April 12, 2005

言うべきことを言う国と言わない国

 日経の記者(ワシントン発)の記事はこう伝えている。
 米国務省当局者は中国の反日デモについて「外国政府の在外公館や施設、人員への暴力はどんな論争があるにせよ、正当化できない。」と語り、日本大使館などへの破壊行為を強く批判した。中国政府が国内の日本企業や日本人を法に基き保護する根本的な責任があるとものべている。

 同じ頃、我国の町村外相は中国政府に求めている反日デモへの謝罪と被害の賠償に関して「早い時点での回答があるものと期待している」と述べている。

 これではどちらが当事国なのかわからない。日本政府のアピールは何時も気の抜けたビールみたいで胸に染みてこない。アメリカの国務省が言ったことを、事態が発生した直後に強く相手国と世界に向けて発信すべきだろう。中国政府がこの事態の責任は日本政府にあるなどと、無責任極る発言をしたことを米国に咎めてもらってどうするのだ。的確な日本語を駆使して、相手に非を悟らせずして外交といえるのか。中国は面子を重んじる国ならなおさらのこと、我国は堂々としたコメントを出すべきだと信じる。
翔年ならまずこう言います。
『「歴史認識」は大切だが、「現状認識は」もっと大切だ。今、貴国で起っている暴力行為をシッカリ認識して話しあいたい。』 その後米国高官の発言を続けるのがいいですね。

 うわべだけの謝罪や、まして被害の賠償などを日本国民は求めていない。中国政府のこのような事態(大使館の破壊など)が起ったのは相手国の責任というような誤った認識を改めさせることを国民は望んでいる。外相は割れた窓ガラスの賠償というような事態を矮小化するコメントを出したらだめだ。在外公館を守る責任は中国にあるという原則論に立ちかえり、話をウンと大きくかまえて堂々と主張しなさい。

 もう一つ、翔年が心配していることがある。中国に進出している企業がどのような態度でいるかということ。損害の発生を恐れるあまり、卑屈な態度に終始したり、裏工作や裏金で自分たちの会社や店を守るような手を使っていないだろうか?
安全な日本にいる翔年が、生命の危険すらある中国のただ中にいる日本人にこういうことをいうのは心苦しいが、会社のためとはいえ、裏工作や裏金による保身の実体が明かになれば、我国に決定的な不利益をもたらす。財界のリーダー達の今までの中国に迎合的な発言を思うとき、強い危惧を感じるのは翔年だけではないでしょう。



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この記事へのコメント
>政府の思考方法に問題がある
同じ思考法のひとが集まっているのが問題の根を深くしているんですね。
Posted by fuRu at April 14, 2005 12:00
>大西宏様
コメント、ありがとうございます。
あなたのおっしゃる「隣国であり、安全保障上、また経済の発展上も、重要な国であり、問題解決のためのなんらかの知恵(あるいは金)がいるように思います」には、何とかこの問題を治めて隣国と友好的な関係を維持したいという気持は表明されていますが、肝心の中国政府(一党独裁政権)をどのように理解しているか表明されていません。
小生は強大な力を背景にしてふるまう隣国政府であり、国内に数多くの問題をかかえている隣国と見ています。
それだからこそ、原則を持たず、はっきりものを言わない外交は将来に禍根を残すと考えています。
Posted by ユリウス at April 13, 2005 13:57
>fuRu様
お久しぶりです。
外交原則を示さない(持たない)で、問題がおきると大ごとにならないように、その対応策を考えるという政府の思考方法に問題があると思っています。
Posted by ユリウス at April 13, 2005 13:10
もっと、いろいろ手が打てるように思うのですが、どうなんでしょう。中国内部への工作もできのではないでしょうか。中国が反米に燃えたときに、アメリカは反米グループをアメリカに招待して、親米の尖兵に変えてしまったといいます。
こびることはないと思いますが、隣国であり、安全保障上、また経済の発展上も、重要な国であり、問題解決のためのなんらかの知恵(あるいは金)がいるように思いますね。
Posted by 大西宏 at April 12, 2005 23:00
ユリウスさん こんにちは
まったく同感です。
このままでは、日本という国がまるでこの世界に存在しないようです。
どうしてこうなるのでしょう。
Posted by fuRu at April 12, 2005 17:10