June 16, 2005

閉鎖的は嫌い

 どういう訳か閉鎖的なものが好きでない。閉鎖的な人物、閉鎖的な人間関係、閉鎖的な組織、閉鎖的な社会、それから閉鎖的空間も、どれも気分的に好きになれない。好き嫌いのイメージをハッキリさせるために、反対言葉の「解放的」をつけて開放的人間、解放的な人間関係、解放的な○○と声に出してみれば良く分かる。開放的を付けたら目の前がパッとあかるくなったように感じるのは翔年だけでしょうか?
 どちらが良い、悪いではなく、好き嫌いの問題なのかもしれませんが、近代市民社会は市民の誰もが同じ権利と義務をもち、誰に対しても開かれていて、かつ様々な事柄について多様性と透明性の高い社会が理想なのだろうと思っています。

1 畏れながら天皇家は最も閉鎖的家族に見える。詳しくは存じないが、天皇家はしきたり重視で伝統行事を守ることと、定められた日本の国事行事の明け暮れに見えます。国民の前で言葉を発せられる時は、簡単なご挨拶であっても、書きものを見ながらであるし、記者会見は事前に打ち合わせたものに限られる。ご家族のどなたもご自身の考えを表明されることはありません。
 民間から嫁がれた美智子皇后はかつて訳のわからない苦悩から失語症になられた。また、同じように民間から皇太子妃となられた雅子様は、今も不適応症という心の病にある。おいたわしい事態と言わざるをえません。いろんなことが噂されるが、原因を取り除く努力がなされているようには見えません。

2 最も閉鎖的な会社を挙げるなら堤義明氏率いる西武だ。相続(脱税による)で手にした膨大な不動産をバックボーンとする封建領主とその家来たちで運営されていた会社だった。閉鎖会社は隠すべき事項が多すぎるが故に、総会屋や暴力団とも係わらざるをえなくなる。闇の世界との係わりは一時的であり得るはずもなく、戦後ズット持続的相互関係が継続していた。かつての西武王国は、今や解体され、存続することに汲々としている。

3 田舎の閉鎖社会
 翔年は田舎出身なので、故郷の良い所も悪いところも知っている。一言でいえば、いい所は何者にも変えがたい豊かな自然、、悪いところは閉鎖的人間関係だ。老人のボスがおり、住民が自由に意見を戦わすことが出来ない。あたかも沈黙の螺旋が支配しているように。また、よそ者に対しては胸襟を開くことはない。狭い地域社会は停滞し、噂話と陰口で満ちており、住人は息苦しい。敬して遠ざけるより他に打つ手はありません。

4 日本のプロ野球はサッカーに比べ閉鎖社会
 プロ野球とサッカーリーグの運営方法や選手やファンを比較してみたら、どちらが閉鎖的かすぐにわかる。
 外人枠を設けている、外人を助っ人と呼ぶ、などは閉鎖的な証拠。経営陣もなにやらいかがわしいボスが権力を握って、ファンのため、選手のため、球界全体のための視点を欠いているのは、どうみても野球界の方だ。

5 学者の世界、医者の世界
 この先生と呼ばれる世界も閉鎖的事例に事欠かないが、残念ながら翔年には一番縁遠い世界です。小説を読んで、さもありなんと思っているだけ。

6 日本の社会も
 思うに閉鎖的な制度が満ち満ちている社会だ。談合入札やら、税金のムダ使いや自治体の不正経理処理なども、ボスの存在と透明性の欠如が根本にあるのではないか。翔年も社会の一構成員なので恥かしい限りだけれど、開放的で透明性のある気分のいい社会であるには、どうしたらいいのだろう。



この記事へのトラックバックURL

この記事へのトラックバック
秦の始皇帝が秦朝を立てたとき、罪人を東瀛の小島へと追放したが、日本がその追放した土地あるいは監獄で、まず日本島にたどり着いたのが天皇だった。だから日本が低劣なことも納得がいき、全部が罪人の子孫で、中国人の中でも最も邪悪な人たちの罪深い残りかすだ。
天皇は秦の罪人【中国の掲示板】at June 19, 2005 18:23