July 31, 2007

US GO Congress 便り(30日)

 2回戦 相手はマーチン氏 6段 黒番で大差勝ち。出足2連勝です。

Martin氏
 今年からコミは7目半になっていますから、必死でした。布石はわりあいうまく打てたので、行けるという感触を得ていましたが、中盤で相手に力をだされ、互角から
ちょっとリードを許した場面もありましたが、最近の翔年は中終盤がしぶとい、大ヨセに入るころにはコミを出しても残る形勢になりました。
 非勢を意識した相手は猛烈にがんばり始めました。いいタイミングで二線のハイを打ったのに対して、手を抜いて大きな隅のすべりを打ってきました。中地に手が生じて3目の白を先手に獲ってリードを広げて逃げ切りました。

 後で中山典之先生に見てもらったところ、21手まで黒に悪手はないとほめていただきました。何時ものように、その後は先生に言わせればお互いに筋悪の応酬とのこと。すっきりした筋の良い碁はどうしても打てません。アマの典型的な力碁から一生抜け出ることはできないようです。


食堂にて

 食堂の写真で奥の方に写っている若い女性達は、高校生チアーリーダー達です。昨日からアチコチの高校から集まって夏季合宿がはじまり、朝早くから夜まで、彼女達の元気な掛け声と華麗な隊形の変化が芝生の上で繰り広げられています。

 こちらの気候は屋外でも汗をかきませんから快適です。今日は午後7時から9時まで、テニスをやりました。久しぶりに汗をかいてシャワーを浴びて、身体を動かす喜びを感じました。明日もしようと誘われては断る理由がありません。

 一昨日、昨日は夕方から雷を伴った夕立が降りました。夜は涼しくて秋の虫のすだく聲が聞こえてきます。芝生の上を蛍が一匹、二匹と飛んでいます。日本の蛍のように飛び回るというより、低空を少し飛翔してすぐ草に止まります。蛍は光を点滅させて異性を求めるのですが、こちらの蛍は極めてシャイ、これで異性にめぐり合えるのかな? 人間はこちらの方が積極的なのに、蛍の世界は全く反対なのが面白い。 また、昼間はかわいいリスを時々みかけます。

 そんな豊かな自然の中で、最高の仲間達と好きな囲碁を打てる幸せを満喫しております。
  

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July 30, 2007

US GO Congress 始まる

 現地時間の28日、昼前にMillersvill University の会場に着きました。

メインホールの入り口
メインホール入り口
 まだ、人影はまばらです。入ったところは、受付準備で大わらわ。正式な受付は相当遅れるということで、宿舎の部屋を先に決めてもらって、旅装を解くことにしました。



宿舎と居室
宿舎居室

 宿舎の鍵をもらうのに手こずりました。受付で「171号室」と書いた紙をもらって宿舎まで行き、管理人に部屋の鍵をもらおうとしたら、既にその部屋は塞がっているという。そして、358号室か388号室ならいいので、受付へ行って、変更して来いという。受付の責任者はよく知っているサム、事情をいうとそれならとまた別の○○○番の鍵をもらえと言う。ところがなんと、2回目も宿舎側ではサムの言う番号はダメ、もう一度受付へ行って来いという。「何故こういうことになるのか理解できない」というと、宿舎では鍵は最重要でキチンと管理するので、申し訳ないがこちらの言うとおりに、もう一度メインの受付へ行けという。それぞれのポジションが柔軟な対応ができないらしい。
 そんなこんなで、都合三度、メイン会場と宿舎を行き来して、やっと3階の350号室の鍵を手に入れました。写真は、そんな騒動のおかげで何をする気もおこらず、ぼぉーとしていた時に獲ったもの、翔年が何も手をふれていない生の状態です。

 こちらでは、これしきのことで怒ってはならないことは学んでいる。ペンシルヴァニアの仲間達がボランティアで一所懸命やっているのですが、初日の頭、組織がうまく機能しているとはお世辞にも言えない状態でした。

 トラブルは来る途中でもありました。
 早朝、飛行場に着いた時、大会本部から手配されて待っている筈のシャトルバスが見つからず、4,50分ほど探し回ったが、関係者が見つからないのでどうにもなりません。遂にあきらめて90マイルをタクシーを飛ばしました。
 空港に止まっていたタクシーに乗ったわけですが、この運転手がまた大学を知らないばかりが、どの道をどう走るかも分からない素人同然の男。これはのっけから困ったことになったと思いました。

 ネットで得た地図を見せ、大学の案内図を見せて、タクシーは走り出しましたが、どうも頼りない感じ。確かに行けるのかと強く確かめると、会社に電話で助けを求めた。それでも確信がなさそうな態度。悪い男ではなさそうなので、とりあえずランカスターまで走ろうと提案した。

 しばらく無言でいくと、道端にタクシーを止め、また、電話をかけた。電話で話していたのが流暢なロシア語らしいので、こっちは不思議でしょうがありません。「ロシア語を話すのか?」ときくと、ロシアから3年前に米国に来たのだという。タクシーもまだ経験は不十分だと自分から言った。だが、もう大丈夫だと自信たっぷりにいった。 後で分かったところによると、彼はタクシー会社ではなく、米国につれてきた息子に電話をかけて助けを求めたらしい。そのお陰で、息子はパソコンを使い、高速道路の出口番号や行き先地名を必要な時に電話で指示してきた。日本のタクシーは最近ナビをつけているのが増えてきたが、米国の「親子電話ナビ」もなかなかよかった。

 「親子電話ナビ」のお陰で、すっかり運転手も翔年も元気になり、会話が弾むようになった。
 実は運転手はロシアでなくアゼルバイジャン出身であること、奥さんは国に置いて、息子と娘と三人で米国に住んでいること。みんなロシアロシアというが、それは旧ソ連のことで今はそれぞれが国になっているから、アゼルバイジャン人と呼んで欲しい、自分はコミュニストは大嫌いだとか、不自由な英語で語ってくれた。

 翔年が若いころドストエフスキーやトルストイの小説を読んだといえば、運転手からはプーシキンやチェーホフの名前が出てくるし、チャイコフスキーの音楽が好きだと言うとラフマニノフの名前が飛び出てくるという具合で、タクシーの運転手とたわいのない話をしているようなものでなくなってきた。
 別に立派な内容をしゃべているわけではなく、人名を出して、「良い」とか「有名」とか「好む」と、かお互いが言っているだけのことなのですが、それでもなかなか楽しいものでした。彼も同じ気持ちらしく、興に乗ってくると、大きく後ろを振り返って話すから危なくて仕方がありませんでしたが・・・。

 途中で電話が入り、彼がその時、61歳の誕生日を向かえたことを知った。彼は娘に「おれのゲストは日本人で、今ランカスターの大学に向かっている」等と、とくとくとしべったりしていた。タクシードライバーとしては異質。
 
 その他、彼が語ったことは、モスクワはニューヨークより、東京より、ロンドンよりどこよりも物価が高い。モスクワ人は金持ちもいるが周辺は貧乏人ばかりだ。
 日本は中産階級が多くていい。日本人は頭がいい(スマート)し、礼儀正しいから好きだ。
 アメリカは大金持ちも多いが、貧しいものも多い。自分は職を得るのが大変だったし、15時間ぐらい働いている。それでもコミュニストの国よりましだと繰り返しました。


 US オープン一回戦、7・5目 勝ち
F・キング氏会場風景
 相手は、昨年も緒戦に対戦したF・キング四段。
 会場は対局開始前のざわざわした状態のときです。  
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July 26, 2007

US GO Congressに行きます

 2007 US GO Congress(全米囲碁選手権)はペンシルヴェニア州ランカスターで7月28日から8月4日の8日間にわたって行われます。翔年は今年も参加します。
 コングレスのサイトを見ますと、現在登録者数が481人と凄いことになっています。

登録した人 481人
内訳 プロ棋士  18人
   有段者  165人
   級位者  229人
  ノンプレイヤー   69人

 当日の受付もあるので、500人を突破するのは間違いないように思われます。これだけ大勢の囲碁ファンがMillersville University のドミトリーに宿泊して、一週間をいっしょにすごすのですから、国籍を問わず、人種を問わず、男女を問わず、老若を問わず、囲碁は勿論のこと、さまざまな交流がうまれます。年に一度のお祭りみたいなものですね。「全米囲碁祭り」の方が内容にフィットしていると思います。

USGOCongress
 早くも懐かしい人たちの顔が目に浮かびます。翔年はテニスと卓球のラケットも持っていって、かの地の若者達と体力の続く限り楽しむつもりです。パソコンも持っていきます。折を見て現地からのレポートをアップいたします。写真をとるために遊びを中断することはしたくありませんから、いい写真は期待しないでください。あくまでも遊びがメイン、写真撮影など本当はない方がいいのですから。(何故か本末転倒の同邦人が多いです)


 それでは、27日から8月8日まで、ひとまずBlogはお暇をいただきます。

  
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July 23, 2007

こころ塾に行く

 昨日、山折哲雄先生の「こころ塾」にいった。場所はいつものとおり、中央区の大槻能楽堂、ゲストは歌人の道浦母都子さん。

こころ塾無援の抒情
乳房のうたの系譜



 道浦さんは団塊の世代を代表する歌人といわれているが、翔年は1980年台の全共闘時代に詠まれた歌よりも、ずっと後年の歌のほうがより共感できる。そして、失礼ながら、歌よりも評論的な「男流歌人列伝」、「乳房の歌の系譜」とか「聲のさざなみ」の方をより評価する。


 例えば全共闘時代の歌(20代)
スクラムを解けば見知らぬ他人にて街に散りゆく反戦の聲

リンチ受くる少女のかたえを通るときおし黙りおり唖者のごとくに

調べより疲れ重たく戻る真夜(マヨ)怒りのごとく生理はじまる


離婚した頃の歌(30代)
水の婚 草婚 木婚 風の婚 婚とは女を昏(クラ)くするもの

産むことを知らぬ乳房ぞ吐魯蕃(トルファン)の絹に包めばみずみずとせり


最近の一人ぼっちの歌(50代)
煙り雨しずかに森を潤せる夕べとなりて一人が沁みる

今にして産みてしあればと思うなり鶏卵ひとつ掌の窪にのせ

会うことの遠のきゆきて薄墨の暮色となりしひとの輪郭


 翔年は道浦さんより10年早く学生運動を経験していたために、反戦運動の共感よりも、運動を稚拙な歌(当時そう思った)にすることに違和感を覚えたものです。
 今、上のように時代順に並べてみると、彼女も歌も成長し、深まっているように感じて感慨深いものがあります。


 評論集の「聲のさざなみ」について。

おみなよりおみなに渉る海原の虹のごとしも聲のさざなみ  母都子

聲のさざなみ他
 この本は道浦さんの表現を借りれば、 
”回生の花道を生きる鶴見和子さん”、
心の美を問う巡礼者岡部伊都子さん”、
”いのちの色を織る志村ふくみさん”、
”インドの悠久のいのちを描く秋野不炬さん”、
”歌の家を守る蘇りと伝承と冷泉布美子さん”、
”つややかに『逢い』を詠む桂信子さん”、
”北の地でロマンを紡ぐ原田康子さん”、
”書き続けることが運命大庭みな子さん”、
”水墨の幽玄をひとり歩む篠田桃紅さん”、
”不知火の海に魂を歌う石牟礼道子さん”
の10人の素晴らしい女性達を、自らその自宅に伺って話を聞いている。
 人選もいいし、その方達がそれぞれに語られる内容もすごくいい。それを一冊の本にまとめ上げた道浦さんの力量も十分発揮された、素晴らしい本と思っています。

 蛇足ながら、本の中で語られる岡部伊都子さんも、高橋和巳に共感を抱く人であることをこの本で初めて知りました。



 さて、こころ塾ではこんなエピソードを聞きました。

 歌手の都はるみから、「誰も歌えない歌、聴かせる歌を作りたい。題名は『邪宗門』でお願いします。」という注文をうけて、苦労して歌詞を書いた。(道浦さんの好きな作家は柴田翔と高橋和巳だそうです。)
この歌はCDになって発売されましたが、全曲歌うのに7分もかかる難曲だそうだ。予想通り売れなかったという。翔年は演歌はほとんど聴きませんから、演歌「邪宗門」は知りませんでしたが、二人の不思議なつながり、高橋和巳との思想的つながりなど、人生の縁を感じさせるお話でした。

 参加者へのサービスでしょう、能舞台の上で、出だしの部分を道浦さんが歌ってくれましたが、和巳ファンとしては、なかなかいい歌に聞こえました。歌詞が知りたくなりましたね。ネット検索ではCD「邪宗門」は簡単に見つかりますが、歌詞が見つからないのは残念です。
  
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July 20, 2007

新潟中越沖地震と柏崎刈羽原発の安全性について−問題は耐震設計

 今回の地震の際、東京電力蠻雕蟯羽原子力発電所の被害や外部への放射能漏れや初期対応のまずさや貴重な地震計のデータ喪失などが毎日のように報道されている。翔年はこれらの報道はどれも貴重ではあるけれど、必ずしも「事の軽重に考えが及んでいない」ことを残念に思う。

 読者を不安にさせたり、会社の対応のまずさに怒りを誘ったりするのが、マスコミ報道の常道ですが、それに煽られてわぁわぁ言っておれない問題が原発の耐震設計の基本的考え方であります。

 原子力発電所の耐震設計の基本は、どんな地震が起ころうと
1 原子炉を安全に停止させる → 失敗すれば、メルトダウンに至る。
2 原子炉の熱を冷やす → 失敗すれば、放射能を環境にばら撒くおそれがある。
3 放射能を外へを漏らさない → 格納容器から外へ漏らせば、環境と子孫に取り返しのつかない損失をもたらす。 
 この三つがキチンと働くシステムでなければならないということ。

今回の地震で翔年がぎょっとしたのは次のことです。
 17日の読売新聞は「想定値大きく越す揺れ」として、水平方向に最大680ガル(加速度の単位)という原発で史上最高値を観測したと報じていた。その後、東電のHPでも発表されていますが、何の問題も感じていない書き振りです。(大問題にされたくないから?)その一部の数字を書き出して見ましょう。

 
観測された加速度値と設計値の比較(刈羽原発1号機のケース)
          
         南北方向   東西方向   上下方向(単位はガル)
観測値(A)      311    680    408
設計値(B)      274    273    235 
倍率(A/B)      1・13     2・49    1.74
 (参考)原発は水平方向120ガル、上下方向100ガルでシステムは自動停止するようになっている)

 専門家でもないど素人ですが、この数値は極めて問題であると思いました。一般に建物や機械などの工作物は、安全率を考えて作られていますから、設計値を超えた揺れがあったからといって、すぐに壊れるものではないと思います。さりながら、設計値の2・5倍の揺れがあったのですから、安全率が2・5以上でないと原発は耐えられないということなのです。この原発の安全率がいくらなのか、発表されていませんので分かりませんが、果たしていくらなのでしょう。ちょっと心配な数値ではあります。専門家の検証を待ちたいと思います。

 そもそも、原発は断層のあるところに立地しない。従って直下型地震を想定していないのです。それがあにはからんや、ありえない直下型地震が発生し、揺れも大変大きかった。それで公表されている数字から、ちょっと心配になる観点を書きました。今回の地震で最大の問題は原発の耐震設計の基本的考え方に疑義が生まれたことです。

 もう一つ、心配なことがあります。それは安倍政権の過剰反応です。(目先のことにキョロキョロ、右往左往しすぎる

 報道によると、溝手防災相を団長とする政府調査団26人を派遣したのに、その直後に首相と甘利経済産業相が被災地に向った。まだその上に、自民党の中川政調会長や公明党の太田代表も被災地入りしている。
 選挙で各地をウロウロと走り回っているからといって、国の運営をあずから要人が、一地方に集まり過ぎるのはいかがなものか?  どっしりとした肝の据わったところがない。この内閣の子供っぽさが気になる。

危機管理とは一つのことに目を奪われてはならないのである。危機管理組織は何が起ころうとも、常に正常な判断できる体制を維持しなければならないとするなら、政府の中枢にいる人物が大挙して被災地に集まるのは、危機管理の基本の欠如を意味する。




  
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July 15, 2007

「マルチな天才 −平賀源内」補遺

 6月20日のエントリー「マルチな天才 −平賀源内」で、天才ぶりを示すために「本邦初めて」という切り口で22項目を列挙した。

 書いてから一ヶ月もたたないのに、今日の読売の夕刊一面に「平賀源内 あたらしいもの好き」のタイトルで、源内がプルシアンブルーと呼ばれる緑がかったやや暗い青の人口顔料を源内の油彩画「西洋婦人図」で用いていることが分かったと報じているのを知って驚いた。これは23項目に加えなければなりません。
 これまでプルシアンブルーは19世紀の浮世絵に使われているとされていたのが、源内はこれをさかのぼること50年、国内最古の使用者だったのです。

平賀源内2
 新聞記事によると「西洋婦人図」などの作品に、可視光反射スペクトルと蛍光エックス線分析を実施して分かったという。さらに、このプルシアンブルーという顔料がわが国に1725年に輸入されていたことが、オランダ側の帳簿や積荷目録などから明らかになったというから驚きが倍加した。

 6月20日のエントリーの項目
12 本邦初めての物産分類書「物類品隲(ブツルイヒンシツ)」の出版
の中に、この顔料のことが記されているので、源内ファンはたまりません。

 そういう訳で、あらためて平賀源内の天才ぶりを再確認いたしました。源内について、あらゆる方面から徹底的に調べ尽くせば、面白い論文が書けるのではないでしょうか?


 なお、平賀源内の「西洋婦人図」などは21日から9月2日まで神戸市立博物館の「西洋の青」で公開されます。プルシアンブルーに興味を惹かれた方、平賀源内ファンの方、見に行きましょう。


  
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July 14, 2007

続・続・尾崎秀実の獄中からの手紙

 碁友のT氏が尾崎秀実に興味を持たれて、本を読みたいと言われた。「愛情はふる星のごとく、上」を喜んでお貸しした。

 獄中から妻と娘に宛てた手紙の抜粋を続けます。

 この頃食糧が減って来たので腹が減って仕方がありません。当然のこととはいえ、今年は一層ひどいと思います。外で働く身にはさぞこたえることでしょう。私のように一室にちっ居する身ですら、こたえますから。お弁当をとらないのも実はその量が少ないからです。もう、質の問題よりも量の問題なのです。寝ても覚めても食うことばかり考えています。少し浅ましいと思います。が、これが人間が追いつめられたぎりぎりの姿でしょうが、興味深く自らを観察しております。
(中略)
手がかじかんで書きにくいことです。(昭和19年1月8日)


 こんな食糧事情の中でも、ハルトマンの蒙古シベリア横断記を読んで「大変愉快」といったり、冒険的な夢が味わえて、心を鼓舞されると書いている。彼が獄中で読んだ書籍リストを作りたいくらい、読書は広範囲に及んでいる。

愛情はふる星のごとく、下

 昨夜所内の教誨放送で大増税のことを聞かされました。私がかねて言っていた財政インフレは戦争の必要によってぐんぐん進んできました。生活の圧力となって英子たちをよるべない日常にひしひしと迫ってくることを思って、ゆうべは実に心を苦しめました。英子たちをよるべない運命におとし入れた刑罰を私はこうして切実に受けていることを思います。(昭和19年1月20日)


 獄中にあっても、日本の戦争が破滅へ向かっていることを見通している。驚くべき洞察力。

 昨日から上申書筆記に着手しました。或いは私に縁の深かった筆を執ることの最後の機会になるのだと思うと、何か書くことを嬉しい気持ちが湧いてきて特殊のものながら楽しんで書き進んでいます。とは申しながら、北向きの筆記室の寒さは言葉に絶するものがあり、板の腰かけに座していると手はかじかみ、腰から下は感覚を失うほどなので、長いこと続けることは出来ません。毎日ぼつぼつしかし出来るだけ早く書くつもりです。(昭和19年2月1日)


 この日から宛名が英子様、楊子様になっている。それまでは英子殿、楊子殿だったものが、以後処刑されるまでずっと「様」である。このあたりで、心境の変化があったものと思われる。

 

 心の問題−気持ちの問題などを(しかもこうした特別の条件下で)表現することは、私の従来の文筆活動の表現形式の範囲外であったのですから不得手なことは申すまでもなかったのです。
 ところが書き始めると、もう誰に見せようという気もなくなり、ことに裁判官に見てもらうなどとは考えなくなって、ひたすら心のおもむくままに今の自分の赤裸々の気持ちが率直に書けて行きました。それだけに所謂転向者の手記などというものと全く別なものが出来たと思われます。(昭和19年2月8日)


 このあたりでは完全に生への執着がないかの如く見えます。

 (竹内弁護士が)上申書が大審院にとどいたこと、一ヶ月以内に判決あるものと覚悟せよとのこと、を伝えにわざわざ来てくださったのです。勿論英子たちも今更何にも驚かないでしょう。私がこれまで語ってきた言葉は決して感情を誇張して来たのではありません。総て事の成り行きを冷静に見透しての上のことなのです。万に一つも甘い考えは持っておりません。(19年3月13日)


 どのような判決になるか、彼は知っている。

 最後の時の装束はすっかりととのっています。私は二年前位から心がけてあったのです。それで真っ白なチリ紙、新しい草履、新しいハンケチ、新しい足袋、これだけ別にとりのけてあるのです。(中略)
 新に物の差し入れなどする場合は大体私の方から頼んだ上にして下さい。一般に事足りておりますし、物の貴重な際無駄になってももったいないと思いますから。(昭和19年4月7日)


 この日、上告棄却のいい渡しがあった。即ちこれは死刑が確定した当日の手紙です。彼はとっくに覚悟はしていた。


 楊子、ほんとにすまなかった。喜びの限りないお前の青春にこんな深い悲しみを与えてしまって、親として私は何とお前にわびてよいかわからない。他人に対してのあやまちは、死をもって詫びる、つぐないをつけるということが出来ます。しかし英子や楊子のためには死んではつぐないにならなかったのです。私はどんなに苦しくともまた恥をしのんでも、楊子のためには生きられるかぎりは生きようと思ったのでしたが。この上はただ、一日も楊子がこの悲しみにうち克って、勇ましく前進してくれることを祈るばかりです。僅かに十六の春を迎えたばかりで、まだ病気でもない人生の活力の頂点にあるべき父親を突然奪い去られるのですからさぞ辛いことだと思います。(昭和19年4月12日)


 覚悟はしていても肉親の情は絶ちがたい。このあいだ靖国神社で見た戦場へ出陣していく青年の両親に宛てた手紙もそうだった。覚悟の前の心情が胸を打つ。
 尾崎秀実のしたことと出征していった若者達のしたこととは政治的に見ると正反対の行動ではあるが、両者とも、当時の政治の犠牲者であることは間違いない。その責任者を日本人自らがウヤムヤにしてしまってよいはずがない。


 楊子よ、七日附けの手紙はすばらしかったぞ。実は刑の確定した後の日付けだったし、楊子がどんな気持ちだろうかと実は天を仰ぐような気持ちで開いた、ところがどうだろう。絵入の面白い学校のお引越しの報告がいろいろ書かれてあった。おやまだ知らないのかしらと思っていたら、最後のさりげない一句でなにもかもはっきり知っていることが分かったのだ。(中略)
 この手紙を通して、僕は楊子と英子の心の用意の深さを知ることが出来た気がする。感謝したい気持ちだ。


 娘は何もかも知った上で、無心の手紙を書く。さりげない一句に真意を託す。この親にしてこの子あり。


 インフレーションが始まっており、滔滔たる換物時代に私が物を売ることを云うのは、何も換価をいそぐわけではないのです。端的にいえば時代をもっと深刻に考えていて、身軽になること、物にとらわれることなく一切を経験及び肉体の養いとして時代に往き抜く用意をすすめているからなのです。この精神と覚悟を忘れないように。
(19年4月24日)


 獄中にあって、狂乱のインフレが始まることを彼は見通している。
 予断ながら、戦後農地解放によって没落地主になった我が家では、狂乱物価に苦しんだ末に、お金や物の価値が当てにならないことを身を持って学んだ。そして、子供達に財産を残すことはできずとも、自立と自活の力をよりよい教育を受けさせることで達成しようとする方針を亡母は選んだらしい。戦後になって初めて、当時の庶民たちはみんな身をもってそんなことを感じていたのだと思う。

 大いなる時代が既に動き出している時、もはや先覚者は必要はないので、ただ若々しい力が溌剌として動くことでしょう。つまり楊子たちの時代なのです。
 楊子におくる感懐

人の世の無知のいばらを披(ヒラ)くべく峻しき道に命はてなん


 続く(もう一回、書きたく思っています)

  
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July 13, 2007

己巳己已巳 (きみこいし)

 離れている、くっついている、突き抜けている、という、ちょっとした状態の違いによって、意味が全然違ってくるのが表題の漢字。
 この漢字、画数は少ない(3画)が、正しく用いるのはなかなか難しい。名前にも使われているのですが、届け出た親の間違いか、市役所の受付がうっかりしているのか、間違った漢字の名前で一生通している人もいる。

 翔年は『己巳己已(キミコイ)』と覚えるのが良いとどこかで教わったが、なんでもちょっと違っているものの区別は意外に難しい。

 この機会に辞書にあたって確実な知識にしておこう。
己=音は「キ」、「コ」、意味は「おのれ」、「じぶん」、「つちのと」、若い人には「つちのと」というより、干支(エト)の「み」、「へび」と言った方がいいですね。
余談ながら、「克己」と言う言葉は好きです。

已=音は「イ」、意味は「やめる」、「おわる」、「すむ」、「すでに」、「はなはだ」、「のみ」(句末の断定の辞)、「さる(去る)」など、いっぱいあります。

巳=音は「シ」、訓は「み」、意味は干支の「み」です。これが間違いを生み出すもとらしい。


 この三字、しゃれた覚え方があります。
ミ・シは上、ヤム・イはスデニ半ばなり、オノレ・ツチノト、コは下につく


 もっとないかって? あります。
つくはミの、少し離るはヤム・スデニ、全部離るはオノレ・ツチノト


四字熟語の知恵


 ひろさちや著「四字熟語の知恵」には

「己巳己已巳」(きみこいし)

がよいと書いてありました。
 なるほど、これなら忘れないかも。
  
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July 12, 2007

靖国の「遊就館」はひどい

 宗教と政治にという問題に対する翔年のスタンスは大雑把に言うと『宗教と政治はできるだけ分離するのが望ましいと思っている。それは社会的にも法的にも未分離な国や地域ほど、争いは泥沼化するという認識があるから。』

 それで靖国神社の参拝問題についてはこう考えている。
(1)法的に認められた一宗教法人として冷ややかに見ているだけ。参拝したことはないし、参拝したいとは思わない。
(2)日本人でしたい人は参拝されたらよいし、嫌な方はされなかったらよいと思っている。政治と結びつけてはならない。
(3)中国政府の靖国神社参拝者(政治家)に対する攻撃は、許しがたい内政干渉にあたると考えている。中国政府にビクビクしている政治家は、自己の信念も表現できない腰抜けと思っている。

 かつて靖国参拝問題で中国とマスコミが騒いでいた頃、親日家中国人が靖国神社の「遊就館」という展示館が戦争賛美に充ちており、これでは靖国参拝を支持する日本人を外国人は容認出来ないという主旨の意見が雑誌に掲載されたことがあった。これを読んだとき、靖国神社ならそういうことは十分ありうることと思い、これは自分の眼で確かめておかなければならないとずっと思っていた。

俗化した靖国神社靖国の提灯
 8日にたまたま東京で時間がとれたので、問題の「遊就館」に行ってきました。神社といえば静謐なところであるべきですが、靖国神社は随分俗化している印象でした。特に間もなく「みたままつり」があるそうで、黄色の提灯を吊るす作業が行われており、この何万という提灯が吊るされ、それに電気が入ると、俗化した電飾になると思いました。

遊就館入り口   人間魚雷
遊就館人間魚雷
 遊就館の入り口、観光地のみやげ物館とかわりませんね。
 さて、問題の「遊就館」の展示ですが、翔年は反吐が出そうになりました。特に太平洋戦争に関する展示は戦争賛美の色が濃くて不愉快でした。

 例えば日本が中国大陸で抜き差しならなくなったのは中国の陰謀、太平洋戦争に突入したのはアメリカが日本をたたこうとした戦略のせい、戦争末期にわが国の和平交渉に応じなかったのはアメリカが悪いといった調子です。上映中の映画もその他の記録も、そういった歴史観で貫かれており、日本の当時の指導者の過ちは一つもないのです。「極東国際軍事裁判所」(通称東京裁判)は無効とし、(それはいいとしても)真の戦争責任は問いません。反省は皆無です。

 戦場に散った若者の国に対する誠、肉親に対する心情は美しいものがありますが、そういう国家に対する忠誠心、血縁者に対する愛情なら、敵国の兵隊にもあったはずで、何も日本人だけの美質とは限りません。 靖国神社は大きな時代錯誤をしている。この考えを突き詰めていくと、他の宗教は全て「邪教」ということになるでしょう。今、問題を起こしている「一神教」の宗教もそうですが、宗教が政治(国を守る)にかかわると、それはとことんの殺戮戦になざざる得ないのではないでしょうか?

 他にも、変なことはいくらでもありました。全くひどい展示館でありました。



東京点景(これはおまけ)

JR市ヶ谷駅

JR市ヶ谷駅がスターバックスに乗っ取られた見たい。昔の殺風景な国鉄の駅のイメージを今も持っている翔年は、新鮮な感じがしましたね。悪くない。


藍染
素晴らしい着物がちらっと目に飛び込んできました。店といい、商品といい、センスが良くて高級そう。遠くから撮らせてもらいました。そのため写真はなにかもの足りません。宮崎県の古法の天然藍染だそうです。



  
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July 09, 2007

任期中は無理

 安倍政権の評価を書き終わって、この国の政治家の資質が相当酷いのではないかとの思いに至りましたが、怒ってばかりいては身体に悪い。それで、ビジネスジョークを、時事ジョークに変えて、うっぷんを晴らすことにしました。


「任期中は無理」
 アメリカの大統領がホワイトハウスでお祈りをしている。
「神よ、どうかイラクの民主化を平和裏に解決してください。」
 神が答えた。
「よろしい。お前の願いを聞きとどけよう。しかし、お前の任期中は無理だよ」

 韓国の大統領も、青瓦台でお祈りをした。
「神よ、どうかわが国の南北問題を解決してください。」
神が答えた。
「よろしい。お前の願いを聞きとどけよう。しかし、お前の任期中は無理だよ。」

 日本の安倍首相も官邸でシッカリお祈りをした。
「神よ、どうかこれ以上閣僚のスキャンダルが表にでないようにしてください。」
ちょっと考えてから、神が答えた。
「よろしい。お前の望みを聞きとどけてやろう。しかし、私の任期中は無理だよ。」


※おおばともみつ著「世界ビジネスジョーク集」を参考にしました。

  
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安倍内閣の評価(後編)

 5日の「安倍内閣の評価」の後編です。マスコミに活躍が取り上げられない政治家はたいへん評価しにくい。入閣してもマスコミが取り上げない政治家は、人間が小粒で、話が面白くないから、マスコミが群がらないのだろうと想像する。安倍内閣にはそういう政治かも結構いる。

 翔年は安倍政権ではわが国を改革していく力がないと思い始めたので、今回も厳しい評価をしたが、事実だけは曲げないように注意して書いたつもりです。



国家公安(防災) 溝手 顕正 ? → ×
・国務大臣に就任したにも関わらず、無届で社会福祉法人理事長を務め、かつ給与を得ていたことが報道され、閣議決定の「国務大臣、副大臣及び大臣政務官規範」違反が明らかになった。
・2007年、上記の行為について、内閣官房は「大臣規範に抵触するおそれがある」との見解を発表した。この見解は「閣議決定をないがしろにしているおそれがある」と翔年は思う。
・得た利得を2007年7月3日までに社会福祉法人に弁済した。国務大臣の辞任や議員辞職は考えていないと言っているから、ルールに違反して得た金は返せばそれですむという考えの持ち主なのだろう。

防 衛 久間 章生  △ → ×
後任 小池百合子    → ?
・久間は「しょうがない」大臣としてつとに名声が高まるにつれて、辞任せざるをえなくなった。スカン政治家であるが、これ以上は書かない。
小池の政界での足跡は
・ 1992年7月に日本新党比例区で参議院議員に当選
・ 1993年7月の総選挙で兵庫2区から出馬し、衆議院議員に当選
・ 諸政党の分裂・統合に際しては、新進党、自由党、保守党、そして最後に2002年12月27日に自民党に入党するという節操のなさ。
・彼女にとって所属政党などというものは、たいした意味はない、どこでもいいのだろうか?
・Wiqipediaによれば、政界一の“亀田興毅ファン”を自認していると書いてあった。人気あるものには何にでも近づきたくなる習性を持つのかもしれない。
 
沖縄・北方 科学技術(イノベーション 少子化・男女共同参画 食品安全)高市 早苗 × → ×
この女も政界の経歴を書いておかねばなりません。
・1993年、第40回衆議院議員総選挙で旧奈良全県区から無所属で立候補し、トップで初当選を飾る(他方で新党さきがけに公認申請していた)。
・無所属で自由民主党総裁河野洋平支持。
・1994年に政策集団「リベラルズ」に参加。リベラルズは、自民党を離党した柿沢弘治を党首とする自由党となり、羽田孜が首班の非自民連立政権に与した後、同年7月27日海部俊樹を代表とする自由改革連合結成。同年12月10日の新進党結党大会に参加。
・1996年10月、第41回衆議院議員総選挙では新進党公認で立候補し2回目の当選。
・当選直後の11月5日、彼女は新進党を離党し、2日後の総理大臣指名選挙では自民党総裁橋本龍太郎を支持。12月27日、自民党に入党した。
・新進党の公認候補として反自民票を集めての当選し、その直後に離党し、橋龍を総理大臣指名選で支持した事は、有権者をバカにしている。
・こういう女を無節操と呼ばずして何と呼びましょう。


金融(再チャレンジ)山本 有二 ? → ×
・入閣後、都内で大規模な政治資金パーティーを開いたため、閣議決定「国務大臣、副大臣及び大臣政務官規範」の「パーティーの開催自粛」に違反したと報じられた。
・彼の事務所は、入閣決定前にパーティー券を販売してしまい、会場の予約もしてしまったため、パーティーを中止することができなかったと釈明した。予約してたら守らなくていいと言っているのに等しい。自民党は「閣議決定」とさも重々しそうなふりを装っているが、 実際は国民を欺く看板だけのこと。このからくりを山本は白日の下に曝した。
・2006年秋、内閣府特命担当大臣(金融担当)が所管する金融機関からのパーティー会費の徴収は疑念を招きかねないとして、彼は金融機関に対してのみ、パーティー会費を返金し、他はポケットに入れたまま。この男も「返せば済む派」だ。
・いわゆるグレーゾーン金利について、「厳しくすればいいというわけではない」「多重債務をなくす一方で、必要な人にお金が行き渡るようにもしなければならない」と述べたのは、羊の皮を被った狼だ。金融機関の献金の効果が確かに効いている。



経済財政 大田 弘子  ? → ×
・大阪大学教授の本間正明(あの税調会長です)とも仕事上親しく、彼に引き上げられて学者の道に入り、それから政界に入った。よく知らないが、本間先生の弟子?
・学者としての業績は知りません。政治家としての活動もよく見えませんのでさっぱり分かりませんが、力を発揮しているとは思いません。


規制改革 国・地方行政改革 公務員制度改革 地域活性化 道州制 佐田 玄一郎 ? → ×
後任 渡辺喜実   △ → △
・佐田は安倍内閣の辞任大臣第一号です。罪状は政治資金規正法に違反する不適切な会計処理である。もう書く気がしない。
・渡辺は有能で面白い男と思っている。実績を上げてくれることを期待する。



法制局長官 宮崎 礼壱 (61歳)? → ?
・ 4月末ごろ、安倍晋三首相は政府が憲法解釈で禁じてきた集団的自衛権の行使について「所掌の部署で、私の方針にのっとって研究・整理していくのは当然だ」と語り、行使を一部容認するための新たな解釈の検討を宮崎礼壱内閣法制局長官に指示していた。その結果がどうなったか、寡聞にしてしらない。憲法の拡大解釈に道をまた広げるかもしれません。

官房副長官 (政務 衆) 下村 博文 ? → ?
・安倍首相の親友らしい。実力はさっぱり分かりません。大した働きはしていないのじゃないかな?

官房副長官 (政務 参) 鈴木 政二 ? → ?
・ 全然わかりません。

官房副長官 (事務) 的場 順三  ? → ?
・ 知りません。

首相補佐官
経済財政 根本 匠 ? → ?
・ コメントなし。

国家安全保障 小池百合子  ? → ?
・ 上に書いたとおり。

拉致問題 中山 恭子 ? → △
・ 拉致問題では相当深く係わってきた経緯は立派です。家族会の信頼は厚いようで、人物も素晴らしいのではないでしょうか?
・有能な官僚であることは間違いないが、政治家の資質も十分あると見ている。実績を期待しよう。大物の政治家になることを期待して応援しよう。

教育再生 山谷えり子 ? → ×
教育再生会議の出来は悪すぎる。目先のいじめなどに緊急提言するかと思えば、親のしつけなど家庭教育にまで口をはさんでくる。家庭でのしつけ教育はそれこそ千差万別、親がある価値観の下に躾を行うのが世界の常識。議論が定まらないのはこの人と首相の責任。

広 報 世耕 弘成 ? → ×
・ 広報として的確に仕事をしているように見えない。
・ 2006年7月ごろ、自民党政調会長(当時)中川秀直、和歌山県知事(当時)木村良樹、和歌山県発注の公共工事を巡る談合事件で、競売入札妨害(談合)容疑で逮捕された井山義一とともにゴルフをし、その際のプレー代を支払っていなかった事実が報道された。
・ 「中川政調会長(当時)と懇談するのが目的だった」、「当時は逮捕されるようなことをやっている人という認識はなかった」と釈明した。料金については、プレーが大雨で中断したため、ゴルフ場側が受け取らなかったと説明。「できる限り支払いたいと思っているので、ゴルフ場と折り合いをつけたい」と述べた。この程度のウソの説明はできるようだ。


 前編でこの大臣をこのように書きました。いやはや、安倍内閣はたいしたものです。
後任    赤城徳彦       → ? 
・ 赤城は政治資金などにいついてかなり疑惑がある。今後注視していきたい。

 案の定、今時の人になっている。本人の態度とともに、任命者の安倍首相にも注視していきましょう。また、言を左右するかも知れませんよ。


 政治家諸士を見る場合、下の視点は欠かせない。

人の過ちは、各々、その党に於いてす。過ちを観てはここに仁を知る。」
 −孔子「論語」−

(意訳)人の過失は大体、その人の性情に類する方面にあらわれてくるものである。従って、人の過失を観察すると、その人の徳性の如何を知ることが出来る。
→ まったく、お金のことで過つ人は、お金に汚い性情をもっているし、法の網の目くぐりに失敗する人は、順法精神に欠けたずる賢い性情の人物だろうし、自分の信念が弱い性情の人は、党派を渡り歩くような無節操な過ちをするでありましょう。



  
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July 05, 2007

安倍内閣の評価(前編)

 そもそも、参議院選挙は本来内閣を選ぶ選挙ではない。しかるに安倍首相は憲法改正、教育改革など国の基本政策となる問題に取り組むとしているから、国民は厳しい目で内閣を採点する必要がある。確かに国民は小泉前総理は選挙で信任をしたが、安倍総理は選挙の洗礼を受けていない。小泉政権を踏襲するのならよいが、そこから大きく踏み出すのなら、衆議院選挙で早い時期に国民の審判を仰ぐべきだろう。

 翔年は安倍内閣が発足した時(2006/9/27)、期待と危惧の両方を持ちながら、若い首相のお手並み拝見のエントリーを書いた。そして閣僚の期待度を○、△、×、?の印をつけた。9ヶ月が経過し、実績も考慮して再評価してみた。


総 理  安倍 晋三  ○ → × (左が発足時、右が現在、以下同じ)
・ 若さに期待したが全く期待はずれ。彼は古い自民党体質に何もかも戻している。
・ 中国には自らの信念を言わず、靖国に参拝したかしなかったか、自分の行動(事実)すらウヤムヤにした。
・ 閣僚の人選では人間を見る眼が曇っている(適材適所でない)。
・ 問題が起こるとまずはもみ消そうとし、それがダメと見ると前言を翻す。故松岡農水相、久間防衛相、本間税調会長、社会保険庁の年金問題など、どれもこれももみ消しから前言の翻し、ばっかり。そして目先の対応に追われているだけ。
・ 改革を掲げている内閣ではあるが、実態は右往左往内閣である。政権の維持がやっとで、目前に迫った参議院選挙に浮き足立って、人気取り以外は何もできない。

総務(郵政民営化) 菅 義偉 ? → △
・ 安倍総理の側近だといますが、翔年には依然実力が見えません。

法 務   長勢 甚遠      ? →  ×
・ 大阪大学大学院教授で内閣府税制調査会会長の本間正明による官舎愛人同棲問題に関して、「私は役人上がりの者ですから、民間人の方の感覚は私には分かりませんけど。しっかり仕事をしてもらいたいと思いますね」とコメントした。この発言は変だと思う人は多いのではないでしょうか? 
・ 変な発言だけではなく、次のようなことを恥ずかしげもなくやる男です。『読売新聞』の調査で、2005年の衆議院議員総選挙における長勢の選挙運動費用収支報告書に、実際の収支と異なる記述をしていた事実が発覚した。(出納責任者の無知と言い訳しているが、公職選挙法違反です)
・ 2007年6月14日、富山県魚津市に所有している実家が、不動産登記法に違反して、現在も未登記のままになっていることが報じられた。厚生政務次官だった1995年に既に未登記を指摘されており、「社会的に非常識なら登記する」としていたが、その後も未登記のままだったという。
 「たたけば埃の出る男」であることは間違いなさそうです。
 

外 務  麻生 太郎     ○ → △
・漫画が好きだとか、漫画の国際賞をもうけるなど、大衆の人気取りが過ぎるような気がする。

財 務  尾身 幸次      △ → ×
・独立行政法人が運営する予定の沖縄科学技術大学院大学は、内閣府沖縄担当大臣だった尾身自身が構想を提唱した大学院である。だからと言って、財務大臣が、自身が提唱した事業推進のため個別案件の予算増額を狙って独立行政法人に対し情報提供よい訳がない。なのに国会で、「設置検討当初からの関係者が、『尾身さん、あなたがいないと駄目だ』と言ったので(財務大臣就任後も)関与した」と答弁している。要するにケジメのない古い体質の議員だと思う。


文部科学  伊吹 文明    △ → ×
・ 2007年1月10日に彼の資金運営団「明風会」が、賃貸料がかからない議員会館を宿舎にしながら、年間約4000万円を事務所費として政治資金収支報告書に記載していたと報道された。
・ 2007年2月20日、『読売新聞』の調査で、2005年の衆議院議員総選挙における伊吹の選挙運動費用収支報告書に、実際の収支と異なる記述をしていた事実が発覚した。公職選挙法違反である。
・ 秘書が会計責任者の自由民主党京都府明風支部は、2005年3〜7月に12億600万円超の補助金交付決定を受けた社団法人、および、2005年3月に900万円超の補助金交付決定を受けた社団法人から、2005年8月に献金を受け取っていた。政治資金規正法第22条の3に違反である。
・ 要するに小細工をしている。指摘されればそれなりに言い訳をしている。スカン。

厚生労働  柳沢 伯夫     △ → ×
・ 女性は産む機械発言で有名。「産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」と講演会で説明したらしい。
・ 金融担当大臣就任当時、「日本の銀行はいたって健全であり、公的資金の投入は必要ない」などと発言し、その姿勢から、経済財政政策担当大臣の竹中平蔵と対立した人。金融担当大臣としては見通しは間違っていた。
・ ホワイトカラーエグゼンプションについても、この大臣が説明すると周りの人間は反対一色になる。如何にも役人上がりに見えて好かれない。

農林水産   松岡 利勝     × → ×
後任    赤城徳彦       → ? 
松岡については別のエントリーでも書いたから、これ以上、書かない。
赤城は政治資金などにいついてかなり疑惑がある。今後注視していきたい。

経済産業  甘利 明      △ → △
・ 日本と中華人民共和国(中国)が対立している東シナ海のガス田開発の件に関しては「日本と中国は共同で(開発に)取り組む方向で一致しており、粛々と取り組みたい」と話しているから、親中派なのだろう。国益を守る度胸と智慧があるのだろうか? 「粛々と」いう言葉は何もしない、出来ないことをごまかそうとしているのだ。心もとないが、も少し実績を見てから評価したい。

国土交通(観光立国)  冬柴 鉄三 × → ×
・エピソードを一つ。2007年1月12日、冬柴大臣が韓国訪問を終え、JALで関西国際空港に到着した際のアナウンス。「本日は、冬柴鐵三国土交通大臣が搭乗されております。最初に降りていただくため、しばらくお待ちください」、乗り合わせた乗客から大ブーイングがおこったという。みみっちい特権意識があるのか、ないのか? そういことをされて目を細めて喜ぶから、航空会社がお追従をするのだ。それに対するコメントも大臣としては品位に欠けるものでした。スカン。


環境(地球環境問題) 若林 正俊 ? → △
・2007年2月20日、『読売新聞』の調査で、2004年の参議院議員通常選挙における若林の選挙運動費用収支報告書に、実際の収支と異なる記述をしていた事実が発覚した。これは勿論公職選挙法違反です。

官房(拉致問題) 塩崎 恭久  ○ → ×
・大きな期待はずれ。かつて、金融危機に伴う1998年の「金融国会」で民主党の若手議員らとともに金融再生トータルプラン、金融再生法の策定に奔走、「政策新人類」と呼ばれて注目され、TVで論陣を張っていたとき、頭はシャープだし、政策もしっかり勉強しており、出来る男と思った。
 ところが、内閣の要の官房長官は自民党の歴代官房長官の中でもワーストではないか。閣内の不統一、官房長官談話のくだらなさ、など目を覆いたくなる。安倍、塩崎コンビには任せられないという思いが強まってきた。


※スミマセン。時間切れで、あとの大臣は評価のみです。必ず、一週間以内に業績やエピソードなどを調べて、評価の裏づけをアップいたします。


国家公安(防災) 溝手 顕正 ? → △

防 衛 久間 章生  △ → ×
後任 小池百合子    → ?
 
沖縄・北方 科学技術(イノベーション 少子化・男女共同参画 食品安全)高市 早苗 × → ×

金融(再チャレンジ)山本 有二 ? → △

経済財政 大田 弘子  ? → ×

規制改革 国・地方行政改革 公務員制度改革 地域活性化 道州制 佐田 玄一郎 ? → ×
後任 渡辺喜実   △ → △

法制局長官 宮崎 礼壱 (61歳)? → ?

官房副長官 (政務 衆) 下村 博文 ? → ×
官房副長官 (政務 参) 鈴木 政二 ? → ?
官房副長官 (事務) 的場 順三  ? → ×

首相補佐官
経済財政 根本 匠 ? → ?
国家安全保障 小池百合子  ? → ?
拉致問題 中山 恭子 ? → ?
教育再生 山谷えり子 ? → ×
教育再生会議の出来は悪すぎる。目先のいじめなどに緊急提言するかと思えば、親のしつけなど家庭教育にまで口をはさんでくる。家庭でのしつけ教育はそれこそ千差万別、親がある価値観の下に躾を行うのが世界の常識。

広 報 世耕 弘成 ? → ×

  
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July 01, 2007

続・尾崎秀実の獄中からの手紙

 6月24日のエントリー「尾崎秀実の獄中からの手紙」の続きです。この手紙は尾崎秀実(1901-1944)が獄中から家族(妻と娘)に宛てたもので、「愛情はふる星のごとく」の上巻に昭和16年11月7日から18年12月29日まで、下巻には昭和19年1月6日から11月7日(処刑された日)までの書簡が収められている。

愛情はふる星のごとく、上

 スパイ容疑で逮捕され、悪法といわれる治安維持法によって彼は処刑されたわけですが、彼は卑劣なスパイではありません。人物、識見、知性、人間性のどれをとっても超一流であると思います。翔年は吉田松陰や尾崎秀実のように、明晰な頭脳と熱い情熱をもった一級の人物が、時代より一歩先んじていたために、思想に殉じて刑死しなければならなかった無念さを思うとやり切れません。どんなことがあっても、思想犯を死刑に処すことに反対です。

 心うたれた章句を上巻から抜粋します。


 この前楊子にいろいろ習わしたいのが便宜がなくてほってあるとのことでした。私はそれでよいのだと思います。私の経験からみても少なくとも学問のことは人に習うのではなくて、自学する以外に方法はないのだと思います。自分から勉強に興味が出てくればぐんぐん進むものです。(昭和18年5月3日)

 → これは正論。教育の正しい方法論は、教え込む「詰め込み教育」ではなく、自らが気づく「啓発教育」であるべきだと思う。詰め込み教育や管理教育をまじめにやる先生が一番こまる。子供の好奇心を摘んでしまっては元も子もない。


 英子の誕生日をどうしても思い出せない。三月だったか、七月だったか、これはここに来て以来、何度かかききたいと思っていたのだが。(昭和18年5月8日)

 → これには微笑を禁じえない。最高の知性を誇る男が妻の誕生日を忘れてしまって、聞くに聞けない状態にあったとは。
我々、凡夫は忘れたら、尾崎秀実を例に出して、安心して何回でも聞こう!


 ただ一つ心がかりの点は英子や楊子が予期よりも重大な結果に対して悲しむことのある場合です。これもただも一つ勇気を出してぐっと踏み応えてもらいたいと願うのです。(18年5月25日)

 → 彼はこのとおり、出獄はできないし、極刑もありうると覚悟している。
 ところが、彼の周囲は日本の敗北は必定、その後政治犯は釈放されるという甘い筋書きをしており、刑期が5年でも10年でも同じことだと考えていた。
 彼の弁護の労をとった竹内金太郎弁護士は「日本の法律上、かれを死刑にする根拠はないのみか、軍事機密法や治安維持法によって有罪にすることも不当だ」と語っている。


 公判は傍聴はもとより禁止で、被告は私一人です。広い法廷に裁判官四人、検事二人、書記一人を前にして私一人が立っています。小林弁護士(国選)が一人後ろの椅子に座っています。(18年6月1日)

 → 尾崎は小林弁護士のことを「全く弁護の余地のない事件を官命によって押しつけられたわけ」ですから、「本当にお気の毒の至り」と書いている。
 絶対勝つことの許されない法廷のようで、翔年は怒りが湧き上がってきます。

 この頃だんだん色々の物品が手に入らなくなりました。もう売店のものは何もありません。茶の葉もおしまいになりました。チリ紙の切れたのには少し閉口しました。今半紙で間に合わせています。(18年6月24日)

 → この年の2月、ガダルカナル島敗退、4月山本五十六戦死、5月アッツ島守備隊玉砕など、戦況はわが国の不利が次々に明らかになっていたが、国民は大本営発表を信じて戦うことを強いられていた。(現在の北朝鮮を誰が笑うことが出来ましょう)

 
 人生は確かに生きるに値するということになると思います。だが、同時に人生はいつまで進んでも、向上しても、眼界視野が拡がっても、その極みというものはないので、いわば大きな観点から見れば、どこまで行っても同じことだということも知らねばならないと思います。いいかえればいつ人生が終わっても別に変わりはないということです。この二つの矛盾した如き事実を矛盾なく静かに自分の人生観の中に−把握することができなくてはならないと思います。そうする時人は確信に充ち、しかも不安動揺することなく人生を往き続けてゆくことが出来るのです。(中略)

 そこで例えば死についてです。あの人は惜しいことをした、も少し生きていたらば、とか、も少し生きていてほしかったとかいうのは第三者の立場から云い得ることであって、本人にとっては、別に早くもおそくもあるわけではないのだと思われます。(18年七月6日)

 → 彼は最悪の判決を予想し、夫人が心の用意をととのえられるようにしようと、努力している跡が覗えます。
 

 来年は私の考えでは、日本にかんするかぎり戦争の峠だという気がします。頑張って下さい。(18年9月9日)

 → 検閲があるため敗戦という言葉は使っていない。しかし、戦争は継続できないことを彼はちゃんと見通していた。彼の友人達の言によれば、検挙される以前から、彼は日本経済の脆弱性をむしろ過大なほどに指摘していたという。

 大体今の戦時経済の財政を見たら分かるように、金は潜在的には戦前の価値はないわけで、当然のことですが、ただ政府の努力によって、特殊の購買力が保証されているだけです。従って、戦争が終わった時には、古い金銭的蓄積は全部失われるものと覚悟していなくてはなりません。(18年10月1日)

 → 翔年の祖父や父は戦後の無茶苦茶なインフレが襲ってくるまで、そういうことは夢にも思わなかったとよく言っていた。ほとんどの国民はそうだったのではないでしょうか。
郵便貯金通帳をじっと見つめて「国に預けていたから、絶対間違いないと信じてた」とつぶやいて肩を落としていた祖父が目に浮かびます。
 
 担当さんにお願いして領置金(獄舎に預けている金)を調べてもらいましたら百十二円二十三銭あるそうです。8,9,10月毎月十円位しか平均使っていません。弁当を食べていませんと他に何も買いたくても買うものがないのです。後お金の差し入れは不用です。(18年10月30日)

 → 夫人は獄中で彼が不自由しないようにと、苦しい生活費の中からお金を差し入れ続けていた。お互いに辛かったことであろう。

 下巻を読んだら、また抜粋します。



  
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