言葉のタブーの続きです。
本来言葉にはいい言葉や悪い言葉があって当り前、どの言葉をどのように使うかはその人のセンスにかかっていることである。言葉狩りに終始したり、その言葉を使ったことで糾弾したりするのは間違っていると信じています。問題にするならその文章の中でその言葉がどのような意図で用いられたかを見極めた上で論じるべきでありましょう。
今回はそういう種類のタブーでなく、社会的文化的制約からくるタブーについて、もの申したい。
いわゆる人前で発することがはばかられる、性にまつわる単語、英語では "four letters word" と言われている単語です。
一番問題なのは性器の表現です。これがどうにも困ったことにちゃんとした日本語がない。子供の「オチンチン」は、女性でもまぁ何とか人前で発することが許されているが、女性器となるともういけない。適切な言葉は皆無、「不適切」な言葉だらけなのは読者もご存じのとおり。全て放送禁止用語だ。
昔、といっても2、30年以上も前の話になるが、ある週刊誌で呼びなを読者から募集したことがあった。当時はなかなか文化程度の高い編集長がいたのでしょうね、全国津々浦々から多数の応募があり、当時この呼称運動はかなりの盛りあがりを見せたのでした。作家の戸川昌子や手塚治等、相当な言葉の使い手も参加していましたが、、残念なことに決め手がなくて「単一呼名」は定着しなかった。
翔年はあんまり書きたくないが、提案の中でよさそうなものに「アベコちゃん」、「スイートピー」、「ペコちゃん」、「モモちゃん」、「こももちゃん」、「ワレメちゃん」があったように記憶しているが、あるいは記憶違いかも知れない。
このことについて、ある時3人の娘さんを子育て中のあるご婦人に聞いてみたことがあった。お答えは「トンネルと教えました」ということだった。翔年は困り果てた末の決断と拝察申しあげたけれど、これは「産道」に近すぎて、間違いとはいえないけれど、上手い呼称とは言えません。パンツの穴に注目するのでなく、もっとパンツ全体を意味するふあっとした呼称が望ましいと思うが、なかなか思いつかない。
翔年は
1 できればその名称は男女つりあいのとれた言葉であるべきである。
2 男性と女性が言葉の成立ちにおいて平等であるべきである。例えばManに対するWomanのように、男性名詞があってそれから女性名詞を作るのはよくない。
3 有性生物の根源的な部位の名称なので、とにかく美しい言葉でなければならない。
という三原則を立てて考えてみた。
一所懸命考えたが無から有は生じない。時間もないので二人の先達のお世話になることにしたい。
4/2に書いた「花の名前にご用心」(かんの邦夫著)と柴田千秋さんの「陰名に関する十二章」という文章の中に、それぞれの立場からこの大問題の呼称について薀蓄が述べられている。
「花」は植物の生殖器官だから、「花の名前にご用心」の方はその方面から連想をあらゆる方向に広げて論じられており、なかなかのものです。
一つだけ紹介しておこう。
「春蘭」について地方名は「ジジババ」であるとした上で、京都の「欄の花漬」の説明書に『この花は人の陰陽を形どり自然に出来た男女のものこそ世にも希な珍花で御座います。昔中国の山中で仙人が是を食したとのきき伝えがあります。おめでたき時、風流を・・・・(以下略)、(ジジババは)ここで小さい声で言うが、この花の蘂柱を人様の♂器、唇弁を♀器と見て取っての名なのだから面白い。』
これを知ったからとて、春蘭展で「どれどれ、ジジババはどこにいる?」等という鑑賞の仕方はくれぐれもなさいませんように?
柴田千秋氏はパソコン関係に詳しい方なら、「技術用語辞典」や「略語辞典」などの編著者としてご存じの方がおられよう。この方は「もう一つの方面の用語」にもお詳しいのです。
氏は述べておられる。
『1971年に、スウェーデンの性科学会議では、男女の平等化をいっそう進めるため、男女の性器を同一名称で呼ぼうという提案がだされている。この点では、皮肉なことに古代日本人が男女の区別なく「と」を呼んでいたことは、はなはだ先進的であったわけである。』と。
翔年は男性器、女性器同じ呼名には反対である。異物に同じ名称をつけては分類できない、したがって科学することは出来ませんから。
更に補足すると「と」とは古事記に『その美人の富登(ホト)を突きき』と見えるように between legs を指している。また、斎藤茂吉先生はどういうおつもりか分らないが、事実なんでしょう、こんな歌を残されている。
ミュンヘンにわが居りし時夜ふけてほとの白毛を切りて捨てにき
これだけの材料が揃ったところで、いよいよ結論に進みたい。
一つはメシベ、オシベ方式。
「メチンチン」、これは「オチンチン」の対語です。如何でしょう?
もう一つは温故知新方式、漢字も使えます。
ミト(美処)とホト(秀処)、「と」は陰部で「み」は御で「みと」はていねい語です。
(古代語では美斗・御処・御所・陰処、火処・火所・などの表記があるそうです。)
これなら妙齢のご婦人の前であれ、天皇陛下の前であれ何の問題もないと確信する。
翔年は「美処」と「秀処」がいいように思うのですが、皆さんはどのようにお考えでしょうか?