワイロを渡すことではなく、自分がへりくだることによって相手への敬意を表現している言葉で、昔の手紙の脇付けによく用いられました。「貴下」、「足下」もその類いで、こちらがへりくだっているということは、相手の影響下にあるということでしょう。

 どうやら、「陛下」や「殿下」はこのグループに入るらしい。ただし、もう一つ大切なことをつけ加えなければなりません。それは「陛」は天子の宮殿の階段のことですし、「殿」は宮殿の楼閣のことです。これは何を意味するか、相手の居場所を指し示すことによって、実際には相手への極度の畏敬の念を表すという用語法らしい。
 「あなた」とか「貴様」とか親しげに呼ぶことは畏れ多い一種のタブー(禁忌)表現と見ていいと思われます。古来から神の存する場所はハッキリと示さず、依代(ヨリシロ)と言って、大樹や大きな岩に神がどこかから下りてくるとするのが我国の文化ですから。

 ですが、翔年はこういう伝統的な世界にまで戻りたくはありません。謙虚さは大事ですが、無用なへりくだり表現や極度の畏敬の念を表す言葉は21世紀には相応しくありません。



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