May 31, 2008

P氏(アメリカ人)の見た日本

 2年前の「US碁コングレス」の実行委員長だったP氏が、仲間数人とノースキャロライナ州から突然ニッポンにやってきた。突然と言っても、サクラメントに在住のS氏(日本人)から、来日直前に打診があって、囲碁普及に貢献してくれている人だから二つ返事で引き受けたのだけど。

ピーター
 それで彼は仲間とわかれて、単身、25日から29日まで塾に泊まって、朝早くから、京都、奈良、大阪に出かけてはニッポンの風俗や文化財や風景を写真に収めていた。塾に4日も宿泊しておりながら、翔年とは3局しか対局しなかったちょっと変わったお客さんだった。実は彼は写真家でHPはここ

 初めて訪日したP氏は、見るもの聞くものがめずらしいらしく、彼のレンズを通してみたニッポンやチョッとした質問にも、彼の驚きが感じられて面白かった。鋭い観察もあったので、忘れないうちに彼の語録として記しておきたい。

1 「カベ? カベは? 壁がない!」(朝、目を覚ました時の第一声) 
 これは若干の説明を要する。
 P氏は25日の夜遅くに塾についた。そのときは外は真っ暗、当然、濡れ縁の外側の雨戸は閉まっている状態。かれは母屋の濡れ縁を廊下と思って歩いて離れに行き、そこで夢を結んだと思う。つまり、かれは家の内側だけを見て眠りについたという訳。
 翌朝、翔年はP氏より少し早起きして、雨戸は勿論、玄関の門等もすべて開け放って、初夏の風が室内に流れこむようにしておいた。勿論、目覚めて離れから母屋へ渡ってくる彼が庭の新緑で心地よく眼を覚ましてくれることも期待して。
 驚かすつもりはなくても、人は驚くことがある。
”Wall …、Wall…”。最初何を言っているのか分からなかったが、彼は雨戸をカベと思いそう呼んでいたのだった。それはそうだろう。一夜のうちに壁がなくなれば誰だって驚く。
 日本人は自然(外)と人間の住まい(内)とをセパレイトしない。伝統的な家屋では人間と自然が一体なんだと説明しておいた。


2 「スタートレックの世界みたい」
 東京ではどこもかしこも自動ドアなのに驚いたという。それから回転寿司も。体験して”Star Trek”(宇宙大作戦)見たいに感じたそうだ。

3 「モダーンと伝統の融合」
 撮ってきた凄い数の写真を見せてもらったら、彼の興味は「モダーンと伝統の融合」にあるらしかった。これはよくわかる。京都の表通りと裏通りの表情の違い等を、彼のカメラアイが色々な角度からとらえていた。
ピーター2

4 ドリンク・コーナーの写真
 大阪城公園で何の変哲もない自動販売機のコーナーの写真を熱心に撮っていたので不思議に思った。近寄って尋ねると、彼の指差す先には "DORINK CORNER" とあった。正しくは”DRINK CORNER"のはず。日本人は「ドゥリンク」ではなく、「ドリンク」と「オ」の母音を入れて発音するんだと翔年が言い訳するはめになった。

5 「OUT INは何故英語で表示するの?」
 車に乗せて、何回か駐車場に入った。路面に「OUT IN」と書いてあるのを見て、「日本人の駐車場なのに、何故英語をつかうのか」と質問された。「知らん」と答えるしかなかった。翔年の嫌いな日本文化の薄っぺらな一端を鋭く指摘された。
 明治以来、我々日本人は外国の文物を必死になって取り込んできた。その過程で外国の物なら何でも良しとする、いわば外国崇拝のような薄っぺらな文化も作ってしまった。その名残りが「入り口、出口」と書けばいいところにIN OUTと書き、自販機の飲料水売り場に英語もどきの表現を格好良いとして使う。そして今でも、そういう考え方が無意識のうちにジャパニーズ・イングリッシュとしてはびこり、それを我々は恥ずかしげもなく使っている。

6 「チャーム(お守り)?」
 電車内で大抵の女性がバッグや携帯電話に小さな飾りをつけているのを見て、「お守りか?」といぶかって質問した。「お守りもあるが、多分飾りだろう」と説明しておいたが、果たして彼は日本女性は信心深いととったか、あるいは子供っぽいととったか。

ピーターと食事 

7 「日本料理はクラシック」
 日本料理はどうかと聞くと「日本食は繊細で美しくておいしくてクラシック、アメリカのはジャズ?」と言ったようだった。ジャズとはっきり言った訳でなく、ジャズの中の何かの種類を言ったんだと思うがよく聞き取れなかった。


8 自分の写った写真は撮らない
 大阪城公園で翔年は2,3枚P氏に写真を撮ってもらった。お返しに彼にとってあげるといっても、決して自分は被写体にならなかった。彼はカメラマン、プロは自分のカメラのレンズを向けられることはしないということなのだろうか。
 翔年のカメラのスナップには気さくに納まったのに・・・。

9 「日本は平和で安全」
 いきいき塾は田舎なので戸締りは厳重でない。翔年の留守中も自由に出入りできるように、裏口の小さな南京錠のキーを渡した。南京錠はペンチで引きちぎれるようなしろもの、木でできた雨戸だって、ガラス障子だって、叩き壊そうと思えば簡単。彼はそんな田舎屋に一人で夜を過ごし、平和と安全を実感したのだろう。「ここは田舎だからで、日本国中そうではない」といいたくなかったが、よけいな説明を加えてしまった。

10 「シャワーは朝」
着いた夜にシャワーをすすめたところ、「アメリカ人は朝、ヨーロッパ人は夜」と言って、旅装を解いた夜もシャワーには入らなかった。風呂で疲れをとる我々とは違う。

11「電車は正確無比」、「電車内が静か」「ニコンは素晴らしいカメラ」、「日本人は礼儀正しく親切」などなど。
これは大抵の外人が日本の印象として言う。

 P氏はBlogに日本滞在記を書きつつある。ここです。
 ひょっとして、翔年も彼の観察の対象になっているかもしれない。その前に急いでこれをアップしておこう。
先手必勝!

  

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May 27, 2008

新エッセー岡部塾(4)−合評・添削指導

 昨日は「新エッセー岡部塾」の第4回目で、生徒の8作品の合評と指導の日。教室のみなさんの作品を読んで、その合評をきいているとなかなか面白い発見がある。文章は奥が深い。

6 「あの日」
7 「招き猫」
8 「ひとまとめはノー」
9 「お城の桜」
10 「田鶴子さん」
11 「母が……」
12 「こんな筈では」
14 「私の一番」

 岡部先生の指導でなるほどと思ったことを、忘れないうちに書いておこう。

(1)先生は作品を形式段落毎に区切って読む。形式段落は一つの「意味のかたまり」だから、これを追って全体を把握する。
→ 今まで翔年はこういう読み方はしたことがない。英文では文の構造を意識することはあっても、日本語を構造的に意識したことも分析したこともなかったと思う。

(2)形式段落がシッカリしていると長文が書ける。
→ 納得。「意味のかたまり」がしっかり書けていたら、そのブロックを並べる構成をうまくすれば、論理のストーリが通り、読みやすい文章になるのは道理だと思う。

(3)密度の濃い文体と疎な文体がある。(好き好きだけれど)

(4)人物像やものの見方の細部が描かれていると、人物が動きだしたり、情景がイメージとして浮かび上がる。いきいきしたよい文章となる。

(5)自分とのかかわりを書くとよい。
→ ある人物について書かれた作品での評だったが、エッセイーの大事なポイントの一つと思った。これはたいへん難しいが、人物にしても、事物の描写にしても、これなくしてはエッセーになりえない。うまく書くと文章がいきいきしてくるはずだと思う。

(6)最後に強調するなら、文章の前半に伏線を書いておく。
→ テクニックとして拝聴した。

 さて、翔年の第一回作品「手談の喜び」が添削指導されて手もとに返されてきた。今まで、自分の文にこれだけ叮嚀な指導を受けたことは一回もなかったので感激した。

添削事例(一部)
添削指導


・ 基本的な主語と述語の関係
・ 多くの読者に共鳴や共感を得るためにどういう「書き方」をするか
・ 例えを何でするか(女性読者も視野に入れて)の工夫
・ 表記の統一、表記のビジュアル的配慮など
→ すべて納得でした。


 人生で文章を書く機会は大変多いのに、学校での文章指導はどうだったか?
 思い返してみると、小学校から大学までの学生生活において、先生から文章について指導されたのは、中学校時代の担任、M先生(数学)ただ一人だ。M先生はクラス全員に日記を書くことを勧め、文章指導と言うよりも、主に人生案内をして下さった。全員の日記に先生が朱を入れて返すなど誰にでもできることではない。今思い返しても頭が下がる。
青春前期に差しかかっている生徒に真正面から向き合って、何かを植えつけようとされた立派な方であったと思う。(当時、父兄達の評判は必ずしもよくなかった熱血先生だった。生徒は慕っていたけど。)
 
 反対に国語の先生のしたことは何だったか。無理に読書感想文を書かせて、生徒を本嫌いにし、作文嫌いに追いやって、おまけに国語の先生嫌いにしただけ。面白い物語を読んでも、読書感想など子供に書きたいという気持ちがおきるものだろうか? 先生が書きたい気持ちを起こさせないで、無理に書かせた文章の誤字脱字の指摘だけでは、子供はついていかない。本も、作文も、先生も嫌いになるだけ。教育の根底が間違っていたと思う。
 今の国語教育はどうなっているのだろうか? マンガばっかり読んでいる若者を見聞きすると、果たしてどうなのだろうと一抹の不安がよぎる。


  
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May 24, 2008

エッセー妄想

 来週の「新エッセー岡部塾」に提出する作品「エッセー妄想」ができた。これは少し前にこのBlogで書いたものに手を加えてエッセー作品としたもの。

 今まで翔年は、どちらかと言えば内容第一主義で、言いたいことがキチンと書けていればそれでよしとして、あまり書き手と読み手との関係には配慮してこなかった。ところがあらためて作品として提出するとなると、誤字脱字のチェックは勿論のこと、読者を頭に思い浮かべながら、分かりやすく、共感をよぶように文章を推敲しなければならない。今回のは何回読み返しただろうか? 1600字の字数制限内で、自分なりにあれこれ文章の表現を工夫していると、これまでBlogにかいてきた文章には雑なのが多くあることに思い至った。 Blogは鮮度が命、思い浮かんだ意見をすぐさま反映したいという思いは強いが、エッセー教室で文章術を学んでいくことで、少しは分かりやすく、共感をよぶ文章に近づけたいと思うようになっている。


 26日に提出する作品「エッセー妄想」です。なにやら哲学のように見える高みに引き揚げておいて、ジェットコースターみたいに急転直下、下ネタに急降下する仕掛けです。

      エッセー妄想     
 不思議なことが私におこりはじめた。「新エッセー岡部塾」を受講しはじめてから、エッセーという言葉やエッセーの材料らしきものにやたら反応するようになったのだ。本や新聞からはエッセーという文字が目に飛び込んでくるし、面白い話を聞いていたら、「エッセーのネタになりそうや」とふっと思ったりする。

 最近A・J・ジェイコブスの「驚異の百科事典男」をよんだが、そこで「エッセー」のいわれを知った。この言葉は一五八〇年にモンテーニュが作ったそうで、フランス語のessaiには「試み」とか「試行錯誤」という意味があるという。
 こうなると私は次にモンテーニュの「随想録(エセー)」をどうしてもひも解きたくなる。

随想録

「第八章 無為について
 われわれも見るとおり、どんなに豊穣で肥沃な土地でも、遊ばせておくとそこにいろんな種類の無益な雑草が繁茂する。これを役に立つように働かせるには、秩序ただしく何かの種を播いてやらねばならない。また、女は一人でも形のない肉塊を生むことができるけれども、立派で自然な子供を生むには別の種を植えつけてもらわねばならない。精神についてもこれと同じことが言える。精神は何か自分を束縛するものに没頭させられないと、あっちこっちと、茫漠たる想像の野原にだらしなく迷ってしまう」



 さすがエッセーの元祖、なにやら深遠な思索を展開している。こんな難しい題材でエッセーの書き方を勉強するのはとても無理。私にはもっと柔らかい材料こそふさわしい。
 おあつらえむきにジェイコブスが先の本のなかで、「モンテーニュ崇拝者第一号のマリー・ド・グルネーは『随想録』を読んだ時、興奮のあまり卒倒した」と書いている。若い才媛が卒倒するなんて、なんと妖しいイメージだろう。きっと明晰なモンテーニュの文章がグルネー嬢の脳天に大きな作用を及ぼしたに違いない。


 ところで、女性の「卒倒」と言えば、私には他にも思い出すことがある。一つは中学生の頃のこと、クラスメートに田舎には珍しい上品な風情のSさんがいた。ある時、どういうわけか「Sさんのお母さんはミミズで卒倒しやはる」という噂が流れた。ガキだった私は「きっと都会育ちなんや、そんな上品な女がどんな格好で倒れはったんやろ?」と強い興味を覚えた。そしてミミズかナメクジで大人の女を驚かしてみたいというヘンな欲望を抱いたことがあった。
 もう一つは、数年前のこと、好意を持っていた男からある短歌を贈られて、シビレて寝込んでしまった女性がいたという噂を聞いた。それがきっかけで、その女は不倫の恋に落ちたという興味ある情報だった。
 くだんの歌は男歌といわれる佐々木幸綱氏の

噴き出づる花の林に炎えて立つ一本の幹、お前を抱く

 だったと記憶するが、あるいは

ゆく水の飛沫渦巻き裂けて鳴る一本の川、お前を抱く

 だったかもしれない。幹であれ、川であれ、歌が女を直撃したことは間違いない。

 ここからは素人の想像にすぎないけれど、文章にしろ、ミミズにしろ、歌にしろ、原因は何にしろ、何かに興奮したり、びっくりしたり、強く感動した時、卒倒したり、失神したり、失禁したり、腰を抜かしたり、その他にもあるかも知れないが、そういう事態に陥る身体反応は、男より女の方が数倍強いように思えるが、どうなのであろうか。        
 文章に興奮したフランス女性とミミズでびっくりのSさんのお母さんと歌にシビレた女のたった三例で結論付けられるものではないけれど、男から見たらこれだけで十分なような気がしないでもない。

 ここまで考えてきて、私はハタと膝を叩いた。「エッセーのネタになりそうや」私のエッセー妄想病はしばらく治らないかもしれない。

※(追記)岡部先生の講評のあとで、若干の手直しをしました。
  
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May 23, 2008

語源の快楽(18)−岡目八目の「岡」

 かつて翔年が勤めていた会社の同期会が昨日あった。その集まりを利用して、夜までの間、囲碁好きの仲間9名が碁を打った。大半は初段から三段ぐらい、同期入社といっても会社勤めの時はお互いの職場がバラバラでかつ打つ時間が取れなくて、初手合わせの方が多かったようだった。

 ゲームが終了し、感想戦に移り、「ああだ、こうだ」と横で見ていた観戦者も口を出す。こういうとき、よく使われる常套句が「岡目八目」。われわれアマチュアは大抵の場合、岡目八目だ。「岡目八目」とは、当事者でない者が脇で冷静に見ていると、八手先まで読めるように、事柄の善し悪しがよくわかると言うこと。実際、対局者より観戦者のほうが正しい判断が出来ていることはまま経験する。

 ところでこの「岡目八目」、「傍目八目」とも書くように、語源的に「岡」は「わきの場所」を指す。「岡場所」とか「岡惚れ」なども、同じ語源からかきている。


 江戸時代、吉原は天下御免の御町(オチョウ)、縮めて「御町」とか「町」と呼ばれて、公許の遊郭だったのに対して、「岡場所」とはその脇にあって黙認の「遊里」だった所を指す。

岡場所のありんすなど図横柄(ヅオウヘイ)    江戸川柳

 吉原の遊女は独特の「ありんす」などという言葉を使っていたが、低い階級の庶民が遊ぶ岡場所の女がこんな言葉を使うのは、まことにずうずうしいことだと川柳は文句をいっている。
 吉原の異名を「ありんす国」といった。なぜ「ありんす」というような独特の言葉使いをしたのか? それには二つの理由があった。一つは「ありんすえー」などとしなを作って色気を出すため、もう一つは田舎から来た遊女のお国訛りを隠す必要があったからであろうとされている。

 さて、「岡」の話にもどる。江戸には深川八幡宮近辺の「深川」を筆頭に、芝明神前、音羽の護国神社近辺などなど、総数は6,70箇所、ある時代には百余箇所にのぼったというから、江戸の色町は大変な賑わいだった。
 岡場所の異名を「隠し町」といい、その多くが寺社や門前やその地内にあり、町奉行の管轄を受けずに繁栄していたらしい。今で言えば各種「風俗店」がお寺や教会や明治神宮の敷地にあって、庶民はお参りに行っては、または参る振りをして、なにするので、繁栄するという仕掛けだったのだ。知恵者はいるものだ。まじめな石部金吉には考えもおよばないこと。


神明を拝んでいるにもっしもっし   江戸川柳

 これは庶民が芝明神に参拝しているのに、「もうしもうし」と袖を引かれる情景だ。この種の商売の客引きは、昔も今もかわらないらしい。

 ただし、たまには取り締まりがあるからご用心。

けいどうで羽織を一つ棒にふり    江戸川柳

「けいどう」は「警動」で私娼窟への手入れのこと。慌てふためいたお客は羽織をおいたまま逃げたのだろう。いまなら、会社のバッジがついた背広を着ずに逃げ帰ったくらいのとこか。

 どうやら隠し町で長話をしすぎたようだ。「岡惚れ」はまたの機会にしたい。

興津要著「江戸小咄女百態」を参考にしました。
  
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May 19, 2008

通信速度の比較−CATVと光ファイバー

 翔年は自宅ではCATV回線でインターネットを楽しんでいる。また、この五月から、いきいき塾のある京都府南丹市が光回線を敷設し、TVとインターネットのサービスを開始したので早速これに加入した。
 世間では経済格差議論がやかましいが、実際の原因は情報格差や知識の格差(あんまり言いたくないが)に起因していることも多いと思っているので、片田舎の南丹市がその格差是正を目指して、光回線を全市に敷設し情報インフラを高めたのは良いことだと思う。

 念のために、大阪都心から直線距離にして30Kmと60Kmの二つの場所でCATV回線(自宅)と光回線(いきいき塾)の通信速度を比較してみた。


CATV回線(高槻市)=J-Com、プロバイダーはZAQ、プレミアムコース(下り20Mbps)
光回線(南丹市)=南丹市、プロバイダーも南丹市(実質はZAQである)、回線スピードの表示はなし。

測定日時:18日(日)午後(高槻14時、南丹市16時)
測定ツール:インターネットの無料サイト「ブロードバンドスピードテスト」と「BNRスピードテスト」を利用
パソコン:ソニーVAIO typeF インテル750(1.86GHz)、RWin=65535byteに固定

結果(下りのみ、上りは省略)
    ブロードバンドスピード     BNR
CATV(自宅) :   15.9Mbps、        8.38Mbps
光(いきいき塾):  34.7Mbps         32.9Mbps


 光のスピードは相当早いことは一目瞭然。まだ、顧客数がすくないから回線が空いていることを考慮しても、やっぱり圧倒的に早い。

 余談ながら、どちらもプロバイダーがZAQのため、塾で初めて回線接続した時、新しいアカウントも何も設定していないのに、いきなりプロバイダーに入れたのにはびっくりした。南丹市の問題かZAQの問題か分からないが、情報を盗もうと思えばできるスキ(穴)があるように感じた。(技術があれば簡単かも…、悪用しないで下さい)



  
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May 13, 2008

新エッセー岡部塾(3)−合評・指導

 昨日は「新エッセー岡部塾」の第3回目。最初の提出作品の合評、指導の日だった。初めての合評ということで興味津々。

 あらかじめ講師から、合評では読者としての感想を述べること、発言に際しては、作品の内容、意味などは作者のもの(主観)だから批判しない、批評するのは「言葉」で表現されたことがよく伝わったかどうかであるとガイダンスがあった。また、講師は生徒の作品が新聞に投稿されたもの(一般読者)と仮定して指導するということだった。読者層をどこに置くかは何時の場合も大問題と思う。これを決めなければ文は書けない。

 今回の合評対象作品は
○ 悩みの種
○ 面白かった入院生活
○ うぐいす君
○ 手談の喜び
の4っつ。

新エッセー

 「表現」について作品に即して指導された要点はこのようなことだった。(基本中の基本ばかり)

1 「ダブリ表現」を避けよう。
→ ある作品で、関する事、埒が明かない事、悩ませている事などと「事」がダブり過ぎという指摘。

2 行替えは形式段落、次行は一マス下げよ。

3 漢字とひらがなのバランス。漢字は硬い、「理性」に訴える。ひらがなはやわらかいので「心」に訴える。
→ 翔年の文章は確かに漢字が多いし、硬い事は認める。今後少しだけ配慮することにするが、多分あんまり変わらないと思う。

4 一つの作品で「言いたいこと」はたったひとつ。繰り返しの言葉(キーワード)と意味の繰り返し(キーセンテンス)の指摘。
→ 音楽でもテーマが形を変えて、繰り返しでてくる(特に交響曲)のによく似ていると思った。今後意識して書く。

5 句読点をちゃんと書き入れよう。一文の中で読点「、」がないと、読者は読みにくく感じる。

6 マス目の余白(空白)にも意味・役割がある。意味のない余白はつくらない。

7 一文は3行(60字)以内をめやすとしよう。簡潔な一文を目指す。
→ 翔年はこれは昔からこれだけは心がけているつもり。

8 文末表現はエッセーでは常態(・・だ。・・・である。)で書く。敬体で書いてもいいが、一つの作品で、常態と敬体(・・です。・・ます。)を混在させないこと。
→ その通りなのだが、一方、文末が「・・だ」ばかりが続くのは好ましいとはいえない。これを避けるためのテクニックが必要と思う。今後の課題とする。

9 時間(時代)、場所(空間)、人間関係(「私」と「相手」との関係など)はとても重要である。
→ たまたま、翔年の作品にこれがあってよい例とされた。

10 余韻、余情を表す「○○だった……。」の…は3点×2で2文字分とする。

11 一文の中で「主語」と「述語」は重要。「主語」の「私」という言葉を早いうちに書いておくのがよい。
→ 翔年の作品は53行目に初めて「自分は」が出てくるがこれでは遅いと指摘された。例えば、書き出し「『半目勝ち』だった。」は「私の『半目勝ち』だった。」とせよと。私、私と出すぎるのはよくないが、省略したければ早めに出して以下省略がいい。「私」をたまに出すと、読者は作者と親近感を持ち感情移入しやすいとか。
 翔年は日本語は主語なし文だと思っているから、講師の指導は基本的な作法として理解した。このこと(主語の私)は結論をもう少し先に延ばしたいと思う。

12 「理性」的表現(説明)と感情的表現(喜・怒・哀・楽)のバランスを考えよ。
「理性」では読者が納得・理解する。「頭」にとどく。
「感情」は読者が共鳴・共感する。「心」にひびく。

 その他、ユニークな表現、オリジナルな表現について、O氏(男性)や翔年が指摘した箇所が、たまたま先生の添削指導で二重丸の箇所だったりして、ちょっとうれしかったことなどもあった。
 例えば翔年はMさんのこんな表現が上手いと評価した。
「そして新緑の季節から夏にかけて、サワサワザワザワと、葉擦れの音が心地よい。木の葉がシッカリと蜜になるにつれ、微妙に音は変化する。」
 講師はこれは体験したものでなければ書けない。頭で考えて書けるものではない素晴らしい表現とのコメントがついた。
 このような作品合評と指導が半年間続けられるとすると、生徒にどのうように作用していくのか、果たして上達するものかどうか、楽しみはつきない。

 生徒の作品は講師が色ペンで添削指導して次回に返却されるらしいので、翔年の返却されたものをスキャンして、どんな風に添削されているのか、後日読者にお目にかけましょう。

 なお、講師のHP「エッセーの風」が最近立ち上げられました。エッセーに興味のある方はこちらもどうぞ。


  
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May 09, 2008

二つのバイオ燃料−由々しき問題

 この2月に沖縄の宮古島に行ったとき、バイオエタノール燃料に2種類あって、宮古島は環境省が推す「E3」を販売中だけど、石油連盟が別のバイオエタノール燃料(ETBT)を推進しているので、宮古島でサトウキビの搾りかすからつくる「E3」の普及が危ぶまれているという報道に接した。その時は宮古島特有の問題かと思っていたが、大きな認識間違いだった。

 今日の読売夕刊に「バイオ燃料ナニワの陣」、「環境省・府『E3』をテコ入れ」、「石油連盟独自方式来月にも」の見出しで、宮古島についで、ここ大阪でも問題が発生している。これはわが国の将来にとって大きな問題を孕んでいる。役所の縄張り争い、利権、目先の損得だけでどちらかのバイオ燃料に決める事は許されないと思った。

 まず、新聞記事から二つのバイオ燃料を比較してみたい。

  主団体     製造方式       販売地域(※は予定)  
E3 環境省    バイオエタノールの直接混合  大阪、沖縄 

ETBT 石油連盟 バイオエタノールを石油ガスと化学反させた後混合 東京、神奈川、千葉、埼玉(※宮城、群馬、茨城、静岡、大阪)  


   長所         短所         他国
E3  混合比率を上げやすい 新たな設備投資必要 アメリカ、ブラジル(100%混合)

ETBT 品質が安定している  混合比率を上げにくい フランス、ドイツ


 なんじゃ、これは。政府と石油連盟は全く別の事を始めているではないか。わが国は地球温暖化対策として2010年までに原油換算で年間50万Klをバイオ燃料で賄う目標を立てている。その内、21万キロは業界が請け負うとして、既存のガソリンスタンドを設備がそのまま利用できるとして昨年4月から一般車向けに販売している。

 新聞記事によれば、環境省に協力してE3を試験販売を始めた大阪府の担当者は石油連盟の攻勢を知ったのは先月中旬で「寝耳に水」だったと語っている。そんな馬鹿な話はないはず。翔年は2月に宮古島でこの問題がある事を知っていたのだから。(判断は甘かったが)

 これは利権がからんだ問題に見える。まず、省庁の縄張りあらそいがある。即ち、環境省がE3、経済産業省がETBTを支援しているのだ。裏には業界の利権があるとにらむ。業界がなぜETBTを推進するかを考えれば、よくわからない利権がおぼろげながら見えてくるのではないか。

 一つは、ETBTは既存のガソリンスタンドの設備がそのまま使える。即ち、目先の出費が不要であるから、業界はこれに賛成するんだろう。二つは、勘ぐりたくないことだが、エタノールの混合割合が上ってくるのは石油業界にとってうまみがだんだんなくなると判断して、E3の普及を妨害しているのではないか?

 残念ながら、翔年にはこの程度しかわからない。すみません。どなたかもう少し突っ込んだ議論(データ付きで)を展開してください。お願いします。

 新聞記事ではE3とETBTのコストが比較されていないので何とも歯がゆい。情報が公開されていないことが問題。このような問題は当面のコストだけでなく、将来にコストがどう変化するか、エネルギー資源に乏しいわが国はどの道を選択すれば一番よいか、こういう問題をこそ、シッカリ議論すべきだ。政治家は日銀総裁や副総裁の人事のような小事にはうるさいほど議論するが、わが国の将来を見通したエネルギー論のような大事はだれもやらない。やれる政治家がいないことこそが大問題である。
 

※バイオエタノール=植物を原料jとするアルコール燃料のエタノールをガソリンなどに混ぜたもの。製造コストは割高。
宮古島はサトウキビの搾りかすを、大阪は廃木材を原料にしたものを使用している。→ 着眼点はいいと思う。シッカリやっていただきたい。

  
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May 07, 2008

日中共同声明を読み解く

 福田康夫首相と胡錦濤・中国国家主席は7日午前に会談し、両国がアジアと世界の平和と安定、発展のため「戦略的互恵関係」を推進していくとする日中共同声明を発表した。
 共同声明では、「日中関係が両国のいずれにとっても最も重要な二国間関係のひとつであり、今や日中両国がアジア太平洋地域および世界の平和、安定、発展に対し大きな影響力を有し、厳粛な責任を負っているとの認識で一致した」とし、5つの柱を掲げているが、本当に内容のある声明なのか精査したい。

(1)政治的相互信頼の増進
→ 内容は両国首脳のどちらか一方が他方の国を定期的に訪問するんだそうだ。ここまでは結構なことだが、首脳が何を語り、何を意思決定するのか、今のところ何も見えない。「戦略的な対話のメカニズムを強化する」って宣言されても、言葉が空回りしているとしか思えません。

(2)人的・物価的交流の促進・国民の友好感情の増進
→ 人的・物的交流は結構である。中国の留学生をもっともっと受け入れるようにしたらよい。ただ、中国政府が「国民の友好感情の増進」のために何をされようとかまわないが、わが国民は日本政府に友好感情の増進のための何かをして欲しいとは望んでいない。将来のために、中国に対して毅然とした態度で、云うべきことがキチンと言える関係が築けたら、国民は真の友好関係と判断し、自然に友好感情も生まれるだろう。
 今回の福田総理はそういう真の友好関係を築こうとする気迫に欠けていたのではないか。

(3)互恵協力の強化
→ エネルギー・環境分野における「重点的協力」や貿易、投資、情報通信技術、金融、食品・製品の安全、知的財産権保護、ビジネス環境、農林水産業、交通運輸・観光、水、医療などの幅広い分野での互恵協力を進め、共通利益を拡大していくとしているが、これまでの中国は「互恵協力」の姿勢が無かったのではないのか。東シナ海のガス田開発しかり、餃子問題しかり、気象情報提供しかり、黄砂の情報でさえも国家機密を盾に提供しないようなことでは、「互恵協力」の文言が泣いている。

(4)アジア太平洋への貢献
→ 中国の軍事大国化はアジア太平洋への貢献になるのか? 軍事費の拡大をつづけ、日本海にまで原子力潜水艦を遊弋させている現状は、軍事力のプレゼンスの強化による近隣諸国への影響力行使ではないのか?
 チベットの国民の人権を抑圧し、それを正当化し強弁する中国政府に対して、国際社会が如何に憂慮しているか、日中両首脳は本当に話し合ったのか? 福田総理は「国際社会の懸念」と言ったそうだが、わが国総理として懸念し、憂慮し、善処を真剣に求めるべきであろう。諸外国がオリンピックの開会式に政府高官が出席しないことで、中国政府への抗議の意思を示しているのに、福田総理は出席を検討するとしているのは如何なものか?

(5)グローバルな課題への貢献
→ 日中両国がともに21世紀の世界の平和と発展に対し「より大きな責任」を担っていることは間違いないが、今の両国政府ではグローバルな課題に一致して取り組むことは難しいと思う。餃子問題一つ、未だに解決できなくて、何が地球環境問題か。中国は「2013年以降の実効的な気候変動の国際枠組みの構築に積極的に参加する」と明記しているが、黄砂の情報すら提供しないような情報の閉鎖的な国であるかぎり、実効ある貢献は大変難しいといわざるを得ない。


別のニュースで、政府高官が日中間の懸案である東シナ海のガス田共同開発問題について、夏前に両国が最終合意に達し、内容を発表できるとの見通しを明らかにしたそうだ。「(同日行われた会談で福田康夫首相と胡錦濤中国国家主席の)両首脳の考えは一致した」と指摘した上で、「すぐに発表すれば、たちまち壊れてしまう。日中双方の国内調整が残っている」と述べたという。
 「首脳が合意した内容がたちまち壊れてしまうようなものなのに、福田総理は記者会見で「議論に大きな進展があり、解決のめどが立ったことを確認した」と説明した。胡主席も「重要な進展があり、問題解決の前景が見えてきた」と語っていたがどうももう一つ信用できない

 共同声明の全体を見て、特に新しい枠組みが出来たとか、新しい合意ができたとか、大きな目玉はないようなので、書かれている内容が肉付けされて、具体的な実行段階に至るまで国民は見守るしかない。成果はこれからと言うことだ。


 本来、福田首相が○○を主張し、胡錦濤主席が××を主張し、その中で両首脳が合意の決断をしたものが△△だという説明があってしかるべきだと思うけれど、国民に向かってさえ何も語らない首相では、望む方が間違っているのかもしれませんんね。

  
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May 05, 2008

マウス操作をキーボードで効率的に

 パソコンはハードが進化して早くなれば、直ぐにソフトがそれに輪をかけて重くなるので、サクサク感がなかなか得られない。そのために「WindowsXP、究極の快適設定」などと銘うってパソコンをサクサク動くようにする方法が本や雑誌にいくつか紹介されている。それは機械のチューニングに相当する事なので、やればやるほどパフォーマンスが向上し快適になるのは間違いない。だけど、翔年はもう一つ、大切な視点があると思う。それは人間がどれだけ効率的に操作しようとしているかという問題。
 ハードの問題、ソフトの問題を追求して、いくらパソコンのパフォーマンスを上げてみても、マシンを扱う人間の技術が伴わなかったら、高級ドライバーを買った初心者のゴルフみたいなもので、どうあがいてもスコアは伸びない。スコアアップには道具の使いこなしをプレイヤー自らがマスターするしか方法はない。

 パソコンも同じ事。ここではそういう視点から、翔年が心がけている方法のうち、簡単なものを選んでまとめておきたい。知っていても使っておられない読者は、是非実際にお試し下さい。(パソコンの達人には益はありません、どれもこれもご存知のやさしい事ばかりです。すみません)

 パソコンの一番の問題はマウス操作が初心者向きに作られていることで、あまりにもまだろっこしい操作を強いられる。これをキーボード操作にすることで、手間ひまをかけない快適な操作が可能になる。この操作の優れているところは大抵のソフト、例えばワープロソフト(翔年はワード)や表計算ソフト(エクセル)やエディター(秀丸)、メーラー(Outlook Express)などなど、全て共通の操作なのだから、いちいちマニュアルのお世話にならなくていいことだ。よく使うものから列挙しておおこう。
 さらに、マウス操作ばかり連続してやっていると、右肩の凝りなどの症状がでることがありますが、両手のキーボード操作を加えると右肩の負担が軽減されます。

1 [Ctrl]+[C]=コピー(一番よく使う)
→ 対象範囲を指定して、[Ctrl]+[C](コントロールキーを押しながらCキーをおす)を押す。次に貼り付け先をマウスだ指定して、[Ctrl]+[V]を押すとコピーしたいものが貼りつく。

2 [Ctrl]+[X]=移動(これもよく使います)
→ コピーーと同じように[Ctrl]+[X]を押す。選択した対象はいったん消えます。貼り付け先を指定して、[Ctrl]+[V]で貼り付ける。
この二つの操作は左手でキーボード、右手でマウスを操作できると、効率的です。

3 [Ctrl]+[P]=印刷
→ 範囲や部数など詳細設定が必要でない時は[Enter]キーを押しておしまいです。

4 [Ctrl]+[Z]=元に戻す
→ 操作を間違って、やり直す時に使うらしいが、翔年はお世話になってない。

5 [Ctrl]+[S]=保存(上書き保存)
→ 資料作成でデーター入力したら、こまめに保存しておくのがまさかの時の保険です。

6 [Ctrl]+[I]=お気に入りバーの表示
→ ネットサーフィン中の操作です。これは左側にバーが表示されるので使い勝手が非常によい。[Alt]+[A]と比べてみてください。

7 [Ctrl]+[H]=履歴表示
→ エッチなサイトもう一度見たいときには[H]です。これは覚えやすい。


8 [F4]=直前の操作の繰り返し
→ WordやExcelでは[F4]キーを押せば直前の操作を何回でもくり返すことが出来る。これは大変らくちんです。

9 [F5]=更新
→ ツールバーの「更新」の代わりに[F5]でサクッと画面が最新情報になる。マウスクリックより指。

10 [Alt]+[F4]=ソフトの終了
→ ソフトやウインドウを閉じる時の「×」(閉じる)ボタンのクリックと同じ。
[F4]はソフトが「死ぬ」で4と覚えておこう。


(おまけ)みなさんはオープンしているウインドウで画面が一杯になって、デスクトップのアイコンが隠れてしまった場合、どのようにしていますか?  

[Win-key]+[D]を押してみてください。あーら、不思議。全てのウインドウが最小化されてデスクトップがみなさんの指示をまってますよ。
※[Win-key]=Windowsの絵が描いてあるキー
 元の画面に戻りたい時はもう一度[Win-key]+[D]で瞬時に元通りです。

 まだまだ効率的なキーボード操作はあるが、あんまりたくさんやろうとしても覚えられない。自分が繰り返しよく使う操作を自然に覚えて使うのが無理がなくていいと思う。
(注)これらの操作が他のソフト、特に常駐ソフトとバッティングしている場合があるので注意が必要です。必ず自分のパソコンで正常に機能するか試してからお使いください。

  
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高槻ジャズストリート

 第10回高槻ジャズストリートが連休の3日、4日に行われた。例年の通り、ボランティアの高槻ジャズストリート実行委員会が主催し、市内の47会場で二日間にわたり朝からジャズのドラムの音が響き渡った。

市民グランド阪急高架下


駅前噴水広場2アクトアモーレプロム


アクトアモール特設野見神社能舞台

 今年はあんまり時間がとれなくて、たくさんの会場に足を運ぶ事が出来なかったのは残念。


ゆっくり聞いたのは現代劇場大ホールの第二部
○ TOKU+小沼ようすけスペシャルユニット
TOKU(Vo,flh)、小沼ようすけ(g)、宮本貴奈(pf)、坂本竜太(b)、FUYU(dr)
○ 日野皓正クインテット
日野皓正(tp)、多田誠司(sax)、石井彰(b)、和丸(dr)
の二つだけ。

 超一流ジャズメンの演奏を聴いて何時も思うことは、彼らは自由自在だということ。それが聴衆を魅了する。

 日野皓正は第一回、第五回、第10回と都合三回も、大阪の田舎町にニューヨークから来てくれている。感謝に耐えない。お世辞もあっただろうが、「高槻ジャズストは日本一」、「100回まで続けて欲しい」と言ってくれた。
 ところが彼のジャズはだんだん現代音楽化していると言えばいいのか、先鋭化してきたといえばいいのか、もう普通のジャズ好きの喜ぶジャンルをはみ出しているみたい。翔年はある部分では退屈であった。彼自身、そんな聴衆の雰囲気を感じたのか「ヘンな音楽ですみません」と舞台で謝った。「好きなことをやって死ねばいいと思っています」と付け足すことを忘れはしなかったけれど。

 ジャズにせよ、クラシックにせよ、いや音楽に限らない。芸術はすべて我々一般人の共感に支えられている部分があるから、どんな芸術家であれ、共感する人間がいなければなりたたない宿命を持つ。ここが科学者と違って芸術家のつらいところだろう。なぜなら、僕たちは相対性原理は理解できなくても、アインシュタインを尊敬するが、共感できない芸術には退屈を感じるし、そんな芸術家には遠慮なく退屈だと云うから。

  
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May 01, 2008

偉人の奇癖,奇行

 ジェイコブスの「驚異の百科事典男」を読んでいたら、立て続けに偉人の奇癖、奇行が出てきた。

 一つは第二代目のアメリカ大統領ジョン・アダムズの晩年の日常生活。「ブリタニカ」にこんな記述があるそうです。
「晩年のアダムズは「毎朝、朝食に強いりんご酒をジョッキ一杯のみ」、「自分の便の大きさを見て喜んだ」。
 ジェイコブスは「自分の便の大きさをみて喜んだとはいったいどういうことだろう? どう受け止めてよいか、僕にはわからない。」と書いている。翔年はこれはジョン・アダムズの朝の自己健康診断だったに違いないと思う。

 人間は食べたものを胃と腸で消化した後、大と小を排泄する。百科辞書が「大きさを見て喜んだ」と書いているから訳が分からなくなる訳で、「大きさ、いろつや、硬さ」をチェックして今日も一日健康であることを喜んだ」と叮嚀に書けば誰にでも理解できる筈。でっかいモノが出るということは健康な証拠であろう。
 車だって排気管から出る排ガスの色や匂いでエンジンの燃焼状態が見分けられるし、機械でもドレンにたまった廃液で調子が分かるものは多い。

 ただ、最近の医者は排泄物から有益な情報を得ようとやっきになって、何でもかんでも「大」と「小」を分析したがるので、その弊害も多い。腫瘍マーカーのPSA値が高いと言って脅し、前立腺の手術をすすめ、インポにしてしまう許せない医者もいると聞く。幸い、慎重派の友人Oは、その数値の推移を十分見てから判断する事にしたので、2年経った今も、どこもかしこも、健康そうだ。

 二つ目は有名なエゼキエルの話。
 旧約聖書の預言者エゼキエルは巻物を読むと、「内容を我がものにしたことを形に表すためにそれを食べた」という。この話は何人かの英語の先生の単語勉強の自慢話として聞いた。出典は旧約だったんですね。中・高生の生徒だった翔年は、辞書をムシャムシャ食べるなんて、にわかに飲み込めない話でしたね。知識への飢えを感じて貪欲に読書したい欲求はありましたが、食べたいとおもった事は一度もありません。


 外国人に負けない奇行の日本人に、大本教の出口王仁三郎、作家の内田百里いる。王仁三郎は相変わらずドギツイすぎますが、百里里浪里でてくるし、憎めない人柄がでていて好きですね。

奇人伝

 王仁三郎が官憲に逮捕された時、自分の股間をさし、「大本教はいじればいじるほど、大きくなる」とタンカを切った。また、刑務所で遊び道具が何もないので退屈し、白昼堂々、一物をだして遊んでいたこともあった。驚いた看守が「何しとる?」と問い詰めると「へエー、つい手もとにああるもんでな」と答えた。
 この話を獄中で女看守から伝え聞いたすみ夫人は「ウチの先生はむかしから手にあわん人でな、それくらいは朝飯前じゃろ」とケロリとしていたそうです。


 百里陵名なエピソード。人嫌いの彼の自宅の玄関には蜀山人の歌をもじった歌がこう並んでいたという。

世の中に人のくるこそうるさけれ
      とは云うもののお前ではなし

世の中に人の来るこそ楽しけれ
      とは云うもののお前ではなし


 翔年の好みから云えば、外人の理に勝った奇行より、日本人の人をくった奇行のほうが好き。

  
Posted by mtmt0414 at 18:33Comments(2)