September 27, 2016

天皇陵は謎ばかり -宮内庁の厳禁措置の弊?-

天皇陵の謎

 前エントリー「天皇の「生前退位」問題を考える -その真意は? ソースは? 黒幕は?-」で宮内庁の役人がメディアと国民に向かって公然と嘘を言っていることを書きました。

 未だに宮内庁の山本信一郎次長が「天皇陛下が『生前退位』の意向を宮内庁関係者に伝えているという事実は一切ない。そうした前提で、今後の対応を検討していることもない。」と7月13日に述べた言葉は取り消されていません。

 7月13日以来、次々とメディアが伝えているのは、この役人の言葉とはまったく正反対の事が次々と報じられています。

 象徴天皇は政治権力はOですが、権威は温存されているので、こういうことが起こるのでしょう。困ったことです。この傾向が強くなると、国民はだんだん天皇や天皇制について、自由に物が言えなくなります。


 さて、翔年は高槻市在住です。実は高槻市には第26代継体天皇陵があるのです。宮内庁は認めていませんが…。
 そこのちょっと微妙な話から始めます。(笑)




 宮内庁が継体天皇陵として守っているのは高槻市の隣、茨木市太田3丁目にある正式名称は「三島藍野陵」、古墳名は「太田茶臼山」です。古墳の規模は全国21位、天皇陵の見本のような、風格に満ちた巨墳だそうです。(素人の翔年には古墳の風格といわれてもピンときませんけれど…)

 ところが昭和61年5月、この古墳の外堤の内側から、継体天皇の没年よりも百年近くも古い5世紀中葉の円筒埴輪の破片が2千点も発見されたのです。宮内庁の外堤護岸工事に伴う事前発掘調査で出土したので、学者だけでなく我々周辺市の住人もびっくりでした。
 
 もっと驚いたことに、継体陵から北東へ1.5Km離れた我が高槻市郡家新町にある国指定の史跡、「今城塚古墳」が急に脚光を浴びることになりました。何故かというと、今城塚古墳は大正時代から継体天皇の真陵であると考えられてきた歴史があったからです。大きさは前方後円墳としては全国40位程度ですが、後期古墳としては抜群の大きさだそうですから特に問題なし。

 古墳の外形から築造年代は6世紀前半。継体天皇の没年に合致。その年代の形象埴輪や円筒埴輪も、二重濠の間の中堤から出土しました。

 今城塚は文献「延喜式」の記載と考古資料が完全に一致しており、ほとんどの学者がこれこそ本物の継体天皇陵として断定する古墳になったのです。

 このような事実によって、ほとんどの学者が今城塚古墳は継体天皇陵であると結論つけているのに、宮内庁はこれを継体天皇陵とは今も認めていません。そして茨木市太田の「三島藍野陵」は天皇陵として立ち入り禁止にして守っています。

 翔年は一役所にすぎない宮内庁がどんな権限で、学者の立ち入りさえも禁止するのかサッパリ分かりません。 多分不都合なことがあるのでしょう??? 何かわかりませんけれど。でも一役所の判断でそんなことをしていいものでしょうか?
権威主義がそうさせるのか? 墨守主義がそうさせるのか? 結果として正しい歴史を隠蔽し、日本文化の源流を歪めていると思えてなりません。



 このエントリーでは、陵墓のことを学問的に公平な立場で、かなり突っ込んだ主張がなされている矢澤高太郎著「天皇陵の謎」文春新書刊に全面的に頼りながら、「歴代天皇陛下一覧とその陵墓」という表を作ってみました。煩を避けるため古墳に焦点を当てています。
 
1. 宮内庁が管理している天皇陵を中心とした陵墓が196も存在しており、それらのすべては一切の立ち入り厳禁処置がとられている。

2. しかもそこに眠っているはずの天皇は9割近くが別人の可能性が高いと最近の考古学や歴史学の研究から分かって来ている。

3. それにも関わらず、宮内庁が江戸時代と明治時代に定めた天皇陵を頑なにガードを固めており、新しい知見が得られても一顧だにしません。

このような、事実や学術的知見の進歩に目を塞ぎ、こと勿れ主義の宮内庁の対応に不満を抱く立場から、歴代天皇の一覧表に天皇陵のほとんどが、考古学的、学術的に疑問が多く、そこに葬られている人物も天皇『かどうか、これも不確かなものであることを示したいと思います。勿論、学問には多様な学説があってあたり前、また学問的知見は漸進するものですから、これが絶対というものではありません。少なくとも、現在において大きな問題提起だとお考えいただければ幸いです。

 
歴代天皇

歴代天皇陛下一覧とその陵墓(古墳のみ)

1. 神武天皇〜開化天皇までの9人は現歴史学、考古学では実在が完全に否定されていますが、豪壮な陵墓はある。幕末に徳川幕府が朝廷政策の一環として新造、整備したものである。バカバカしいので空欄にしてます。

2. 後代天皇の陵墓と埋葬者についても、そのほとんどが考古学的、学術的に「?」です。

3. 宮内庁はこのような不確かな歴史を固定し、陵墓を立ち入り禁止の閉鎖的環境にして、守っています。

4. 考古学的、学術的発見や進歩があっても、これらの陵墓の間違いが正されることは決してありません。


「代」  「天皇(よみかな)」    「陵墓(所在地)、埋葬者、疑義?等」
1代   神武天皇(じんむ)      
2代   綏靖天皇(すいぜい)    
3代   安寧天皇(あんねい)    
4代   懿徳天皇(いとく)    
5代   考昭天皇(こうしょう)    
6代   考安天皇(こうあん)    
7代   考霊天皇(こうれい)    
8代   考元天皇(こうげん)    
9代   開化天皇(かいか) 開化天皇陵(奈良市)前方後円、古墳の形式?? 
10代  崇神天皇(すじん) 崇神天皇陵(天理市)前方後円、 考古学的に?
11代  垂仁天皇(すいにん) 垂仁天皇陵(奈良市)菅原伏見東陵? 前方後円 
12代  景行天皇(けいこう) 景行天皇陵(天理市)前方後円 考古学的に? 
13代  成務天皇(せいむ) 成務天皇陵(奈良市)前方後円 考古学的に? 
14代  仲哀天皇(ちゅうあい) 仲哀天皇陵(御所市、藤井寺市?) 前方後円 検討の余地あり
※以上の天皇は実在が確認できない。神話時代の天皇と呼ぶ学者もいらっしゃる。

15代  応神天皇(おうじん) 応神天皇陵(羽曳野市)前方後円 考古学的に?
16代  仁徳天皇(にんとく) 仁徳天皇陵(堺市)前方後円 真の埋葬者は?
17代  履中天皇(りちゅう)  履中天皇陵(堺市)前方後円真の埋葬者は? 考古学的に?
18代  反正天皇(はんぜい) 反正天皇陵(堺市)前方後円 真の埋葬者は? 古墳の形式?
19代  允恭天皇(いんぎょう) 允恭天皇陵(藤井寺市)前方後円 考古学的に?
20代   安康天皇(あんこう) 菅原伏見西陵(奈良市)山形、古墳? 暗殺された天皇
21代   雄略天皇(ゆうりゃく) 雄略天皇陵(羽曳野市)円? 付近の古墳検討要! 
22代   清寧天皇(せいねい) 清寧天皇陵(羽曳野市)前方後円 付近の古墳余地?
23代   顕宗天皇(けんぞう) 顕宗天皇陵(香芝市)前方後円 古墳か疑問? 
24代   仁賢天皇(にんけん) 仁賢天皇陵(藤井寺市)前方後円 付近の古墳の余地? 
25代   武烈天皇(ぶれつ) 武烈天皇陵(香芝市)山形、古墳か疑問?  
26代(507-531)  継体天皇(けいたい) 継体天皇陵(茨木市?埋葬者? 高槻市〇)前方後円
27代(531-535)  安閑天皇(あんかん) 安閑天皇陵(羽曳野市)前方後円 考古学的に?
28代(535-539)  宣化天皇(せんか) 宣化天皇陵(橿原市)前方後円 付近の古墳の検討?
29代(539-571)  欽明天皇(きんめい) 欽明天皇陵(明日香村)前方後円 見瀬丸山古墳?
30代(587-592)  敏達天皇(びだつ)  敏達天皇陵(太子町)前方後円 墳形の形式?
31代(585-587)  用明天皇(ようめい) 用明天皇陵(太子町〇)、方墳 考古学的? 
32代(587-592)  崇峻天皇(すしゅん) 崇峻天皇陵(桜井市)方墳、円墳?真陵は?暗殺された天皇
33代(592-628) 推古天皇(すいこ) 女帝 推古天皇陵(太子町〇)方墳 検討の余地?
34代(629-641)  舒明天皇(じょめい) 舒明天皇陵(桜井市〇)方墳 考古学的?
35代(642-645)  皇極天皇(こうぎょく)(重祚して斉明天皇)
36代(645-654)  考徳天皇(こうとく) 孝徳天皇陵(太子町)円墳 考古学的?
37代(655-661) 斉明天皇(さいめい)女帝  斉明天皇陵(高取町)円墳、八角?眞陵は?
38代(661-671)  天智天皇(てんじ) 天智天皇陵(京都市◎)方墳   
39代(671-672)  弘文天皇(こうぶん) 弘文天皇陵(大津市)円墳 考古学的??
40代(672-686)  天武天皇(てんむ)  天武天皇陵(明日香村◎)八角
41代(686-697) 持統天皇(じとう)女帝  持統天皇陵(天武天皇と合葬)
42代(697-707)  文武天皇(もんむ)  文武天皇陵(明日香村)円?真陵は?八角
43代(707-715)  元明天皇(げんめい)
44代(715-724)  元正天皇(げんしょう)
45代(724-749)  聖武天皇(しょうむ)
46代(749-758)  考謙天皇(こうけん)
47代(758-764)  淳仁天皇(じゅんにん)
48代(764-770)  称徳天皇(しょうとく)
49代(770-781)  光仁天皇(こうにん)
50代(781-806)  桓武天皇(かんむ)
51代(806-809)  平城天皇(へいぜい) 平城天皇陵(奈良市)
52代(809-823)  嵯峨天皇(さが)
53代(823-833)  淳和天皇(じゅんな)
54代(833-850)  仁明天皇(にんみょう)
55代(850-858)  文徳天皇(もんとく)
56代(858-876)  清和天皇(せいわ)
57代(876-884)  陽成天皇(ようぜい)
58代(884-887)  光考天皇(こうこう)
59代(887-897)  宇多天皇(うだ)
60代(897-930)  醍醐天皇(だいご)
61代(930-946)  朱雀天皇(すざく)
62代(946-967)  村上天皇(むらかみ)
63代(967-969)  冷泉天皇(れいぜい) 
64代(969-984)  円融天皇(えんゆう)
65代(984-986)  花山天皇(かざん)
66代(986-1011)  一条天皇(いちじょう)
67代(1011-1016)  三条天皇(さんじょう)
68代(1016-1036)  後一条天皇(ごいちじょう)
69代(1036-1045)  後朱雀天皇(ごすざく)
70代(1045-1068)  後冷泉天皇(ごれいぜい)
71代(1068-1072)  後三条天皇(ごさんじょう)
72代(1072-1086)  白河天皇(しらかわ)
73代(1086-1107)  堀河天皇(ほりかわ)
74代(1107-1123)  鳥羽天皇(とば)
75代(1123-1141)  崇徳天皇(すとく)
76代(1141-1155)  近衛天皇(このえ)
77代(1155-1158)  後白河天皇(ごしらかわ)
78代(1158-1165)  二条天皇(にじょう)
79代(1165-1168)  六条天皇(ろくじょう)
80代(1168-1180)  高倉天皇(たかくら)
81代(1180-1185)  安徳天皇(あんとく)     
82代(1183-1198)  後鳥羽天皇(ごとば)
83代(1198-1210)  土御門天皇(つちみかど)
84代(1210-1221) 順徳天皇(じゅんとく)
85代(1221-1221)  仲恭天皇(ちゅうきょう)
86代(1221-1242)  後堀河天皇(ごほりかわ)
87代(1232-1242)  四条天皇(しじょう)
88代(1242-1246)  後嵯峨天皇(ごさが)
89代(1246-1259)  後深草天皇(ごふかくさ)
90代(1246-1274)  亀山天皇 (かめやま)
91代(1274-1287)  後宇多天皇(ごうだ)
92代(1287-1298)  伏見天皇 (ふしみ)
93代(1298-1301)  後伏見天皇(ごふしみ)
94代(1301-1308)  後二条天皇(ごにじょう)
95代(1308-1318)  花園天皇 (はなぞの)
96代(1318-1339)  後醍醐天皇(ごだいご)
97代(1339-1368)  後村上天皇(ごむらかみ)
98代(1368-1383)  長慶天皇 (ちょうけい)
99代(1383-1392)  後亀山天皇(ごかめやま)
100代(1382-1412) 後小松天皇(ごこまつ)
101代(1412-1428) 称光天皇(しょうこう)
102代(1428-1464) 後花園天皇(ごはなぞの)
103代(1464-1500) 後土御門天皇(ごつちみかど)
104代(1500-1526) 後柏原天皇(ごかしわばら)
105代(1526-1557) 後奈良天皇(ごなら)
106代(1557-1586) 正親町天皇(おおぎまち)  
107代(1586-1611) 後陽成天皇(ごようぜい)
108代(1611-1629) 後水尾天皇(ごみずのお)
109代(1629-1643) 明正天皇(めいしょう)
110代(1643-1654) 後光明天皇(ごこうみょう
111代(1654-1663) 後西天皇(ごさい)
112代(1663-1687) 霊元天皇(れいげん)
113代(1687-1709) 東山天皇(ひがしやま)
114代(1709-1735) 中御門天皇(なかみかど)
115代(1735-1747) 桜町天皇(さくらまち)
117代(1762-1770) 後桜町天皇(ごさくらまち)
118代(1770-1779) 後桃園天皇(ごももぞの)
119代(1779-1817) 光格天皇(こうかく)
120代(1817-1846) 仁考天皇(にんこう
121代(1846-1866) 孝明天皇(こうめい)
122代(1867-1912) 明治天皇(めいじ)
123代(1912-1926) 大正天皇(たいしょう)
124代(1926-1989) 昭和天皇(しょうわ)
125代(1989- )  今上陛下  


 見にくい資料を最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 恥ずかしながら、翔年はこの歳になって初めて、歴代天皇の名前を読み方までしっかり確認して書きました。

皇室は必要か

 次回は「日本国憲法」について考えたいと思います。特に皇室に関する第一条〜第八条です。アップできるのは10日ぐらい先になると思います。







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Posted by mtmt0414 at 22:42Comments(0)TrackBack(0)History

September 11, 2016

天皇の「生前退位」問題を考える -その真意は? ソースは? 黒幕は?-

 
天皇皇后

 7月13日 NHK午後7時の「天皇生前退位」ニュースは単純なスクープではなかったと思う。十分な取材がなされていたと感じた。

 そうすると、ニュースソースは? その意図は? この時期に発表したのは何故?  黒幕は誰?

 疑問はいっぱいあるが、今のところハッキリしません。憶測ばかりです。このような微妙な問題の発表にゴーサインを出した黒幕は一体誰なのか?

 この疑問に少しでも迫りたい。

 そのため天皇の生前退位に関係しそうな皇室報道を過去に遡って確認しつつ、時系列に並べて、何か手掛かりを見つける努力を読者と共にしたいと思います。「また、あれか、時系列か」と言わないでください。(笑)

 特別のニュースソースを持たない個人は、公開情報を集めてそれを分析するしかありません。この時系列情報はいろんな疑問の解決に役立つと信じます。

 採用した事実情報は主に「文芸春秋」(9月号)のいろんな方々の記事から、後はWebにある雑多な記事群から、「事実らしきもの」を抜き書きしました。(もし、事実誤認がありましたら、連絡いただければ幸いです。直ちに訂正します。画像はネットで拾ってきました。よろしく)




文芸春秋9月号

早速、10年以上前からの事実を並べてみます。

2003年(平成15年)
?月?日
 天皇が前立腺ガンの手術を受ける。
 → 医師の見解はステージB2、ガンは切除。以後はホルモン療法が継続されている。ムーンフェイス(ふっくらした顔)はそのせいらしい。


2011年(平成23年)
2月?日
 心臓の冠動脈血管の狭窄が発見され、再び「健康不安」がもちあがった。
 → これは心筋梗塞の心配がある恐ろしい病気。

3月11日
 東日本大震災発生
 → 地震、津波、原発事故は日本中を大きく揺さぶった。後日、陛下は被災地への慰労の旅をされた。

?月?日
 天皇、皇太子、秋篠宮、宮内庁長官の4者会談が定期的に開かれるようになったらしい。 
 → 報道関係者によると宮内庁関係者に天皇の健康に関する取材をしても、ナシのつぶてだったという。報道管制がひかれていたのは間違いない。

11月30日
 秋篠宮誕生日の会見
 秋篠宮:「定年制というものは、やはり必要になってくると思います。一定の年齢を過ぎれば、人間はだんだんいろんなことをすることが難しくなっていきますので…」
 → 天皇の健康を気づかった発言ですが、今となっては、天皇の「ご意向」を述べたものともとれます。


2012年平成24年
2月?日
 天皇陛下の冠動脈のバイパス手術が成功、ご退院さる。

12月23日(天皇誕生日)
 天皇:「負担の軽減は、公的行事の場合、公平の原則を踏まえてしなければならないので、十分考えてしなくてはいけません。いまのところしばらくはこのままでいきたいと考えています。」
 →高齢の健康不安を抱えた庶民なら、こっちの会は出ますが、そっちはちょっと遠いから失礼しますで済みます。陛下は公務ですから、公平の原則を踏まえなければならないからこうはいかない。ままならない。


2013年(平成25年)
11月14日(木)
 宮内庁が「ご陵とご葬儀のあり方について」を発表。ご陵の縮小という天皇陛下のご意向に沿って、葬儀形式を「土葬」から「火葬」に変更。これに伴う葬儀の細部はこれから詰める。
 → 天皇が高齢になって、事後の事をいろいろ配慮されていることが窺えます。

12月23日(天皇誕生日)
 天皇:「日本国憲法には『天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない。』と規定されています。この条項を遵守することを念頭において、私は天皇としての活動を律しています。「いまのところしばらくはこのままで
いきたいと思っています。」
 → いわずもがなのこと。自分は憲法に定める国事行為のみを行っていると、改めて国民に向かって述べられた真意は何か? よく分かりません。
 下司の勘繰りと言われそうですが、敢えて言うと、天皇が新しく始められた「サイパン、パラオ、フィリピンなど太平洋戦争の激戦地を慰霊のために訪問されているのは、憲法に定められている国事行為ではない」という意見へのやんわりした反論かも知れません。今まで、このような天皇の反論は聞いたことありませんけど…。


2015年(平成27年)
12月23日(天皇誕生日)
 天皇:「私はこの誕生日で八十二になります。年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました。」
 → 事実、この年に、こういうことは2回あったという。


2016年(平成28年)
5月9日
 宮内庁が両陛下の公務削減を発表
 → 天皇が難色を示されてわずかな削減にとどまったという。

5月?〜6月?
 陛下のご意向を慮って、宮内庁幹部の会合が秘密裏に開かれるようになった。
 →摂政を置かない場合のやり方、新法なら何がネックになるか? これには黒幕が加わったのではないでしょうか?
 
7月10日(月)
 参議院選挙の開票結果で、自民党は議員定数242人の単独過半数(122議席)を無所属議員の入党を加えて獲得した。また、憲法改正に賛成する勢力が三分の二に達した。

7月13日(水)
 NHKが午後7時のニュースで、天皇の「生前退位」の意向を報道。
 → 報道によれば陛下は「数年以内に」退位をご希望らしい。

 宮内庁の山本信一郎次長:「天皇陛下が『生前退位』の意向を宮内庁関係者に伝えているという事実は一切ない。そうした前提で、今後の対応を検討していることもない。」
 →NHKのニュース直後に、宮内庁記者クラブで次長はニュースをこのように完全否定した。このニュースソースを本当に知らなかったのか、それとも知っていて完全に白を切ったのか判断できません。
 今までの時系列から見ると結果的に、山本次長は事実と大きく違うこと、すなわち「嘘を」報道陣に(国民に向かって)言ったことになります。知らなかったのなら、知らなかったといえばよいし、調べてから後日答えますと言えば済むこと。
 報道を全否定するなら、宮内庁の役人としてNHKに「この誤報を取り消せ」というような発言があってしかるべき。そういう発言が一切なかったのだから、この人の言はとても信用できません。要するに筋を通すことができない人です。


7月14日(木)
 前日のニュースに対する注目すべき反応です。

 宮内庁風岡典之長官:「従来から陛下は憲法上、制度や国政に関する発言はしていない。第三者が推測や解説をするのは適切でないので、お気持ちを表明することは控えたい」
 → コメントの前半ではやはり、ニュースを否定している。だが、後半では「陛下のお気持ちは知っているが」これを言うことは控えると言ってますね。
 要するにニュースは打消し、陛下のお気持ちには煙幕を張るという、いかにも宮内庁らしいよく考えられた発言です。メディアと国民にとっては本当のことはさっぱり分からないコメントです。

 麻生太郎副総裁:「大正天皇の後半の頃も、昭和天皇が実質的にしておられた面がある。
 → これは事実を言ってます。落としどころを示唆したアドバルーンのように見えます。

 官邸関係者X:「安倍総理は心底驚いた様子で、情報源の確認を指示しました」
 → 総理大臣も発表のことは知らなかったのか。ちょっと問題ではないか? ところが、このニュースが事前に知らされなかったことに不満をいう政府関係者が一人もいないのは何故だろう? 総理は事前に知っていたのでは? 「皇室会議に諮るべき」とか、なんとかかんとか、漏れてこないのは不思議。天皇に関することとなると、どなたも未だに自由に物がいいにくくなるようですね。
 このことは翔年が一番危惧するところです。

  

時系列から何かを読み解こうとして

「分かった事」

1. 「生前退位」は天皇の強い「ご意向」である。

2. 天皇は現在の「国民の象徴としての天皇制」を次世代にスムーズに引継ぎたいと思っている。

3. だから、自分の健康上の理由で公務をだんだん縮小するようなことは避けたい気持ちがある。(加齢とともに公務を次々に縮小していたら、ついには次世代に引き継ぐものがなくなってしまう)

4. 天皇家と宮内庁幹部でそのご意向は共有され、内部で秘密裏にいろいろな検討が行われている。

5. 国民の反発をまねかないような発表ストーリーを考え、NHKにゴーサインを出した黒幕がいるはず。

6. NHKはこの黒幕と通じている。


「分からない事」

1. 天皇のご意向を受けて意図的に「生前退位」をリークしているのは誰?

2. この件は限られたごく少数が関与している。その黒幕は誰?

3. この時期にNHKにゴーサイン出した意図は? 



 読者のみなさん、他に何か気づかれたことがありましたでしょうか? ありましたら是非、教えていただきたいと思います。



 翔年は天皇の「生前退位」問題は単にこれだけに限って処理してはならないと考えています。ですから、皇室典範をこちょこちょっと修正して事を済ませることには反対です。

 現憲法の第一条〜第八条は天皇と皇室の事が書いてあるのですから、国民は九条論議の前に、もう一度天皇制を含め、この国のあり方について憲法を読んで、ジックリ考えることが必要であると思っています。


 そういう観点から、翔年はあと二つ、「天皇陵の謎」(宮内庁管理下にあって歴史を隠蔽している)という事実と「日本国憲法のここがヘン」(時代に合わない)を書きたいと思います。

 二つとも大きな問題なので、なかなかアップできないと思いますが、何とか努力して今年中にはアップしたいと思っています





どういう風にして年を取っていくかを知ることは、人生の知恵にとって主要な仕事であり、偉大な生き方における最も難しい知識である。
                 -A.アミエル[1821-81](文学者.哲学者)-





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September 07, 2016

ハートストンとアシモフ -好奇心の刺激本、よい勝負?-

nobodyknow

 先日、梅田の紀伊国屋でぶらぶら本棚をのぞきまわっていた時のことです。まったく偶然にこんな本が目にとまりました。

 タイトルは"the Things that Nobody Knows"(誰も知らないこと)
サブタイトルは”501 misteries of Life, the Universe and Everything"(人生、宇宙、その他なんでも不思議なこと)とあるので、手に取ってページを繰ると、もう好奇心に勝てませんでした。(笑) 
 
 この手の本は1ページから順に読む必要はありません。501項目は完全に独立した読み物なので、どこから読んでも楽しめるのがこういう本の大きな魅力でもあります。

 例えば、大項目の”Hair(毛)"には、
”Why does the hair on our heads grow so long?"(何故我々の頭の上の髪の毛はこれほど長く伸びるのか?) という小項目と、 
"Why do we have pubic hair?"(何故我々には陰毛があるのか?)と言う、とても興味深い小項目が二つ並んでいます。

 著者は商売がうまい。ひっかけられたかも分かりません。 
 なぜって、作者は後者の回答に3つの理由しか挙げていませんが、翔年はもう一つ、別の理由を挙げることが出来ますから。いずれ適当な時を選んで書きましょう。(笑)

 買った本を早く読みたくて急いで帰宅し、辞書をたよりに数項目を読みました。その時、「待てよ、これならついでに類似本のアシモフも読んでみようかな?」と思いました そしてAmazonで衝動買いしました。



asimov'sbook

"Isaac Asimov's book of Facts"(アイザック・アシモフの事実の本)
副題は "3,000 of the Most Interesting, Entertaining, Fascinating, Unbelievable, unusual, and Fantastic Facts."(最も興味深く、面白く、うっとりさせて、信じられないような、稀な、空想的な3,000項目の事実)です。

 この本はかつて「アシモフの雑学コレクション」星 新一編訳で読んでいるつもりだったのですが、この機会に読み比べてみると、どうも翻訳本とは違う感じです。よく見たら星さんのあとがきに、「(前略)文章は直訳ではない。また、西洋史がらみで、日本人に縁のないもの、アメリカの地理など親しみにくいものは、省いた」と断り書きを見つけました。納得。

 と云うわけで、今回初めて原著者の文章に直接ふれて見たいと思います。


 事実は数多く知れば知るほど興味は増すもの。この2冊はゆっくり楽しみながらの読了を目指します。




"退屈の治療には好奇心が必要だ。ちなみに、好奇心を治す薬はない。(The cure for boredom is curiosity. There is no cure for curiosity. -Dorothy Parker-)







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September 05, 2016

ビブリオバトル -読書の甲子園?

(クリックして拡大すれば読めます)
bibliobattle

 今日の読売新聞のコラム「地球を読む」に『ビブリオバトル』が載った。筆者の山崎正和氏によると、これは「読書の甲子園」みたいなものだから、普及することに意義があるという。そしてこのビブリオバトル(Bibliobattle)を義務教育に取り入れることを提案しておられる。

 確かに、わが国の文芸には「講」とか「座」とか言って、仲間が寄り集まってお互いに楽しみながら、切磋琢磨しあって、お互いが高め合う伝統文化がある。コミュニケーション文芸?とでも呼ぶべきか。

 ビブリオバトルの公式ルールはたった四つです。
1 発表参加者が読んで面白いと思った本を持って集まる.順番に一人5分間で本を紹介する.

2 それぞれの発表の後に参加者全員でその発表に関するディスカッションを2〜3分行う.

3 全ての発表が終了した後に「どの本が一番読みたくなったか?」を基準とした投票を参加者全員で行い,

4 最多票を集めたものを『チャンプ本』とする.




bibliobattle2


 山崎氏の慧眼に留まったからには、これは面白い文芸活動になるに違いない。最近は若者たちの間に、活字文化を疎んじる風潮が蔓延しているのを翔年は危惧していたが、この運動をきっかけに、読書人が倍増することを期待してやみません。

 関心のあるかたはビブリオバトルの公式ウエッブサイト をご覧ください。





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September 03, 2016

スイスイ論語(5) -君子は其の言の其の行に過ぐるを恥ず-

読売新聞(9/3夕刊)の「スイスイ論語」(クリックして拡大すれば読めます)
スイスイ論語5

 本日の安岡定子さんの「スイスイ論語」は憲問第十四より選ばれたこの言葉です。

君子は其の言の其の行に過ぐるを恥ず。(憲問十四より)

「金谷 治先生の訳」
君子は、自分の言葉が実践よりも以上になることを恥じとする。

※この言葉は我が国に伝わった古い本では定子さんの読み方になっているので、上の訳もすなおにその通りになっています。
ところが、新注といわれる本ではちょっと違っている。どう違うかについては、諸橋轍次、吉川幸次郎、金谷治の三先生とも、同じことを指摘されているのでちょっと触れておきます。


(古注) 君子恥其言過其行也
(新注) 君子恥其言過其行也
上のように「之」と「而」の違いによって、ニュアンスが違ってくる。
諸橋轍次先生は新注に基づいた訳として
君子は自分の言葉に実行が伴わぬことを恥じて言葉を慎み、言葉以上の実践躬行するよう努める。
と言っておられる。

どちらが正しいとかいう問題ではないし、意味するところは同じですが、翔年は諸橋先生の訳の方がより含蓄が深くて、君子らしいと言葉だと思っています。

閑話休題。

論語は全部で二十編ある。各編それぞれその編の最初に出てくる二字或いは三字をとって編名としています。昔は一編ごとに一つの巻物としていたから、その編の順序を示すために第一、第二という言葉を付したらしいですね。



 参考までに論語の全編名を読み仮名付きで記して、これまでの「スイスイ論語」がどの編からピックアップされたかを示しておきます。
 今のところ、定子さんがどのような意図で各編からピックアップされたのか分かりませんが、いずれご本人から明らかにされることでしょう。

 翔年としては、出来るだけ長く続けていただきたいと思っています。何故かといいますと、若い時は「論語」と聞いただけで、「古臭い」という思いが強くて敬遠しますが、社会に出て20年ぐらい過ぎて、よく言えば人生のベテランと言われる年になると、論語の一語一語が心に沁みてくるように思うからです。今まで、敬して遠ざけていた方も、一度論語を紐解いていただきたいと思っています。

学而(ガクジ)第一
為政(イセイ)第二 (スイスイ論語2と3)
八佾(ハチイツ)第三
理仁(リジン)第四
公冶長(コウヤチョウ)第五
擁也(ヨウヤ)第六
述而(ジュツジ)第七
泰伯(タイハク)第八
子罕(シカン)第九
郷党(キョウトウ)第十
先進(センシン)第十一
顔淵(ガンエン)第十二
子路(しろ)第十三
憲問(ケンモン)第十四 (スイスイ論語5)
衛霊公(エイレイコウ)第十五 (スイスイ論語4)
季氏(キシ)第十六
陽貨(ヨウカ)第十七 (スイスイ論語1)
微子(ビシ)第十八
子帳(シチョウ)第十九
堯曰(ギョウエツ)第二十




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August 25, 2016

映画「トランボ (ハリウッドに最も嫌われた男)」

 見たい観たいと思いながら機会がもてなかった映画「トランボ」を、やっと21日に観た。 こういう言い方をしては、ハリウッド関係者に失礼かもしれないけど、ハリウッド映画にしては思想的な出来事を描いてよくできた映画だった。
セックスも暴力もなしでした。(笑)


トランボ

 ソ連との冷戦下にあった1947年、アメリカに吹き荒れていた「赤狩り」(世にいうマッカーシー旋風)の矛先がハリウッドにも向けられてきた頃の実話です。翔年は「赤狩り」は知っていましたが、それがハリウッドにまで及んで、こんなに酷いことになっていたとは露知りませんでした。

 今にして思えば、当時のハリウッド映画はほとんどが娯楽作品、対してフランス映画やイタリア映画は社会の矛盾を描いた優秀な映画があったので、レベルが上という認識が若者の間には定着してました。「赤狩り」の所為だったんでしょうね。そうに違いありません。


閑話休題。
 脚本家のダルトン・トランボがその赤狩りの標的にされた。そして「下院非米活動委員会」に呼び出され公聴会で証言を求められた。

「イエス、ノーで答えよ。」
「”イエス”か”ノー”で答えるのはバカか奴隷だ。」 
 
 こう言って証言を拒んだトランボは、「議会侮辱罪」という罪を着せられてしまう。そして国家への反逆者のレッテルを貼られてしまい、ブラックリストに載せられた人気脚本家は1950年に投獄されるに至ります。

 翌年出所はしたものの、彼の立場は公に活動できなくなってしまっていた。アメリカらしからぬ排除の論議が蔓延っていた。思想信条の自由を大事にする現代の感覚で見れば「無実の罪」をきせられたとしか思えません。映画には描かれていませんが、1952年には、あのチャップリンも同じような嫌疑で米国への再入国を拒否されています。そういう時代だったのです。これはハリウッドの汚点であり、アメリカ史の大汚点でもあります。

 このような嫌疑をかけられたのはトランボ一人にとどまらず、最初の標的となった監督と脚本家の10人は特別に「ハリウッドテン」と呼ばれ、理不尽な弾圧によってキャリアを失い、人生を破滅させられていったのです。
 
 「愛国」という言葉で大衆を煽り、「非国民」という言葉をかぶせて他者を排除する息苦しい社会はどの国でも経験していることです。そうなる危険性は現代社会にもあるように見えます。




人間関係相関図(クリックを2回して最大化すれば、歴史の中で誰がどんな役割を果たしたか、人名が読めます)
トランボ2

 面白いことに、この赤狩りをする「非米活動委員会」を支持する立場の映画人として、ジョン・ウェインやロナルド・レーガン(後の大統領)、エリア・カザン(監督)が実名で出てきます。(史実だから、大スターも大統領もしかたないでしょう。)

 赤狩りに協力した者、抵抗した者、主義主張を変えた者、仲間を裏切った者、政治に無関心で、金儲けしか目がない男の行為が、結果的にトランボを助けることになる人生の皮肉など、ハリウッドの内幕がビビッドに描かれていて、興味がつきませんでした。

 出獄後、愛する妻や子供たちの生活を守るために、いくつもの偽名を使い分けて密かに脚本を書き続け、不屈の戦いを繰り広げたトランボは、ついに「ローマの休日」と「黒い牡牛」で偽名のままオスカー賞をとる。その苦難の過程で、家族愛、家族の絆、夫婦愛、友情など、見どころはたっぷりありますが、それは見てのお楽しみということで…。(笑)

 一言付け加えるなら、この映画は被害者と加害者とを単純に区分けして描いていません。これが素晴らしいと思いました。時代の荒波の中で、それぞれが如何に懸命に生きたかを、善悪をこえた視点でみごとに描いており、出色の出来栄えでした。多様な見方を示すことで、見る者の心に生きるための何か大切なものを残してくれたことは間違いありません。







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August 21, 2016

スイスイ論語(4) -過ちて改めざる、是を過ちと謂う-

クリックして拡大すれば読めます。(読売夕刊 8/6)
スイスイ論語4

 アメリカ滞在中の8月6日の読売夕刊に安岡定子さんの「スイスイ論語」が掲載されました。(アップが遅れましたことをお詫びします)

子曰く、過ちて改めざる、是を過ちと謂う。

 諸橋鐵次先生の解説です。

孔子言う、人には、何人と雖も過ちのない者はないが、それを過ちと気付いて改めて行く事に依って、結局過ちなき姿に戻るのである。然るに過ちを犯しながら、その犯した過ちを改めないでおれば、それが真の過ちになるのであるから、これを過ちというのである。

 
 過ちに関連するこんな孔子の言葉があります。

子曰く、人の過ちは、各(オノオノ)其の党に於いてす。過ちを観ては斯(ココ)に仁をしる。

 諸橋先生の解説
 孔子言う、人の過失は、大体その人の性情に近いか或いは性情に類する方面にあらわれて来るものである。情け深い人は、情けのあり過ぎる点において過失を犯し、人情の薄い人は、人情のうすい点において過失を犯す。従って、人に過失を観察すると、その人の徳性の如何を知ることができる。
 この章は、人を観る方法を論じたものであろうし、又過失によって直ちにその人を捨て去ることを戒めた教えであろう。

→ 一般に世の中では「情け深い人」は善人で好まれるが、孔子は「情け深い人は情けのあり過ぎる点において過ちを犯す」とい言っています。また過ちの質をよく見よと。人間通でかつリアリストの孔子ですね。


党=仲間、同類のこと
仁を知る=仁とはその人の徳性というほどの意


本棚の論語本たち
本棚の論語
 論語は奥の深い書物です。生半可な読み方では不十分な理解にとどまってしまう恐れがあります。翔年が感銘を受け今も大事にしているを本を書きとどめておきます。

諸橋鐵次著 「論語の講義」大修館書店刊 
→ 論語の本の中で一番信頼を於いています。名著と思います。

吉川幸次郎監修 「論語 上、中、下」 朝日文庫刊 
→ 学術的に広範囲に論語の解釈が網羅されています。疑問が湧いたらこの本を見るにかぎります。

金谷治訳注 「論語」 岩波文庫刊 
→ 一冊によくまとめられているので、持ち歩きに便利です。




伊与田先生浄書の「仮名論語」
仮名論語

伊与田寛 浄書 「仮名論語」 成人教学研修所発行 
→ 翔年が初めて論語にふれた書です。四條畷市の成人教学研修所所長であった伊与田先生にこの本で学びました。先生が心をこめて浄書された書です。解説はありません。すべての漢字に仮名がふってあるので素読に適してます。

安岡正篤著 「論語の活学」 プレジデント社刊
→ 著者は安岡定子さんの祖父にあたり、「師友会」を設立し、政財界のリーダーの啓発・教化に努められた先生で、論語の活用を説かれています。

山本七平著 「論語の読み方」 祥伝社刊
→ 著者独特の論語の解釈が随所にでてくる。読み物として面白い。

井上靖著 「孔子」 新潮社刊
→ 孔子の弟子から見た孔子像を描いた小説です。たいへん親しみやすく読みやすい。

下村胡人著 「論語物語」 講談社学術文庫
→ 論語の心を著者が物語として描いたものです。


 

「スイスイ論語」の次回は9月3日の読売夕刊に掲載予定です。おたのしみに。
 




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August 17, 2016

今年の国際囲碁大会 -ジャパン・コングレス、ライフ子供、US Congress-

 今年の夏、翔年は三つの囲碁国際大会に出場する機会を得たので結構忙しかった。続いて休む間もなく、ブラジルのリオで行われているオリンピックでの日本選手の活躍振りが、連日24時間放映されており、そちらの観戦も目が離せません。
 その上、時差ボケに寝不足が重なって、自分でも頭がどうかならないかちょっと心配です。(笑)
 
 そんな訳で、とりあえず簡単な写真で記録を残しておきます。
 

 まず、7月15日~18日、「第一回ジャパン碁コングレス in 箕面」でした。


左から大会場、メキシコのキンテーロ氏、箕面市議会議長の石倉さんといろいろお世話いただいた関西棋院の岡橋さん、お二人とも笑顔が素晴らしい。
ジャパン碁コングレスin 宝塚Quintero石倉議長&岡橋



 次は、7月26日〜27日、「第3回ライフ国際子ども囲碁大会」が大阪市舞洲会場で9か国の子供たちを集めて盛大に行われた。

 翔年は「おじいちゃんをやっつけろ」というイベントに出席した。対局が終わってから、9か国の子供たちとバーベキュー料理をつっつきながら、手振り身振りでたのしい交流をしました。


左、対戦した女の子、1勝1敗、 右、この子も勝ったらしい。この日はおじいちゃん達の災難の日でした。(笑)
おじいちゃんをじいちゃん



 三番目は7月30日〜8月7日、マサチューセッツ州ボストンで開かれた「The 32nd US Go Congress in Boston(第32回全米囲碁選手権大会)」です。事務局の発表によれば今年は参加者が650人を超えていたそうです。
 
世界中から集まった囲碁愛好者がボストン大学のドミトリーに宿泊して、1週間囲碁漬けの生活を送るわけですから、楽しくないはずはありません。


左から、対局会場、対局者の中国の坊やは強かった(中押し負け)、アメリカ人(2.5目負け)、大会の最終成績は2勝4敗でした。
対局開始前9歳のぼ〜やお互い大満足


左から、成績発表の後のサヨナラパーティ、市内を流れるチャールズ川の眺め、この川を渡って徒歩30分でMIT Museumへいきました。
サヨナラパーティチャールズ川の眺め





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July 22, 2016

続アインシュタインに学ぶ -ユーモア&ウイット-

einstein2
 「ジャパン碁コングレスin 宝塚」(7/15-7/18)で久しぶりに多くの碁友と旧交を温めることができた。古い碁友の中に「もの言う翔年」の読者がいらっしゃるのを知ったことは、これまた意外で、望外の喜びでした。
 
アインシュタイン博士の名言にユーモア溢れるものがあるという話題に花が咲きましたので、それらを拾い集めてみることにしました。



 博士はアメリカ亡命後もドイツ語訛りがとれず、英語がなかなか上達しなかったそうです。右の舌を出している博士の有名な写真は、大学の講義で英単語のスペルミスを学生に指摘された時に撮影されたものだそうです。博士のお人柄の一端が浮かんできますね。

 もう一つ。博士は研究には熱心でしたが、私生活では面倒くさがりで、洗濯用石鹸で顔を洗い、雑巾で顔を拭き、灰皿に食事を盛りつけるなど常識外れの一面があった。いつも髪の毛はくしゃくしゃで、足の裏からの過度の発汗のために靴下を履くのを極度に嫌われたそうです。
※ このエピソードは弓場隆訳「アインシュタインの言葉」(デスカヴァー・トゥエンティワン刊)を参考にしました。



 まずは「物理学ネタ」からはじめましょうか。

人々が恋に落ちるのは重力のせいではありません。(Gravitation is not responsible for people falling in love.)

→ 日本語では「恋」は人間が能動的に「する」ものですが、英語表現では人間は「恋」になぜか意図せずとも「落ちる」ものなのです。物理学で万物が落ちるのは「重力」があるからと教えられるのは世界共通ですから、物理の時間に先生がこういう冗談を若い学生に言ったら、きっとうけたに違いありません。(笑)

 その上、私生活でも博士は「落ちやすい体質」であったという節も随所に見受けられるのでなおさらです。因みに最初に落ちたのは学生の時に知り合ったハンガリー出身の3歳年上の女性で、母親の大反対を押し切って23歳の時に結婚されています。

 それに言わずもがななのに、最初の奥さんと二度目の奥さんを比べてこんなことを言って笑いをふりまいています。

前の妻は科学が理解できたが、今度の妻は科学が理解できないので助かる。

→ その助かった二番目の奥さんが死去された後、別の女性と交際していたといいます。



可愛い女の子と一時間一緒にいると、一分しか経っていないように思える。熱いストーブの上に一分座らせられたら、どんな一時間よりも長いはずだ。
相対性とはそれである。

(When a man sits with a pretty girl for an hour, it seems like a minute. But let him sit on a hot stove for a minute - and it's longer than any hour.That's relativity.)

→ 普通の人には理解が難しい特殊相対性理論と一般相対性理論を構築された博士の言葉だけに、このウイットに味わいが出てますね。



 次は「結婚」、「常識」、「失敗」、「自責の念」、「ユーモア」などについての博士一流のジョークを並べます。

ある偶然の出来事を維持しようとする不幸な試みを結婚という。

→ いかがですか? 反論のある方はコメントをお願いします。


異教徒どうしの結婚は危険です。いや、よく考えれば、どんな結婚でも危険です。

→ 博士は別のあるところでこうこぼしている。家庭をあずかる奥さんは家具や散らかっている物を片づけることに意を注いでいるので、「旅行に行ったとき博士を片づけたがるので困る」と。どうやら博士にとって構われたり、細やかな愛情を注がれたりするのは迷惑で、自由放任の結婚生活に憧れがあったらしい?


結婚に際して、女性は男性が変わることを期待していますが、男性は女性が変わらないことを期待しています。両者が失望するのは当然です。

→ 博士も我々と同じように経験からいろいろ学ばれているらしいです。(笑)



常識とは十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。

→ いつも自分のあたまで物事の根本から考える博士のような自由人にして言える言葉だと思います。


間違いを犯したことのない人というのは、何も新しいことをしていない人のことだ。

→ 我が国のサラリーマンの定年退職挨拶の常套句は「お陰様で大過なく……」ですね。博士のようなクリエイターからみたら、間違いを犯さなかったということは、何の挑戦もしなかった無能者の恥ずかしい挨拶に見えるでしょう。


どうして自分を責めるんですか?他人がちゃんと必要な時に責めてくれるんだからいいじゃないですか。

→ 確かに、近年の傾向として、やけに他人を攻撃する人が増えているように思えますが、どうでしょうか?


唯一の救いは、ユーモアのセンスだけだ。これは、呼吸を続ける限りはなくさないようにしよう。

→ 博士はべつのところで「自分と相手とを真剣に受け取らないように心がけている」と発言されている。確かに巧みなユーモアやウイットは人間関係の衝突や軋みを巧みに緩和する技術だと思う。「唯一の救いは…」とおっしゃっているところを見ると、博士の敏感かつ繊細な心には人間関係で耐えられないものが数多くあったのではないかと推察できます。


わたしは医者に手伝ってもらわなくても死ぬことができます。

→ これだけは博士と全く同じ考えです。翔年が日本尊厳死協会に入っているのはそのためです。医者に無用な延命措置をしてもらいたくありませんから。




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July 09, 2016

アインシュタイン博士に学ぶ(3) -人類社会の問題解決にむけて-

アインシュタイン博士

 これまで2回のエントリーで、尊敬するアインシュタイン博士の数々の名言を学んできました。そして今回が最後です。大きな示唆を含んだ預言であると思います。


もしユダヤ教から預言者たちを排除し、イエス・キリストが教えた本来のキリスト教から弟子たちの教えを排除するなら人類のすべての社会問題を解決できる教えが残るでしょう。



→ これを読んで、ハッとしました。 翔年は昔から無神論者なので、宗教的な気づきではありません。
 あぶない「一神教」やら「何やら教」を離れて、「世界中のあらゆる人たちが共感できる人類社会の諸問題を解決するために必要な共通の規範があるのではないか」ということです。




修身のすすめ
 思い当たるところがあって、34年前に読んだ竹内均先生著「『修身』のすすめ」講談社刊を本棚から引っ張り出してきました。(笑) 竹内先生は地球物理学の世界的権威で東大教授でした。また、科学雑誌「ニュートン」の創刊者であり、科学啓蒙家としても有名だった方です。

 竹内先生は「あらゆる倫理や法律の基本となる教え」はキリスト教では「黄金律」と言う。これが「世界の三聖人」の言葉の中にあると書いておられます。さすが、三聖人様! 竹内先生様!


何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。   -キリスト-


そのように他人にとってもそれぞれの自己が愛しいのである。それゆえに、自分のために他人を害してはならない。   -釈尊-


己の欲せざるところを人にほどこすことなかれ。   -孔子-



→ これは誰にでもよくわかる教えですね。神や仏を信じなくても、大人は子供たちに教え諭すことが可能です。
 しかしながら、この黄金律はよくよく読んでみると、凡人にはなかなか守りにくい。とくにキリストの教えは翔年には無理。(笑) それを見越してか、竹内先生はこんな提案をされています。

福沢諭吉の「人生訓」、サミュエル・スマイルズ著、中村正直著「西国立志編」、「フランクリンの十三徳」および内村鑑三の「代表的日本人」を参照して、私は私たち凡人の守るべき徳目として

「勤勉・貯蓄」、 「正直・中庸」、 「感謝・報恩」

を数えあげたい。
いずれもすこぶるクラシックな感じのする徳目である。しかし、これらはいずれも、神がかったところや、ある宗教にかたよるといったところがない。



→ 先生が自賛されているとおり、これなら自分に適したやり方でなんとか実行できそうです。翔年はこの徳目を大人たちが実行するとともに、次世代の子供たちに伝えて行く事が大切と思います。


人と生れ、自分自身や一家や国の平和や幸福を望まないものはいないはずである。それを得る方法はただ一つしかない。それは勤勉、正直、感謝から始まる修身の実行である。私自身の経験、これまでの人生で私の見てきた個人、家、会社などの団体、社会さらには世界の動き、これまでに私の読んだ古今東西の国々の歴史にかんがみて、私はこのことだけは確信をもっていう事ができる。
 栄えるものには栄えるだけの原因があり、滅びるものには滅びるだけの原因がある。その原因はただ一つ、修身を実行するか否かだけである。


→ 先生はこの修身は経済問題とも深くかかわっているとおっしゃる。鈴木正三や石田梅岩や、カルビンやアダム・スミスが言ったことは正しいと。
 そして自然科学者らしく、それはチャールズ・ダーウィンの進化論における「適者生存」の原理にかなっていると。

 本の「まえがき」を竹内先生は次の言葉で結ばれています。
この本をよんだみなさんが、ほんのすこしでも私に共鳴して下さるとしたら、私の喜びこれにすぎるものはない。(昭和56年 初秋) 



→ 先生に共鳴して下さった方は、この修身を実行に移しつつ、是非ご家族や仲間たちとこのことをよく話し合ってください。今の世がちょっとでもよくなるために……。そうすることで、世界中から、憎しみによる殺し合いや争いが減るはずです。

 かつてアインシュタイン博士が日本を賞賛してくださったように、世界中の心ある人々から多くの賛同を得られるに違いありません。
 読者のみなさん! 微力ながら先生に代わりよろしくお願いしたします。


 
 
   
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July 07, 2016

アインシュタイン博士に学ぶ(2) -真摯な平和主義者-

「ひとはなぜ戦争をするのか」 (アインシュタインとフロイトの手紙) 講談社学術文庫
なぜ戦争をするのか

 1932年7月30日 A・アインシュタイン ⇒ S・フロイトへの手紙(書き出しのごく一部です)
「(前略)国際連盟の国際知的協力機関から提案があり、誰でも好きな方を選び、いまの文明でもっとも大切と思える問いについて意見を交換できることになりました。(中略)

『人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?』 

これが私が選んだテーマです。」


→ お二人は天才物理学者と天才心理学者で、かつともに平和主義者です。それにドイツ語圏に住むユダヤ人で、やがて第二次世界大戦がはじまる時期ですから、二人にとっては勿論、世界中の人類にとっても切迫した大問題だったと思われます。(お二人はこの後、ナチスの家宅捜索を受けたりし、最後にはアメリカと英国にやむなく避難されました)

 このエントリーでは長文の手紙は割愛して、アインシュタイン博士がが戦争と平和について、さまざまな時期に述べられた言葉から、真の平和主義者の立場を学びたいと思います。

 なぜなら、現在の地球上は紛争の絶えない状態が続いており、それを解決するのに非常に大きな困難が横たわっているからです。IS国のテロ、戦後の国境線を力で変更を企てている独裁政権の中国の覇権主義、何を目的としているのか理解不能な北朝鮮の政治的不安定など。世界はこれらに対抗する手段を探しあぐねている状態です。国連も有効な機能を発揮できていません。これらの国の暴挙を決して許してはなりませんが、今のところ、関係国の集団的自衛以外、これらの暴力行為を防ぐ有効な手立てはありません。




 わが国内には、未だに米ソの冷戦時代に唱えられた一国平和主義の論調が数多く見られます。明らかに時代は大きく変化しているのに、ピントのズレた議論に終始しているわけにはいきません。とにかく、アインシュタインの戦う平和主義から、何かを学びたいと思います。

 引用文は主に"Einstein's Voice" (弓場隆訳)によりましたが、他の名言集や多くのWebsiteにもお世話になりました。この場をかりてあつく御礼申し上げます。

einsteinvoice


わたしは以前とおなじように熱心な平和主義者です。
しかし、ヨーロッパで兵役拒否をふたたび提唱するためには、攻撃的な独裁政権が民主主義国家に脅威を及ぼさなくなることが絶対条件です。
1920年代には独裁政権は存在していなかったので、わたしは、「兵役を拒否すれば戦争を回避できる」と提言しました。
しかし、いくつかの国に威圧的な状況が現れたとき、もし多くの人が兵役を拒否すれば、攻撃的な国がそうでない国より優位に立つことを直感しました。
        (1941年12月30日、NY Times紙インタビューより)
-A・アインシュタイン-(以下の引用はすべてアインシュタイン博士の言葉です)

→ 世界情勢の危機を読み取って、熱心な平和主義者は、この時から闘う平和主義者の道を一歩踏み出されたのでした。


わたしはガンジーの見解にはほぼ全面的に賛成です。しかし、もし自分や自分の家族を殺したり、生活をおびやかしたりする動きがあれば、暴力に訴えてでも抵抗するつもりです。
        

→ 博士はガンジーが「無抵抗主義」ではないことを、十分理解してこのコメントを出されいると思います。
自分の家族が危害を加えられるのを黙って見過ごすことは、人間性に反することですから、耐えられないのは当たり前のこと。弱腰の無抵抗ではなく、凛とした積極的非服従主義と理解します。


原爆製造に関して私が果たした役割は、ルーズベルト大統領に原爆製造の可能性を調べる大規模実験の必要性を訴える書簡に署名したことです。
わたくしは、もしこの試みが成功したら人類に大きな危険が迫ることを十分に認識していました。
しかし、ドイツが原爆製造に取り組んでいて成功する可能性があることを知り、ついに踏み切ったのです。
わたしは徹底した平和主義者でしたが、それ以外に打つ手はありませんでした。
        
→ どうしても強力な武器をナチスドイツよりも先に、連合国のアメリカが手に入れなければならないと考えられたのでしょう。この爆弾は戦争の抑止力としての価値も非常に大きいものですから。 
 まさか、原爆が博士の愛する日本に二つも落とされることになろうとは、この時、博士は夢にも考えられなかったに違いありません。


私は平和主義者であるだけでなく軍事的な平和主義者ですから、平和のためなら喜んで戦うつもりです。
戦争という自分にとって不本意な状況に苦しむより、平和という自分の信念のために死ぬほうがいいではありませんか。
        

→ 筋金入りの平和主義者! 拍手!
 

偉大な文化を持つ小国が、正義を侮辱する勢力によって破壊されるのをじっと見ているのは、大国にふさわしい態度ではありません。


→ 十分な武器を持たず、独立自尊の精神が乏しい小国日本は、米国の核兵器の抑止力によって守られています。二重の歴史の皮肉です。


世界中の人々の理解を深める以外に原子力をコントロールする方法はありません。わたしたち科学者は、原子力エネルギーに対する人々の理解と社会への応用を促進する重大な責任を担っていることを認識すべきです。そうすることによってのみ、わたしたちは安全と希望が実現できます。


→ これは理解力不足から無用な核アレルギー反応をおこしやすい大衆にたいして、科学者として冷静な正論だと思います。


知識に基づかない信念は迷信にすぎず、したがって排除すべきです。


→ これだけ明確に知識が判断の基であることを表明されたら、気持ちがいいです。 図に乗って嫌なことを言うようですが、最近のTVや新聞で原子力発電の安全性や放射能の危険度合いなどを声高に語っている人たちは、「自分の理解できない事項についてはなんでもけなす」傾向があると見ています。加えて、大声を張り上げたり、激烈な言葉を使ったりして、自分の論拠のなさを覆い隠そうとしている傾向の人も見かけますね。(笑)





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July 02, 2016

スイスイ論語(3) -温故而知新-

クリックすれば拡大して読めます。 (読売夕刊07/02)
スイスイ論語3

 今日の読売夕刊に「こども論語塾」の安岡定子さんの「スイスイ論語」の三回目が掲載されました。


 子曰(シイワ)く、故(フル)きを温(ダヅ)ねて新しきを知れば、以って師と為す可(ベ)し。 

            
 以下は、諸橋鐵次先生の『温故而知新」のゆきとどいた解説です。(安岡さんの解釈と若干違います)

 孔子言う、昔得た知識を再びよく考えたずねて、そこから新しい知識を導き出し、古い事実を尋ね極めて、そこから現在将来の新しい道を導き知ることの出来る人であれば、その人を師として仰いでもよろしい。




論語の講義


 人には古きをたずねる傾向の人と、新しきを知る傾向の人とがある。前者はとかく伝統にかかわって頑固に陥りやすく、後者はややもすると新奇にはせて時流を追いがちである。
 
 由来、人間の思想でも社会の事項でも、前と後ろとは一連のものであり、過去と未来とは連続したものである。

 従って、古きをだずねる人は古きに捉われてそれにのみ止まるべきでなく、それによって新しきを知る工夫を凝らさねばならぬ。

 又、新しきを知る人は、その新しさが古きに根ざすことに思いをいたし、過去をたずねることを怠ってはならない。

 このことは一個人についても、また殊に現下国民の思想生活についても重要な点であると思う。温故と知新との間に「而」という字を入れて、温故が知新の原因となり、知新が温故の条件であることを示す点に注意すべきである。


1. 温は尋であって、たずねる意。
2. 師とは、もちろん人の模範となる者の意であるが、当時は卿大夫或いは士の身分の者が退官後、郷里に帰って上師・下師の任に就くことがあった。従って、ここでは真にその上師たり、下師たる資格のある人という意味に用いたのであろう。


 次回の新聞掲載は8月6日の予定です。が、翔年はその頃、ボストンで行われる"US Go Congress 2016"に行っております。「スイスイ論語」(3)がアップできるのは10日ぐらいになると思います。悪しからず。




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June 26, 2016

アインシュタイン博士に学ぶ (1) -日本絶賛の巻-

 アインシュタイン博士(1879-1955)が初めて来日されたのは1922年(大正11年)のことでした。その1週間前の航海中の船上で、「一般性相対理論」によってノーベル物理学賞授賞の知らせを受け取られた時の言葉は

 『もし私が日本という国を自分自身で見ることのできるこのチャンスを逃がしたならば、後悔してもしきれないというほかありません』

でした。


 そして初来日、わが国をご自分の目で見、さまざまな体験をされて、率直なべた褒め言葉をあちこちで連発されました。それが、博士の胸のうちから溢れ出ているので、現代の日本人はちょっと気恥ずかしくなりますよ。(笑)

 まぁ、博士の言葉をじっくり聞きましょうか。

アインシュタイン博士


〇 近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。
   → 明治維新後、西欧文明を必死に猛スピードで取り入れましたが、技術などの「物」は西欧化しても、心は日本人でいるという難しいスタンスを成功させていたからです。キーワードは「和魂洋才」でした。


〇 日本人は、これまで知り合ったどの国の人よりも、うわべだけでなく、すべての物事に対して物静かで、控えめで、知的で、芸術好きで、思いやりがあってひじょうに感じがよい人たちです。
   → 当時の日本人はE・アランの「国によって慣習は異なる。しかし、表情をくずさぬことが、すべての国に共通の礼節の第一法則なのである。まして、予想もできない激しい感情の動きをあらわすことは、どこにおいても無作法である。」という言葉を期せずして体得していたようですね。



〇 日本人以外にこれほど純粋な人間の心を持つ人はどこにもいない。この国を愛し、尊敬すべきである。
   → 博士はこのように、明治から大正時代の日本人を高く評価していたのでした。


 それが戦後、博士の表現はこのように希望的表現に変わっています。
〇 以前に日本人が持っていた、生活の芸術化、個人に必要な謙虚さと質素さ、日本人の純粋で静かな心、それらのすべてを純粋に保って、忘れずにいてほしい。
   → 博士、ありがとうございます。 次回は世界の平和について、あなたのお考えを教えてください。

 次回は平和主義者の博士の叡智に学びたいと考えています。




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Posted by mtmt0414 at 21:28Comments(0)TrackBack(0)Culture & Education

大きな想定ミス二つ  -英国EU離脱とソフトバンクの後継者-

 「将来予測をするのが好きだ」と言ったら、「大口をたたくのはよせ!」とお叱りを受けるかもしれません。が、実際好きなのです。

 それで、このBlogでも、たまに大きな「地球環境問題」、「エネルギー問題」、「食糧問題」や政治課題、「マスコミ批判」や「人物評」など、非力を顧みず臆せず書いてきました。

 ところが、今回は大きな判断ミスを犯しました。それは詳細に検討して判断するまでもないと判断していたからです。(笑) 年のせいにはまだしたくありません。



EU離脱?

第一のミス: 英国のEU離脱
 英国のEU離脱の投票結果をミスりました。 本来、EUは二度の世界大戦を経験したヨーロッパ諸国が「国の枠を超えて戦争を起こさないように、できるだけ域内のヒト、モノ、カネをうまく経済運用しよう、できれば通貨も一つにしよう」として構築されています。翔年は基本的に次の戦争を回避できる素晴らしい人類の英知であると思っています。ただ、現実には理想が非常に高いと考えざるを得ません。国の独立性の制限、文化的背景の差異、経済力の強弱など異質な国が集まって、果たしてEU域内をうまく経済運営できるのか、これは人類にとっての大きなテストケースでしょう。リーダー層の相当の努力と叡智が発揮されなければ、いずれ団結はほころびが生じるのではないかとと危惧してます。

 今まで表面に現れたのは、通貨の単一(ユーロ)問題、すなわち経済競争力の弱いギリシャなどの国の財政問題でした。通貨が一つに統一されているので、国の主権である独自の通貨政策がとれません。経済強国のドイツやフランスは現在の通貨レイトは非常に楽、国際競争力では負けるはずがありませんが、経済基盤の弱い国は青息吐息です。
 
 例えば日本では東京や大阪の大都会が稼いだお金が日本政府を通じて沖縄や鳥取に流れますが、EUでは国が違うのでドイツからギリシャにはお金は流れませんから。




イギリスのEU離脱手順

 ところが、イギリスはちょっと違います。イギリスはEUには加盟していますが、統一通貨ではなく、自国通貨のポンドを確保しています。だからイギリスは国としての主権制限や移民問題があるにせよ、国として独自の通貨政策は取れるのだから、残留派が勝つだろうとたかをくくって見ていました。

 あいかわらず、マスコミは連日離脱問題を報道してましたが、離脱だ、残留だ、離脱になったら大変と騒いでいるだけと軽視してました。(データーに基づく分析がほとんど無し)
 それで、23日の朝のWebで、残留派が2ポイントほど優勢という最新情報を確認し、株式市場も寄付きから小幅上昇傾向にあったのを見て、安心して大阪へ出かけました。大甘でした。(笑)

 最近のグローバル潮流の「新帝国主義」(特に中国やロシア)、「各国に芽生えている新ナショナリズム」や「IS国」や「政治的ポピュリズムの蔓延(いい例が米国大統領選、マスコミが加担)」などを軽視していたと反省しています。






ニケシュ退任

第二のミス:ソフトバンクのニケシュ副社長の突然の退任
 ソフトバンクの株主総会が22日にありました。ところがその前日にソフトバンクから、副社長のニケシュ・アローラ氏が突然退任するという情報がもたらされた。それによると、孫社長とニケシュが話し合って決めたという話でした。

 株主総会の第2号議案は二人の再任(取締役は全部で8人)が会社提案としてすでに株主に通知されていたのですから、これは異例中の異例なこと、何かあるのでは?と思いました。

 2014年9月にグーグルの役員だったニケシュを氏を孫社長が後継者候補として迎え入れたばかりでした。もともと、孫さんの経営手腕は抜群でしたが、それだけにワンマンの後継者が育っていなくて不安がありました。特にソフトバンクが米国のスプリント社を傘下におさめて世界一の通信会社を目指すためには、どうしても必要な人材がこの人だったのですから。(世界中に人脈あり、特にインドに強い)

 孫社長は株主総会で自分のわがままだ。やり残した仕事があるので、あと5年〜10年は社長をやりたい…。こう説明したそうです。

 実情は分かりませんが、自分で相応しい後継者を見つけて、他社から引き抜いて高額報酬でもてなし、彼に海外企業の買収など、彼の人脈を使って相当の仕事をさせて、さてこれからという時に、クビにするとは我が儘ではすまないのではないでしょうか?

 悪く考えたくないですが、ニケシュ氏から見たら騙されたとも見えるでしょう。翔年はまだ若い(59歳)孫さんだけど、判断力は大丈夫?と疑念がよぎりました。(笑)

 それでも22日の株主総会は波乱なく終わったそうですし、23日朝がたの株式市場もこの異例ともいえる事件にも平静な受け止めをしているようでした。この辺はどなたも孫社長に抜群の信頼感をお持ちなのはうなずけます。翔年も同じように考えましたが、当面は大丈夫としても、大国際企業への道を踏み出しているソフトバンクにやや疑問符が付きました。    

 ここへきて孫社長にこんな意思決定の乱れがでるとは想像もしていませんでした。かつて故松下幸之助さんも、高齢になってから「朝令暮改」事件がありました。さすが、経営の神様、すぐに風波は収まりましたが…。




蛇足:汚名挽回、といっても過去のはなしです。(笑)
 今回は想定ミスを二つもしましたが、例えば東京都知事関係では下のエントリーで、舛添知事が何のために韓国大統領に会いに行ったのか、この男に何ができる?と人物を見て書いています。
 もし、この時点から、マスコミが東京都知事として韓国大統領とどんな話をし、何をギブ&テイクしたのか? 東京都知事としてその仕事内容はふさわしいものであるのか、きちんと取材で裏付けた見識ある報道をして欲しかったと思います。都議会も取材して評価すれば、今回の事件は防げたと思います。 そういう力のあるクオリティ紙があれば高くても買いたい! 残念ながらわが国にはありません。

(過去データ)
2014/01/19 『おかしな都知事選挙 -話題だけが先行』
2014/07/26 『恥ずべき姿 -舛添東京都知事-』 





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June 19, 2016

京都鉄道博物館 -大人も十分楽しめた!

 小3の鉄道博士?の孫にせがまれて、学校の創立記念日の17日(金)に4月のオープンした「京都交通博物館へ行った。

 蒸気機関車から新幹線まで貴重な車両を50両以上も見ることができた。勿論、見るだけではなく、SLに乗れたし、いろんな体験ができるように工夫されており、大人も十分楽しめた。 

 塩小路は元々機関区のあった場所で、今も在来線とつながっており、引き込み線で展示車両の入れ替えが簡単にできる構造になっていて、また新しい車両をみに来ようという気にさせる博物館だった。

 三階のスカイテラスからは、新幹線も在来線も指呼の間にあって、ジオラマ以上の迫力ある眺望でした。


※クリックすれば拡大して読めます。
京都交通博物館京都交通博物館2京都交通博物館、凛士





シネマの名匠と旅する「駅」

 三階の「図書資料室」は前もって予約が必要で、断念せざるを得なかった。大切な資料が閲覧できるのだろうけど、このルールはちょっといただけない。大不満です。

 次回は来る前に忘れないように予約しよう。実は翔年は中学生のころは鉄道模型ファン(Oゲージ)だったので、どんな関連資料があるのか確かめたかった。

 その代わりと云うわけでもないが、売店で「シネマの巨匠と旅する「駅」臼井幸彦著を買った。
 デヴィッド・リーン監督の「旅情」のラストシーンなど、よくもまぁ調べたものだと感心するほど、映画の中のシーンの駅の実名が明らかにされている。自際に撮影に使われた駅と映画の中の駅とことなるのもあるが、こういう細部に至るまで、著者は調べ上げている。
 
 こんな映画の楽しみ方もあったんだ。(笑)







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June 12, 2016

ジャパン碁コングレス2016 in 宝塚  -参加のお誘い-

Q1: 「ジャパン碁コングレス2016 in 宝塚」って一体何?
A:  碁コングレス(Congress)とは、まぁ規模の大きな「囲碁大会」のことです。わが国では記念すべき第1回が、今夏7月15日〜7月18日の4日間、宝塚市で開催されます。

Q2: 世界にどんなコングレスがあるの?
A: 「ヨーロッパ碁コングレス」「US碁コングレス」があります。どちらも永い伝統を持ち、毎年一回開催されています。参加者は前者が約1000人、後者は約400〜500人です。 どちらの大会も囲碁が打てれば誰でも参加できます。このオープンマインドを見習いたいです。(老若男女、棋力が強かろうと、弱かろうと、どこの国の何人であろうと、大歓迎されます。大会のどこにも排除の論理はありません)

このスナップは、ある年のUS Go Congressの会場風景です。
IMG_0689

ヨーロッパは今年第60回大会が7月23日〜8月6日(2週間)、ロシアのペテルスブルクで開かれます。


アメリカは今年第32回大会が7月30日〜8月7日(10日間)、ボストンで開かれます。


 翔年はアメリカのコングレスは1994年の第10回大会に初めて参加して、大会の素晴らしさに魅了されました。以来、事情が許す限り参加しています。今年で16回目の出場です。(笑)
 この20年間で、アメリカ人は勿論、会場で囲碁を囲んだ世界中の囲碁愛好者と友達になりました。日本という島国に住んでいると、井の中の蛙になりがちですが、アメリカにもヨーロッパにも中国にも囲碁友達ができたお陰で視野が広がり、いろいろと蒙が開かれ啓発されるところが多いです。



「第1回ジャパン碁コングレス2016 in 宝塚」の概要は下のとおりです。が、その前にこの碁コングレスの企画から実施までのオーガナイザーである関西棋院プロ前田亮六段からの最新情報をお届けします。

参加予定の外国人: 125人です。(登録済み)
国籍: 中国、台湾、タイ、アメリカ、メキシコ、フランス、ドイツ、イギリス、北アイルランド、スイス、ベルギー、ルーマニア、韓国、南アフリカ共和国。(これ以外にもまだ、インドネシア、香港、韓国から問い合わせが来ています)

日本人: 150人ぐらいの参加を期待しています。が、今、徐々に参加者が増えつつある状況です。(もっともっと多くの日本人の参加を期待してます)


 参加の外国人はみんな日本人との対局や楽しい交流を期待していると思います。たくさん対局し、観光もし、日本文化にも触れたい等いろいろな思いを抱いて、はるばるやってきているのです。どうか、日本の囲碁ファンが一人でも多くこの大会に参加して、囲碁を通じた国際交流に一役かっていただきたいと願っております。
 前田プロは出来たら日本人参加者も4日間を通して大会を盛り上げて欲しいとおっしゃっていました。翔年は16日(土)は別の囲碁イヴェントのため、コングレス参加は15、17、18日の三日になると伝えた際の反応でしたが…(笑)
 
 
 この第1回大会を成功裏に終わらせ、来年からの「ジャパン碁コングレス」が世界中の囲碁ファンの憧れの囲碁大会になるよう、どうか皆様の多数のご参加をお願いいたします。

 

       

 
    ジャパン碁コングレス2016 in 宝塚
      (詳細はここをご覧ください

日 時 : 平成28年7月15日(金)〜18日(月、祝)

場 所 : 宝塚市ソリオホール

参加資格: 全年齢対象、囲碁ファン

参加料 : 一日5000円、(4日間とおしでは1万6千円)、別の催しには別途費用が必要なものあり

定 員 : 一日約300名(日本人+外国人)

出場棋士: 関西棋院棋士多数参加

内 容 : 第1回ジャパンオープン 無差別クラス、段位クラス(6クラス)、級位クラス(複数、ハンデ戦)
      スイス方式採用、4日間 6局
      その他、ジュニア棋戦、棋士の指導碁、棋譜解説、ペア戦などいろいろの催し

申し込み: HPをご覧ください。

主 催 : ジャパン碁コングレス実行委員会

その他 : 下記諸団体の後援、協賛をいただいています。
【共催】一般財団法人関西棋院、宝塚市、宝塚市国際観光協会
    公益財団法人宝塚市文化財団、こども未来プロジェクト
【後援】公益財団法人日本棋院、公益財団法人日本ペア碁協会
    兵庫県阪神北県民局、宝塚市教育委員会、(特)宝塚市国際交流協会、大阪商業大学
【協賛】阪急電鉄株式会社、東和薬品株式会社
    NPO法人メセナ・スポーツ振興協会、ダイキン工業株式会社




   
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June 06, 2016

スイスイ論語(2) -読売夕刊より-

論語:読売夕刊より(画像をクリックすれば拡大して読めます)
スイスイ論語2

 4日の読売夕刊に論語塾の安岡定子さんの「スイスイ論語」の二回目が掲載された。

子曰く、学びて思わざれば則(スナワ)ち罔(クラ)し。 思ひて学ばざれば則ち殆(アヤ)うし。(「論語」為政第二)

(諸橋先生訳)
 孔子言う、或いは先輩について学び、或いは書物によって学んでも、その学んだところを自分の心に問うてよく考えてみないと、学んだことがぼんやりしていて、本当の意味は了得(リョウトク)されない。これに反して、自分の乏しい知識をもととして、ただ心の中に思い詰めるだけで、広く他人の言に学び、或いは古人の教えに学ぶことをしないと、的をはずれた方向に進みがちで、危険この上ないものである。


罔し=ぼんやりして明らかでないこと。
殆うし=危ないこと。



中国古典名言事典
諸橋轍次編「中国古典名言事典」ではもっとわかりやすく意訳されています。
 人はいろいろなことを学ぶ。とはいえ、それを深く思い、自分自身の上にあてはめ、また、時勢にあてはめて考えることがなければ、学んだこともぼんやりして不安定であり確乎とした形をとることができない。真に身についた学問とならない。

 考える、思い詰める、それはよいことだ。けれどもそれだけで、もし学ぶことがなかったら危険だ。
 これは、ことに若い人々の心にとめてほしいことばである。知識も視野も浅く狭い。それが思い詰めて、しかも学ぶことを怠ったばあいは、的外れの強弓に矢をつがえているようなものだからだ。




 これ以上何もつけ加えることはありません。

 スイスイ論語の次回読売掲載予定は7月2日です。楽しみに待っています。


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June 05, 2016

映画「マクベス」を観た -新解釈も納得-

マクベス
 
 先日、イギリス映画の「マクベス」を観た。監督も俳優も女優も全部知らない人達だった。肝心のマクベスはどうだったか。新解釈のマクベスだったが、十分納得できる出来栄えだった。


 白状すれば翔年は活字人間なので舞台芸術は(感の鈍さが災いして)苦手なのだけれど、シェイクスピア劇は好きだ。TVドラマなんかの悪人は悪いことはやるが、そのことについてちっとも悩まない。単純人間。そこへ行くとシェイクスピアの描く人間は悪人でも善人でも、本当によく悩む。(笑) 人間の心理劇だ。作者の人間理解、舞台監督の人間理解、それを演じる俳優たちのそれぞれの解釈があって、観客に多様な見方や考え方を訴えかけてくる。台詞には二重、三重の意味が託されている。優れた芸術はみんなそうしたものだろうが……。


 舞台のことはさておき、映画のマクベスは意外な導入部から始まった。あれれっ、マクベス夫妻の幼い息子の埋葬シーン。(舞台の第1幕第1場は三人の魔女の登場のはず)

 その後はストーリィもセリフも、かなり原作に忠実に作られている映画だった。外国映画は字幕頼りの鑑賞だが、今回は古い英語(韻文?)らしくて、ほとんだ聞き取れなかった。ところが字幕のセリフは脚本や舞台のセリフと同じ見覚えあるフレーズが随所にあった。(シーンに合わせて上手く嵌めこんであった)




マクベス (2)

  帰宅途上の電車の中で、映画の名シーンを反芻していると、マダムマクベスが悪の権化みたいな一方的な描かれ方ではなかったなぁと気が付いた。もちろん人殺しを主人マクベスにするように仕向け、なにかにつけ悩み、弱気になるマクベスを、強烈に煽る基本的役回りは変わらないけど…。 どうやら、冒頭のシーンと関係がありそうだ。


 想像をたくましくすると、マクベスは武将だから、多分家庭はおろそかにせざるを得なかっただろう。企業戦士だった現在の我々がそうだったように…。ひょっとしたら、戦いの遠征中で最愛の息子の死に目にも会えなかったかもしれない。そういう状況で最愛の息子をなくしたとしたら、マダムマクベスの「喪失感」は大きく、夫への失望感も大きかったにちがいない。心を病む遠因になった可能性がある。 夫婦の間の亀裂も生じた……。

 これがこの映画監督ジャスティン・カーゼルの新解釈だったのではないだろうか?
 
 シェイクスピアも、城と妻子を置き去りにして外国へ逃げた城主マグダフのことを夫人にこう語らせているから、あながち見当違いではないと思う。
マグダフ夫人: 「分別! 妻を捨てて赤ん坊たちを捨てて屋敷も財産もそのまま捨てて自分だけ逃げることが? 愛がないのですよ。情なしなのですよ。鳥のうちでも一番小さいみそさざいさえ、巣の中の雛を守るためならふくろうとだって闘います。(以下略)」

 小さい小さい私事ながら、初孫の誕生の時、翔年はアメリカで碁を打っていて、すぐに赤ん坊の顔を見に産院に行けなかった。これをヒドイ男だと何かにつけて蒸し返されてる。(笑) 女とはそうしたもの?

 
 それにしても、イギリス映画の風景シーンは荒涼としていて暗いなぁ。ストーリィとはピッタリだけど…。

 



男というものはいつもそうだが、わが家から離れているときが、いちばん陽気なものだ。
          -シェークスピア−

女には、どうしてもわからないテーマが一つある。おとこは仕事に注ぐだけの情熱をなぜ家庭にそそげないのか、ということだ。
          -D・デックス-




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May 26, 2016

Inpromptu(即興詩)  -中野重治-

  この「即興詩」は翔年が 高校三年(1960年1月頃)の時に書いたノートからコピーしたものです。 生意気盛りの19歳、中野重治の詩がお気に入りでした。

 詩だけでなく、当時読んでいた小説や評論から、気に入った文章をところかまわず抜萃したノートが2冊あります。 ノートは黄ばんで痛んでいるし、青インクは黒っぽく変色していますが、55年以上たっているのにちゃんと読めます。当たり前? 


 ちょっと長いですが、この歳になって読んでもちょっといいなと思いました。いや、今の自分にぴったしかも…。(笑) 

impromptu



Impromptu    中野重治

  
高い書物を買いこんで
おれは又もや気がふさぐ
そうしておれは思い出す
おれの先祖のだれ一人
おれに書物はくれなんだと
なるほどお経は伝わったが
あれはお経で本じゃない
けれどおれはやるだろう
おれがじじいになっちまい
息子があるいは娘が大きくなった時
  「これはとっつあんが若い時 
  こんなわけで手に入れて
  胸ときめかして読んだもの
  受けた影響かぞえれば
  これこれこれといったとこ
  お前にや向かぬか知れないが
  まあ持ってって読んでみな」
初嵐抜萃ノート
息子の拒絶おそれつつ
いささか照れて言いながら
更にもおれは欲張って
その上こんなに考える
おれの息子も孫を生み
そいつが大きくなった時
じじいになった息子めが
ある日孫めをつかまえて
  「これはとっつあんが若い時
   じさまがわしをつかまえて
   こんな説教鳴らしつつ
   このとっつあんにくれたもの
   そしてやっぱりとっつあんが
   胸ときめかせて読んだもの
   受けた影響かぞえれば
   まずこれこれといったとこ
   お前にや向かぬか知れないが
   まあ持ってって読んでみな」 
孫めの拒絶おそれつつ
いささか照れて言いながら
例の本をば出すだろう

してみれや本はやすいもの
世間のおやじよおふくろよ
また息子よ娘らよ
高い本などつい買って
お前の気分がふさいだら
たとえ子持ちでなくっても
お前をとっつあん又はかあちゃんに仕立て上げ
息子や娘を配置して
そして気分を直すがいい
それがほんとの本好きの
本を大事にする仕方
してまた子孝行孫孝行
人の人たる気慰め
社会的衛生といったもの
-----なんかんとおれが手の中の
買った本をば眺めつつ
頬っぺあたりをさすりみる


  
そんじょそこらの若い衆が
しゃれたネクタイ咽喉にさげ
鞄に弁当おしこんで
午後の天気を気にしつつ
気をひったてて出かけ行く
それをばおれは賛美する
つらい苦しいこの世では
とかく元気がことのもと
げんきにさえなることならば
靴もみがけ歯もみがけ
胸のかくしのハンケチも
はなハンケチが別にあれゃ
青いのなんかもわるなかろ
ばあさまなんぞがごとごとと
いってることはみな違い
そうではないと知っている
詩人のおれが君たちの
月賦の折り目の弁護人
どこどこまでも引受ける
    


 この詩の20ページほど後ろに、◎印つきのパスカルのこんな章句が書いてありました。

 ◎ 人間のむなしさを十分に知ろうとするならば愛の原因と結果を考えてみさえすればよい。その原因は「何だか私にはわからないもの」であり、またその結果はおそるべきものである。   -パンセ−

 

蛇足
ノートの題名「初嵐」について: 初嵐とは立秋後はじめて吹く風を言う。当時、何か心身に強風を受けた感覚があったのかもしれません。




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Posted by mtmt0414 at 14:57Comments(0)TrackBack(0)Literature

May 20, 2016

Amazonでたった一円の本を買った -現代の円本?-

 Amazonで古本をたった一円で買った。実際のところは、本題が1円、配送料が257円もかかるから、しめて258円の出費。まぁ古本屋で260円の本を買ったと思えば納得はできる。(笑) でも、古本屋さん、大丈夫かなぁ??

 円本の歴史は、大正15年に改造社が一冊一円で「日本文学全集」を売り出したのが一円本のはじまり。それまで本は高価なものであったが、これを機に各社も相次いで一円の本を売り出して結構な数が売れたという。ようやく庶民の読書欲がみたされる時代が到来したということだったのだ。そして、このての本は「円本」と総称された。


 実は一円本を買ったのはこれで2冊目だった。 翔年は古本屋さんには昔からお世話になってきた。この一円本は、なんか古本屋さんに申し訳ないような気持ちが消えません。

巌谷大四著「文学歳時記」 TBSブリタニカ刊 1984年4月25日 第8刷 定価1200円 
文学歳時記

一円で商売がどうして成り立っているのか、ちょっと考えた。

1. 客寄せのための商品 → 古本商売はお客がきてくれなければ、話にならないからこれは宣伝費か?

2. 利益圧縮のための商品 → 仕入れは100円〜200円くらいだろうから、1円との差額は原価割れの大赤字だ。売れない本は書庫に眠らせておけば保管費が嵩むだけ。捨てたら産業廃棄物として処理費がいる。売るに売れず、捨てるに捨てられず、ではないか? 
唯一、考えられるのは、もし古本屋に他の高価本販売で利益がでているのなら、この赤字で利益圧縮して税金対策にはなるのかな??

 商売にうとい翔年はこれぐらいしか、一円本が流通している理屈がわかりません。 

 古本屋さん、なんとか智慧を絞って商売を続けてくださいね。お願いします。



Isaac Asimov 著 奥田隆一他編 "Words from History 1" 2002年5月1日 第6刷発行 定価1600円
wordsofhistory

 アシモフの本が1円で買えるのなら、あと1、2冊は買いたい!


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Posted by mtmt0414 at 01:54Comments(2)TrackBack(0)Culture & Education